61 無限回廊の白球
多重世界研究協議会で決定した無限回廊の調査だが、当然遭遇した俺たちが担当することになった。まぁ、これは仕方ないだろう。
その日、俺たちはちょっと早い夕食を済ませベランダから夕陽に照らされた浅間山を眺めていた。この世界の浅間はかなり緑化している。
「山を見ると、確かに世界が違うと納得するのぉ」ツウ姫はベランダの椅子に深くもたれて言った。
そういえば、研究員はともかくツウ姫については回廊の調査隊に参加するのはどうなんだろうと思い聞いてみた。
「お主、いつまでわらわを特別扱いするつもりじゃ?」ツウ姫は不満そうに言った。言われてみれば確かにおかしいか。
「そうか。分かった。ただ、俺もお前も研究者とは違う。ここにいる理由が違うだろ? そういう意味では二人は特別なんだ」
「ほう。わらわが特別と言ったな」ツウ姫は身を乗り出して悪戯っぽく言った。
「いや、そういう特別ではない」
「違うのかえ?」それは、どうなんだろう? 俺にも分からなかった。
「わからん」
「めんどくさい奴じゃのぉ」
「そうだな」
見るとツウ姫は笑っていた。俺は今、どんな顔をしているんだろう?
* * *
翌日も多重世界研究協議会は続いた。
そして、無限回廊調査隊のメンバーは次のように決まった。
無限回廊調査隊
隊長 世界N リジン
副隊長 世界R リュウ
副隊長 世界ゼロ メリス
副隊長 世界N ビシャム
調査員 世界N サラ、ヨセム
調査員 世界ゼロ ユリ
調査員 世界S ツウ
決めたというより承認したと言うのが近い。とにかく無限回廊の経験者など、このメンバーしかいない。場合によっては、二つのチームとしても行動できるが、まずは人数が少ないことと能力的に偏りがあることから一つのチームとしている。
調査内容として、まずは無限回廊の安全性と安定性の確認が最優先だ。その上で、回廊の構造、特性などを出来る限り調査することになる。確率風は数日間安定することが多いようなので、安定している今の内に大まかな性質は調べたい。
翌日、俺たちはさっそく無限回廊へ転移した。
* * *
今度も問題無く無限回廊に入ることが出来た。
転移トリガーは安定してここに俺たちを放り込めるようだ。時刻も確認してみたが全くタイムラグはない。移動も自在のようだ。
今回から、俺たちの防護スーツのデータは地上の空間転移研究所でもモニターすることにした。そして現在、防護スーツの表示は全て正常だった。つまり、この周囲は今回も呼吸可能で安全な空気で満たされていることになる。
ただし、研究所の空気とは多少成分の違いがあるようだ。もちろん十分呼吸できるものだが微妙に違っていた。それは、最初の確認事項である「仮想現実の可能性」を否定していた。防護スーツが完全に機能していて、空気の成分の違いを報告しているのだから。
つまり、この無限回廊は人間用あるいは人間と同じ空気を呼吸をする生物用に作られていることになる。目には見えないが、無限回廊に入った人間の周囲を空気で満たしているようだ。それとも、俺たちは巨大な構造物の中に転移しているのだろうか? ここの役割は、多重世界の出入口、つまり転移門のような物なんだろうか?
「そうでしょうか?」俺がそんな事を言っていたら、リジンが疑問に思ったようだ。
「私たちのことは別ですが、他は実際の世界そのものだと思います」
「えっ? どういうこと?」
「スケールはでたらめですが、この光球の中に星一つが収まっていると考えるほうが自然です。これだけの模型を作る意味がありませんし、維持するのは大変な筈です。誰がいつ作ったかは分かりませんが、素直に構造をそのまま見せていると思います」
「それと千里眼か?」
「ああ、そうですね。それもありますね」
「分かった。もっと情報を集めないとな」
「のぉ、リュウ。この白いのがお主の言っていた球体かえ? 入れるかのぉ?」ツウ姫が光球とは違う白い球体の近くに寄って言った。
「うん?」
俺は振り向いたが、そこにはツウ姫はいなかった。ただ、白い球体だけが浮いていた。
「ちょっと! いま、ツウ姫が消えたわよ」メリスが叫んだ。
「なに?!」
「いま、その白い球体を覗いたと思ったら消えたのよ」メリスが見ていたようだ。
「まったく! 何やってんだ!」
俺は白い球体のところまで移動した。そして中を覗いてみて驚いた。中にツウ姫が居るのだ。何か言ってる。光球と同じようにズームしたら声が聞こえた。
「ここはなんじゃ? どうなっておるのじゃ」流石に慌てているようだ。
しょうがない。
「ツウ姫、聞こえるか?」
「おお、その声はリュウか? 天の声のようじゃのぉ。ここは奇妙な世界じゃな」ちゃんと会話出来る! 世界球の千里眼と違ってこっちは、音声も拾ってくれるようだ。
「お前何やってんの?」
「ちょっと覗いて入ってみたのじゃ」
「出れるのか?」
「そうじゃな。出れるかのぉ。ちとやってみるのじゃ」
そう言ったかと思ったら、ふっと俺の視線から消え俺の隣に現れた。
「おお、簡単に出れるのぉ」ツウ姫は暢気なことを言っている。
「お前、大丈夫かよ?」俺は肩に手を掛けてみた。
「問題無いのじゃ」ツウ姫は笑って応えた。
俺たちの様子をみて別のメンバーも集まって来た。
「中はどんな感じなの?」真っ先にメリスが聞いた。
「何もなかったな。真っ白じゃった。だが、普通に立てたぞ」どうも、重力はあるようだ。
「一応、防護スーツは正常だと報告していますね」防護スーツのログを確認したヨセムが言った。常に生体機能をモニタリングしているから、体に異常があればすぐに分かる。しかし、無謀な奴だな。
「なんじゃ、心配してくれたのか?」
「おまえなぁ、当たり前だろうが」
「ふふふ。じゃまた入るのじゃ」
ふっ
またツウ姫が消えた。
「おまっ」
白い球体を覗いたら、やっぱり居た。仕方ない。俺も入ってみるか。ん?
「いま、ツウ姫は覗き込んでなかったよな?」俺は言った。
「そうね。会話しながらいきなり消えたわね」とメリス。
「この球体は行く場所は決まってるから千里眼で場所を指定しなくていいのかも? よし入ってみるか!」
そう言って、俺は千里眼なしで白い球体にダイブしようとした。ふっと、世界が揺らいだと思ったら真っ白い世界が広がった。もちろん、近くにツウ姫がいる。
「やっぱりか。これ、入りたいと思えば離れていても入れるな!」
「そうなのじゃ」
そこへ、メリスや他のメンバーも入って来た。
「面白い! 重力があるのね!」とメリス。確かに重力を感じる。床がどうなってるか分からないが。
「なんか、殺風景な場所だな。南国の西之島だったらいいのに」
俺がそう言って西之島を思い浮かべたら、目の前がいきなり変化した。
そしてそこには青い海と白い雲が広がっていた。そう、西之島があった。しかも、球体は、いつの間にか広くなってる!
「ちょっと、どうなってんの?」
「うわぁ」
「これは興味深いですね」リジンは辺りを見渡しながら言った。
「驚異の世界だな!」ビシャムも感心している。
「本物みたい」とサラ。
「これは流石に仮想現実なんじゃ?」とヨセム。
「わらわは、家の庭を思い浮かべてみるのじゃ!」ツウ姫がそう言ったが、変化しなかった。
「早い者勝ちみたいね」メリスが言った。
「残念じゃ」そう言って、ツウ姫は水際まで行った。
「水が、しょっぱいのじゃ」早速、ツウ姫が検証してくれた。お前、またかよ。
「ツウ姫、毒だったらどうすんだよ?」
「うん? それはこの羽衣を着ていれば大丈夫なのじゃろ?」
確かに病原菌とかは大丈夫の筈だが。
「大丈夫でしょうね。ということはヴァーチャルじゃないんだ」とヨセム。
「途方もない技術で作られているな。これは流石に人工物だろ?」
「作った者が人かどうかは分かりませんが、恐らくこの白い球体があるので呼吸も出来るのでしょう」とリジン。
ん? ああ、あの無限回廊の空気もこれが作ってるのか。なるほど。この白球こそが、この奇妙な空間で俺たちが居られる理由なのか。




