75 新たな出会いと赤色世界球
俺とメリス、ユリ、ツウ姫は世界球調査のために白球U1001を出発して無限回廊を漂っていた。
限りなく宇宙遊泳に近いのに、普通に呼吸出来て会話も出来るのが違和感あったが、もう慣れた。
「これ、どこまで行っても呼吸出来るのかしらね?」と並んで飛んでいるメリスが言った。
「ほんと不思議」とユリ。
「いや違うよ。ここに空気があるわけないだろ。俺たちはここでは点だよ点。情報が操作されているだけの筈だ」
「そうだけど、こうして移動しても大丈夫なのかな?」とメリス。
「ああ、確かにな。この多重世界銀河の何処まで行けるのかってことだろ? 実際の体は亜空間を移動してるとしても、どこまで行けるのか」
「そうそう。白球のシステムがやってくれてるのは分かるけど、私たちを見失ったりしないよね? いきなり崖から落ちたりしないよね」とメリス。
「その心配は、あるな。しかし、手の打ちようがない。白球を信頼するしかない」
「大丈夫かな?」とメリス。
「ちょっと心配だよね」とユリ。
「まぁでも、防護スーツ着てるからな。真空になったくらいじゃ平気だ」
「それはそうよね」メリス、ちょっと安心したようだ。
「うん、ガニメデで実証済み!」とユリ。そう言えばそうだ。
「なんで、あそこで実証することになったのかが謎だが」あそこが選ばれた理由はなんだろう?
「ホントね。普通誰も予想しない場所よね」とメリス。
「そこだよな。何とかなったけど、何かに気付いてない気がする」
「わらわは、ヤバかったぞ」とツウ姫。そう言えば、そうだった。
「うん。白球が正常であれだからな」
「あれって、正常だったのかな?」とメリス。
「ん? ああ。誤動作でガニメデまで転移したってことか?」
「そう。それまでの転移では空気がある場所なのに、あの時は違った」
「それは、俺たちが防護スーツを着てるからだと思ったけど」
「本当かな? こっちの事情を全て把握してるとは考え難いと思う。私は何かが誤動作したと思う」
「そうよね。白球システムはかなり信頼できるけど」とユリ。
「確かにな。俺たちの装置の問題かも知れないけど、ちょっと気を付けよう」
「この白球システムって、本来は防護スーツを着ていない前提だよね。空気があるし。なんでだろ?」
「ああ、確かに。宇宙服を前提としたほうが安上がりなのにな」
「もしかして、防護スーツ前提だと都合が悪かったのかな?」とユリ。
「普通に考えればそうだろうな。どんな都合か分からんが」
「突然現れる人間用とか?」
「ああ。なるほど。俺たちは防護スーツを着てたけど、自然現象として普通に無限回廊に迷い込む奴がいるとか?」
「自然現象じゃないけど、防護スーツ無しでいきなり飛ばされて来た人いるじゃない」とメリス。
「えっ? それ、俺の事か?」
「他にいないでしょ?」とメリス。
「ああ、まあな。あれ? もしかして俺の転移って、この白球システムと関係あったりして? それで、安全に転移できてたのか?」
「それよ!」とメリス。
「いきなりでかい声出すな!」
「あ、ごめん」
「でも、それあるかも。それまでは全部空間転移だったのに、いきなり確率要素転移するなんて変よ」とユリ。
「そうね~。ってことは、確率要素転移は全部、白球システムが絡んでる可能性があるわね」とメリス。
「お~、なるほど。その可能性はあるな。えっ? ってことは、ガニメデの時は、やっぱり白球システムが誤動作したのか?」
「そうね」
「そうだわね」マジかよ。ちょっと眉唾だな。
なんで、見知らぬ人間相手にそこまでするのかは分からない。まぁ、創造者がスペーススーツを着たくなかっただけなんだろうが。考えてみれば、こんなものを常に着ている俺たちが異常だ。普通の服装のまま転移したかったのかも知れない。
ただ、誤動作はまずい。
* * *
そんな話をしている内に、目標の世界球についた。近傍マップ作成時に世界ゼロの下流側は覗いたが、この上流の世界は見ていない。
世界ゼロに隣接していると思われていた上流下流の十世界だが、実際は世界Rを含め四世界だけだった。座標の指定方法に問題があったため余計にカウントしていただけのようだ。ここは、その時に上流だった未知の世界の一つだ。
「この上流世界U0001は首都は江戸じゃなくて、東京と言うみたいね」メリスが、世界球を覗いて言った。
「ほ~、何故かのぉ」とツウ姫。
「世界球色は白だが、確率風はそこそこ吹いてるな」
「下流の世界L0001と似てるね。あっちは江戸のままだったけど」とユリ。
特別な記録などは取らないが、俺たちが見聞きした物は防護スーツのデータロガーが全て記録して多重世界通信機で送信している。つまり、データの整理分析は世界ゼロの支援隊の仕事である。じっくり見る必要はない。もちろん無駄話はすぐに消す。
* * *
俺たちは、さらに上流の世界Rまで行く予定だったが、ここで確率風の警報音が鳴った。
「やばい! 白球U1002に避難するぞ!」
「「「了解!(なのじゃ)」」」
白球U1002はすぐそこだ。俺たちは常にどの白球が最も近くにあるか確認している。俺たちは迷わず白球U1002に飛び込んだ。
* * *
「また、異常な確率風が吹き始めているな」
まだ使われていない白球に入って、俺はまず防護スーツの確率風測定機の数値を確認した。
「災害級の変動がなんで頻繁に起きるのよ!」とメリス。そんなこと言われてもなぁ。
「ほんとよね!」とユリも納得いかない様子。
「…」ツウ姫が何故か大人しい。
「どうしたツウ姫?」
「あの子は誰じゃ?」
ツウ姫はそう言って白球の少し離れたところを指差した。そこには誰かが倒れていた。
「誰か倒れてるぞ」
俺は支援隊の誰かが間違って来たのかと思ったが違っていた。
近くに行ってみると見たこともない服装の女だった。何故、こんなところに普通の人間がいる? 防護スーツも付けていないのだ。まさか、創造者か?
俺たちは急遽、無限回廊ステーションを生成することにした。最初の生成には苦労したが、二度目以降は、チップに保存した設計書類を指定するだけで生成できるようになっていた。白球のデータベースに登録されたのだろうか。
倒れていた女を、生成した無限回廊ステーションの医務室に運びこみ、すぐにメディカルチェックをかけた。気を失ってはいるが、特に異常はないようだ。ただし、精神的なチェックはされていない。すぐにでもいろいろ聞きたいところだが、気づくまで休ませることにした。
* * *
翌朝。気が付いたとの報告を受けて俺は彼女の部屋に駆けつけた。もう朝食も取ったとのことで、会話も問題ないらしい。
「具合はどうだ?」
「……」
あれ? 会話できるんじゃなかったっけ? 彼女を診ていたメリスを見る。
「話は出来るんだけど、あまり話し上手じゃないみたい」なるほど。
「俺はリュウ。このチームのリーダーだ。お前の身の安全は俺が保障する。ゆっくり休んで元気になってくれ」
「ねぇリュウ、初めての相手に、『お前』はないんじゃない?」とメリスに叱られた。
「あ、そうか。え~っと、『君』?」
「『あなた』とかじゃない?」
「そうだな。じゃ、あなたの身の安全は俺が保証するから安心しろ」
「それ、全然進歩してないんだけど?」
「すまん」
「ふふっ」と女は少し笑った。
「じゃ、また来る」俺はそう言って医務室を出た。まぁ、後はメリスたちに任せよう。
あとで聞いた話によると、彼女はフラルという名で17歳、既に成人しているそうだ。すぐに返事しなかったのは人見知りなだけのようだ。だが、問題はそこではなく、彼女がたどたどしくも語った、その内容だった。
* * *
太陽系は天の川銀河をニ億五千万年周期で公転している。詳しい数字はともかく多くの人が知っていることだ。そして、太陽系が天の川銀河の縁を上下に波を打つように進んでいることも関係者は知っている。つまり、単純にまっすぐ進んでいるわけではない。
銀河と言うものは、小さいものを含めて常に衝突したり融合したりしている。事実、マゼラン星雲は天の川銀河に吸収される途中だし、天の川銀河はアンドロメダ銀河と衝突すると言われている。つまり、銀河と言うのは平穏な星の集まりではない。
そうなると、銀河内部の動きも単純ではない。星は銀河を飛び出したり、潜り込んだりしている。それはあたかも水面から顔を出す魚のような動きだ。太陽系もそうだ。
ただ、問題はその軌道上に過密領域があることだった。これについては俺たちの世界は気が付いていない。だが、彼女の世界では早くからこの過密領域の危険性を認識していたようだ。巨大な小惑星が待ち構えていることもあるのだと言う。
彼女が語ったことによると。これは決して珍しい事ではないとのことだった。
「過去の大量絶滅などは、この過密領域を通過するときに起こったと聞いています」
救助された少女フラルはそう語った。彼女自身は研究者ではないようだが、ニュースなどで知ったようだ。
「過密領域を通過するのはおよそ5000万年周期、このときに隕石が増加したりするのですが、今回は巨大な小惑星が地球に衝突すると分かったんです」
もちろん、彼女の世界の話だ。俺たちの世界では巨大な小惑星など接近していない。何がどう影響すれば、そんな違いが生まれるのかは分からない。だが、本当に過密領域を通過する度に地球に試練が訪れるということなら他人事ではない。
「しかし、恐竜大量絶滅の原因を突き止めているなんて進んだ世界なんだな?」俺はなんとなく言った。俺たちが知っているのは巨大隕石が落下したという事くらいだ。
「恐竜ですか? 恐竜が絶滅したとは聞いていません。普通に動物園で飼ってましたけど?」とフラル。
「な、なんだって~っ?」
「うそっ!」とメリス。
「なんで?」とユリ。
「恐竜とはなんじゃ?」約一名ズレてる奴がいる。
フラルの世界は思った以上に俺たちの世界と違っていた。
「えっ? 皆さんの世界では、絶滅しているんですか?」
「ああ、そうだ。そうか、そういう世界もあるのか」
確かに、巨大隕石のような要因で大量絶滅したのなら、その大きさや時期が違うだけで結果は大きく変わって来るだろう。
「な、なんじゃとぉ」と、ユリに説明してもらって驚くツウ姫。驚きを共有出来て良かった。
「私の世界では恐竜は絶滅しませんでした。ですが、今は人類その物が消滅しそうなんです」
とても信じられない話だ。しかし、これは与太話ではない。実際に確率風が吹き荒れ、彼女の故郷と思われる世界球Fは真っ赤に輝いているのだ。




