63 無限回廊の謎
無限回廊の最初の調査から帰った俺たちは早速報告を上げた。世界Lと世界Nも参加している多重世界研究協議会にだ。
「なんとも、奇妙な世界だな」リジンが順を追って報告すると、世界ゼロのホワンが言った。
「それにしても。問題は『世界の分離現象』だな。今回のものは特異な現象かも知れないが、調査を始めたばかりでこれだ。分離は稀な現象ではないんだろう」
ホワンがそう言うと会議室には緊張が走った。
「分離した世界の内部では壮絶な変化が起こっている可能性が高い。詳しく調査を出来ないのが残念だが、あれは多重世界に於ける避けるべき災害なのではないか?」ホワンはそう言って一呼吸置いた。
その可能性はあるが詳細は不明だ。
「そこで、思い付いたことがあるので聞いてもらいたい」ホワンは皆が聞いているのを確認して続けた。
「今回遭遇した赤い分離現象は確かに恐ろしいが、その原因が自然災害、例えば隕石の衝突などなら仕方ない。だが、俺たちが今やってる世界連携などに由来した情報爆発が原因だとしたらどうだろう?」
会議室の彼方此方で「あっ!」というような声が漏れた。俺たちが始めようとしている活動で、あの壮絶な世界分離を引き起こす可能性が出て来た訳だ。連携を続けて行けば、そうなる可能性があるということだ。特に、情報を多く受け取る『遅れた世界』が顕著だろう。
「俺たちは、自分たちだけが幸運で宝箱を見付けたように喜んでいるが、本当にそうなのか? 少なくとも確認出来るまでは慎重になる必要があると思う。今この世界は、あの分離現象に近い状態になっている可能性がある」
真剣な表情でホワンは言った。『可能性が高い』と言うべきところを、わざと避けたようだ。
「世界連携の協議は、一旦ここで停止して貰おうかと思うがどうだろう?」ホワンが各世界に向けて呼びかけた。
「確かにそうだな。研究はともかく、各世界の産業レベルでの連携は一旦停止して貰ったほうが安全だろう」世界Lのホワンが同意した。まぁ、ドッペルゲンガーだけどな。あ、相似体か。相似体同士の会話って、独り言かも?
「その意味では、私たちの世界の位置を無限回廊で常に確認する必要があるでしょうね」世界Lのレジンが指摘した。
現在、多重世界銀河での位置は存在確率そのものを意味していると考えられる。これは暫定だが、存在確率測定器の値と無限回廊での位置関係が近い値になっていたからだ。とすれば、その位置を監視すれば、分離の予兆を捕まえられるかも知れない。これはリジンの考えだ。
「そうだな。誰が作ったか分からない無限回廊だが、あれで世界の状況を確認できるのはありがたい。存在確率に異常が生じたらすぐに分かるわけだ」世界ゼロのホワンは言った。ただ、それから対策して間に合うかどうかは別問題だが。無限回廊を作った種族なら適切な対応を知っているのだろうが。
この日の会議は、世界の分離現象とその危険性について各世界に報告することを決めて一旦終了した。
* * *
ホワンたちが研究所上層部に事の次第を報告に行ったあとも、俺たちは会議室に残って話していた。研究者たちの活動は今後も続けるつもりだからだ。もちろん分離現象の危険性もあるのだが、現象自体を調べないと正しい判断が出来ないからだ。
「あの白球は使っている技術も謎だが、誰がいつ何の目的で作ったんだろうな」と俺が言った。
「それについては、まだ情報が少なすぎて何とも言えませんね。ただ、あの白球の中から分離現象を監視していた可能性は高いでしょう」報告をしたリジンが言った。
「まぁ、そうだろうな。単純な研究目的なのか、特別な何かを研究していたのかも不明だ。世界そのものについても監視していた気もする」
「そうでしょうか? あの千里眼的な機能は、常に監視するには不便です。たまに確認するつもりで作られていると思います」
「ああ、確率風に異変がみえたら確認に行くのか。まぁ、必要以上に情報を得たら、自分たちの世界に分離現象を起こしてしまうわけだしな」
「そうですね。知るだけだったら大丈夫でしょうが」
そもそも、確率風が強い状況では見に行けない。また、各世界を覗いても、特定の世界に情報を持って行かなければ影響は出ないだろう。
「作った奴がいるなら、そいつに話を聞くのが早道なんだが」俺が言った。そいつなら全部知ってるだろう。そんな、レアな存在がいつまでもいるとは限らないが。
「そうですね。今でもいたら、すぐにコンタクトして来ると思いますが」
確かに。俺たちが侵入したことを知らない筈はないな。
「居ないかも知れないが、探す価値はあるだろうな。手掛かりだけでも欲しいだろ?」俺は思わず言った。
「何かあれば貴重な資料ですからね。是非、欲しいところです」とリジン。
「その人たち、存在確率が低くなり過ぎて消えちゃったんでしょうか?」とユリ。
「そうですね。その可能性もあるでしょう。ですが、確率の高い世界に移住するかもしれません」
「それ、移り住むだけならいいけど、情報をその世界に伝えるとその世界も分離しちゃうんじゃないか?」
「そうですね。ですから森の中で隠遁生活を送るかも知れませんね」
リジンが面白いことを言い出した。
「それって、仙人とかいうんじゃないか?」俺はそう言う人の昔話を思い出した。
「ああ、なるほど。面白いですね」とリジン。
うん、思い付いたのリジンだけどな。まぁ、面白いだけだが。辺鄙な山の中に住むという仙人が何を考えているのか理解できなかったが、この場合なら納得できる。だが、そんな奴は探せないし、一人二人の話じゃない。星から逃げるのだから居るとしたら集団の筈だ。
俺だったら白球で生活するなと思ったが、そんな奴に出会うかも知れないと思うと、ぞっとしない。
「何処かに情報を残してくれている可能性もありますね」とユリ。
「あの白い球体の中にとか?」メリスが言った。
「そう。いろいろ出て来るし!」ユリが言った。
「そうだな。もっと調べる必要ありそうだ。なんだか遺跡調査みたいだが」俺も同意した。
「一種の遺跡だよね」ルジンが言った。
「提案ですが、多重世界通信機が使えるなら、見付けた白球に通信機を残して置くのはどうでしょう? もし白球を作った者が再び訪れたなら私たちに気付いてくれますし、コンタクト出来るかも知れません。また、緊急時の連絡手段として常備しておくのもいいかと思います」と世界Lのレジンが言った。
「おお、それはいい考えですね」ルジンが答えた。
ドッペルゲンガーではないが、お前らの話し合いも微妙だな。
* * *
ホワンが上層部への報告から帰って来たので、休憩を挟んで議論を続けた。
「では、今回の最大の問題、無限回廊についてですが、これは一体なんだと考えますか?」リジンが進行役を務めた。白球を除く、輝く球体の銀河の話だ。
「最初は、多重世界の模型だと考えました。しかし、規模としては大きすぎる」
「はい。確かに大きすぎます」とリジン。
「仮想現実として俺たちに見せていると思いますが、実際に多重世界はあのように存在していると思う。実際、俺たちはあそこにいたと思う。ただ、本当は『点』の状態で」
俺たちの3Dの映像は合成していると思う。
「はい。私も、そう思います。実際にあのように世界があるんだと思います」
「途方もない数の光球があるんだろうな」ホワンが言った。
「そうですね。しかも、リアルタイムで分離したり確率風を吹き出したりしている。まるで生きているように」
「確率論的多重世界は、ダイナミックな世界なんですね」とルジン。
「しかし、その光球の中に地球が入るとは思えないんだが」と世界ゼロのホワン。
「恐らく、その球体と言うのは、それぞれの世界の存在確率を表しているのです。つまり、あの球体が浮いている位置が存在確率なのです。球体の大きさは確率の揺らぎを表しています。電子が電子雲として分布するのと同じようなことかと」とリジンが自ら説明した。
「なるほど。存在確率の雲なんだな」ホワンは納得いったようだ。
つまり、あの光球は中の世界の大きさとは関係ないのだ。どこに浮いているかで存在確率が決まる。一つ一つの光球に地球や地球が到達した宇宙が入っていることになる。
無限回廊の光球は、存在確率に変動があるとその位置が変化し、大きく変動すると二つに分離する。そして、そんな光球が無数に浮かんでいるのが無限回廊であり多重銀河である。これが、現時点での俺たちの認識だ。だが、地球一つでこれだけの宇宙を作っていると考えると、ちょっと怖い気もする。宇宙はどうなってるのだ?




