74 気付いたら、白球を住処にしていた
いよいよ、本格的な無限回廊調査隊の活動が開始される。
これにあたって無限回廊調査隊本部で簡単な式典が催された。もっとも、俺が世界Nに行った時などに比べたら質素なものだ。極力、各世界への影響を抑えつつ、研究だけは連携して進めるということだからだ。それも、この機関内部でのみ進めることになる。この場合、情報漏洩はそのまま世界を滅ぼしかねない。当然最重要機密扱いだ。
もちろんそれは分離する側の世界の話だ。残される世界は、俺たちが活動をしていない世界として残ると思われる。恐らく、俺が訪れていない世界の筈だ。
「私たちは、分離する時に、どの世界に行くんでしょう?」式典の隣の席にすわったリジンが、俺の話に応えて言った。俺たちの後ろには支援隊もいる。さすがに大人数なので珍しく実験場に椅子を並べて式典をしていた。
ここは標高が高く夏でも涼しい環境だが、八月ともなるとそれなりに暑い。時より吹き抜ける風が気持ち良かった。
「私たちは分離して行くほうに決まってるでしょ」とメリスが後ろから言った。
「ああ、俺たちは一緒というか、まとめて無かったことになるんだろうな」
「そうですね。恐らく、その時は過去改変が起こると思います」
「過去改変か。もともと、転移実験は無かったことになるとかか?」
「はい。そこまでなら、相当時間を巻き戻すことになりますね」
「ん? それって、世界ゼロに限るのか?」
「そこです。恐らく、世界ゼロだけでは済みません」
「だよな」
「この世界が私たちをはじき出すとしても、別の世界は無事という訳にはいきませんからね。その時に私たちはどこへ行くんでしょう?」
「なるほど。そういう話か」
「ああ、世界ゼロにリュウがいないのに、世界Lにいたら可笑しいもんね」とメリス。世界間でぶつ切りになるわけないな。
「流石だなリジン。全く分からんが」と諦めて言う俺。確かに一つの世界の分離で収まりそうもない。世界間で矛盾が生じるからな。
「それ、私たちもマズいけど、世界もマズいよ。世界ゼロ、L、N、S、M……と全部分離しちゃう!」とユリ。
「確かに、壮絶なことになりそう」とメリス。
「本当に全部の世界が分離するとは限らんぞ。人間一人の生き死にくらい吸収できるだろう」
「確かに、揺らぎで収まる可能性も大きいでしょうね」とリジン。
「脅かすなよ」
「でも、無いとも限りません」
「確かにな。連鎖反応しそう」思った以上に、世界間連携の危険性はデカそうだ。
「連鎖反応ですか!」とリジン。あ、これヤバイ奴?
「いや、わからんが」今の言葉、無かったことにならないか?
「ちょっと、連鎖反応について考えてみましょう」考えてみるんだ。
「ああ、お手柔らかに頼む」
「なんで、リュウがビビってんのよ」とメリス。
「知らん」
「とにかく私たち、今まで以上に気を付けないとね」とメリス。
「そうだね」とユリ。
まぁ、俺たちは全員一蓮托生ってやつだしな。
式典中の無駄話だが、ちょっとそれだけで済みそうにないな。
* * *
式典が行われた翌日には、俺たち無限回廊調査隊は実務を開始した。
とは言っても、まずは基本方針の確認からだ。やみくもに無限回廊や別世界を訪問するわけではない。世界球の分離という壮絶な現象を目の当たりにした俺たちが、安易な行動を取る訳にはいかない。
「まず、基本は世界球の外からの監視に務め、干渉は極力避けることとする」調査隊本部の会議室で調査隊員全員の前で本部長のホワンが方針を説明した。
「次に、調査はもちろん重要だが、中止したとしても世界が滅ぶわけでは無い。身の危険を感じたら、迷いなく退避して欲しい。君たちこそが、世界にとって貴重な存在であることを忘れないでくれ」ホワンは、厳しい顔で言った。
この二原則の下、次のような調査隊の任務が発表された。
・世界球色の調査
・無人白球への確率風測定機の設置
・近傍世界球の概要調査
調査隊と言うには控えめな内容だが、危険性が未知数な状態なのでこれが限界だ。
だが、最初の世界球色の調査は最重要事項だ。赤色の壮絶な分離現象を見たせいもあり、自分たちの世界球が有色である意味を早急に解明する必要がある。いつ発色したのか不明だが、世界間の連携が原因だとしたら責任は俺たちにある。
「無限回廊の創造者がおしゃれで色を付けただけ」なんて暢気なことを言う奴もいるが、他におしゃれなところがないので違うと思う。やはり何らかのシグナルと考えるべきだろう。さらに、世界球分離現象について言えば、出来れば分離を止める方法を探してほしいというのが多重世界研究協議会からの要請だ。
次の確率風測定機の設置は、支援隊が常駐しない白球でデータを収集するということだ。
世界球の概要調査については、千里眼で観測した結果を記録する。原則不干渉なので、詳しい調査は考えていない。
* * *
俺たち調査隊はコードU1001の白球に移動した。
白球のコードは、俺たちが勝手につけたものだ。コードのUは確率的に高い側つまり『上流』の意味、Lは逆に確率的に低い『下流』の意味だ。また、1000番台なのは、世界ゼロより外周の白球列を示している。つまり、U1001は、世界ゼロより外周にある最初の白球列で最も近い上流側の白球ということだ。ここは世界ゼロからもっとも近く、確率風の下流にあって行きやすい場所と言える。このため、ここが最初の拠点として選ばれた。内周側の白球列は0000番台だが、当然これより内周側にも白球列はあり、この場合は小文字の「u、l」を使う予定だ。
このU1001は最初に無限回廊ステーションを置いた白球でもあり、既に支援隊も常駐している。
俺たちは、白球U1001の中央転移室を出て下層にある共用スペースに通じる階段を降りて行った。そこは会議室であり食堂であり、そして談話室にもなるステーションで最も広い部屋である。
「いらっしゃい!」先に来ていた支援隊のミルがそう言って迎えてくれた。
「おう、お前たちが当番か!」
「うん、さっき来たばっかだけどね!」と元気よく応えた。
「あっれ~っ、もう来てる! 出迎えようと思ったのに!」と後から入って来たランが言った。
「いや、そんなことしなくていいよ。ここは俺たちのほうが詳しいくらいだしな」
「それはそうね」とラン。
「はい、コーヒー」スズが備え付けのサーバーから注いでくれた。
「あれ~っ、着いてるし」
「あ、ほんとだ」
「ほら、やっぱり」と、トシオ、ケリー、シンも入って来た。
「さすがに、全員集合するとちょっと狭いな」最大で十八人の滞在を想定しているが、全員が一か所に居られるのは、ここだけだ。調査隊は俺のチームとリジンのチームの二組で行動することにしたので、これ以上は増えない予定だ。
「もう一つの調査隊チームはU2001ですか?」とトシオ。U2001は世界Nに近い白球だ。
「そうだ。現状、調査隊は二組が限界だからな」
「俺も調査隊になって飛び回りたいです」トシオが言った。
「冒険じゃないぞ? まぁ、でも慣れればすぐに出来るとは思うが」
「本当ですか?」
「ここに無限回廊の熟練者はいないからな。千里眼使うだけなら問題無いはずだ」
「そ、そうですね。世界球への転移は制限されてますからね」とトシオ。どうも、無限回廊調査ではなく世界球にダイブして冒険したいようだ。まぁ、気持ちは分かるがリスクが半端ない。個人のリスクでは済まないからな。
「その辺をちゃんと理解できないと調査隊は無理よね」とメリスに指摘されてしまった。
「そうそう」とユリ。
「なのじゃ」ツウ姫、省略し過ぎ。
「当分無理」とスズ。
「ひ、ひどい」とトシオ。ただ、ケリーもシンも頷いていた。




