60 多重世界研究協議会2
多重世界研究協議会に参加している三つの空間転移研究所の情報交換については一通り終わった。新しい技術を知ったばかりで研究者は当分忙しい日々が続くだろう。だが、これだけでも大変なことになってるのに、最大の話題はこれからだった。そう、転移中に遭遇したあの世界の話だ。
「それじゃ、リュウ! 用意はいいぞ!」食事から戻って、協議会のホストを務めている世界ゼロのホワンが俺に言った。
「この世界に転移する途中で遭遇したという奇妙な現象を聞こうじゃないか!」見ると、自分用に大きめのしっかりした椅子を用意して座っている。驚く気満々なのか?
もちろん、電話会議なので世界L、世界Nの研究者も参加している。
「では、私たちが見つけた空間、便宜上『無限回廊』と呼びますが、これについてご説明します」そう、俺は切り出した。
「切っ掛けは転移トリガーの開発でした」
「この転移トリガーを開発したのは、世界Nの研究者ヨセムです。まずは、ヨセムに簡単に説明して貰います」俺は、そう言ってヨセムを紹介した。
「転移トリガーを開発したヨセムです。開発の切っ掛けは空間転移実験と同じタイミングで転移したことがはっきりしたことです」ヨセムは、研究者らしく静かに話し始めた。
「私は、転移実験の何が原因で私たちが転移したのかを考えました。特に、余剰エネルギーに着目しました。空間転移装置は、大きなエネルギーを使っていますが、必要以上のエネルギーをまき散らしているのかも考えたのです。この余剰エネルギーにより私たちが転移したのだと考えました。そこで、ベルトにある通信用転移装置にパルス状のオーバーパワーを注入したわけです。エネルギー自体は少ないですが、まき散らす点だけを真似てみました」
「それはつまり、エネルギーとしては小さいが、パルス的な切っ掛けだけを与えたということでしょうか?」ルジンが声を掛けた。
「そうですね。結果的には、そうなっていると思います」
「つまり、転移させるにはエネルギーが不十分でも、転移の切っ掛けにはなると?」これはレジンだ。名前がリスト表示されるが、分かりにくい。
「おそらく」
「それは、ヨセムさんが作った転移トリガーは、無限回廊に入るための装置になっていたということでしょうか?」俺と同じ気持ちなのか、トウカは焦れたような顔で言った。
「はい」とヨセム。
「ヨセム。ありがとう」俺はそう言って、話の続きを引き受けた。
「この現象は、当初は俺の想像の産物ではないかと考えました。俺が想像していたものに近かったからです。しかし、どうも違うようです。そんな都合のいいものではないと思われます。ただ、そうした議論は後にして、まずは遭遇した事実だけを報告します」
そう言って俺は、俺たちが遭遇した無限回廊について順を追って説明した。もちろん、経験した当事者が全員ここにいるので、それぞれが認識した事実も付け加えてもらった。俺一人がすべてを見ているなどと言うことはないからだ。
* * *
俺たちが話終わったとき、部屋は静まり返っていた。
「多重世界の銀河とは途方もないな」世界ゼロのホワンが独り言のように言った。何処までも広がる銀河は果てしないが、その中の小さな煌めきに過ぎない地球だけで同じように広大な銀河を作っていたのだ。水素原子一個だと思っていたら太陽系だったと言われたようなものだ。
「しかも、球体の中を千里眼のように覗けるとは。その世界の事情を知るのに中に転移する必要は無いわけか!」世界Lのホワンも唖然としている。
「はい、その点は重要だと思われます。実際、特定の世界に転移するには条件があるようですし、まだ条件を全て把握できていません。しかし、この無限回廊を使えば転移しなくても、その世界の調査が可能になります」俺は補足して言った。
「なるほど。俺たちには便利なツールだな。しかも多重世界の構造が丸々分かるとはな!」
ホワンは、この無限回廊の重要性を認識しているようだ。
「それに、この無限回廊自体が驚くべき技術で作られています。これ自体が研究対象でもあります」と俺は言った。
「そうだな。そういえば、最初にリュウの想像では無いと言っていたが、その根拠はなんだ?」
「確かに、俺が想像したものに似ていたんですが、想像していなかったものがあったからです」
「想像していなかったもの?」
「はい、世界を覗ける光る球体に混じって、真っ白で発光しない球体があったんです。これについては俺は全く覚えがありません。何のためにあるのかも分かりません。つまり、俺以外の誰かがこの無限回廊を創造したと考えられます」そう言って、俺は会議室に集まった研究者を見渡した。流石に、経験していない者は、理解するのに時間が掛かるようだ。
「なるほど。そうすると。リュウのように転移できる人たちが作ったと?」ホワンが言った。
「というより、多重世界の研究をしていた別の世界の人間だと思います」
「あるいは世界の監視をしていたのか」リジンが言った。
「そうですね。そういう存在がいるのかも知れません」世界の管理者か?
「神のような存在だな」ホワンが指摘した。確かに。
「そんな、凄い『無限回廊』に勝手に入って大丈夫なのか?」とホワン。
「わかりませんが、警告等はありませんでした。入って困るなら、何か手段を用意してそうですが、それもありませんでした」
「そうだな。なるほど禁止はしていないと」とホワン。
「むしろ、これを使えと言っているようなものです。ただし」俺は言った。
「ただし?」とホワン。
「確率風が吹き荒れてるときは危険な気がします」
「確かに、何処に飛ばされてもおかしくないからな。多重世界銀河の最果てなんて帰って来れそうも無いしな」とホワン。
「そうですね。ただ、無限回廊の中で飛ばされたことは無いので、何が起こるのかはわかりません。何処かの世界に放り込まれるのかも知れませんが、遥か彼方に飛ばされるかも知れません」
「そうだな。ただ、非常に便利なツールでもある。今まで手探りだった多重世界の構造がまるまる見えるわけだからな。指定の場所に転移も出来るようだし。十分調査する価値があるだろう」ホワンがまとめた。
「そうですね」
こうして、この最初の多重世界研究協議会で、無限回廊の調査が決定された。




