59 多重世界研究協議会1
空間転研究所第一研究室に緊張が走った。
俺たちが先ほど経験した奇妙な空間の事をざっと説明したからだ。
「とんでもない事態に遭遇したものだな。そうなると、歓迎式典どころじゃないな」ホワンは、驚くと同時に研究者らしい興味を持った目で言った。
俺たちの転移は、ほぼ予定された通りなので、世界Nほどではないが歓迎イベントなどを用意していたようだ。
「とりあえず、元気な姿だけみせて、あとはキャンセルでいいだろう。上層部は俺が説得しよう。大発見の最中に暢気にお祭り騒ぎをやっていたら後でお目玉食らうのは俺たちだからな!」ホワンはそう言ってくれた。
「まずは、上層部を説得するためにも、もう少し詳しい話を聞かせてもらう。それと、各世界の研究者だけでも連携は必要だろうから。突然だが『多重世界研究協議会』をすぐに開催しよう」
『多重世界研究協議会』とは、要するに多重世界通信機で連絡が出来るようになった世界の連携機関だ。まだ、名前だけで一度も開催されていない会議だが、いきなり重要案件が出来てしまった。
国や世界の代表も、この協議会に参加する予定だが、基本は研究者のための会議だ。実際のところ政治的な連携の話は何も決まっていない。
だが、俺たちの話を聞いて、早急に『多重世界研究協議会』を開催する必要があるとホワンは考えた。
* * *
多重世界研究協議会は、多重世界通信機が実用化されたために出来た組織であり、原則多重世界通信機による電話会議での開催となる。いわゆる電話会議システムは各世界にあるのだが、規格が異なるため接続は簡単ではない。映像を使ったシステムの接続は後回しにして、第一回会合は現在使用可能な音声のみでの開催となった。
「それにしても、お前が現れるといつも大騒ぎだな」多重世界研究協議会のために研究所の会議室にやって来た俺を捕まえて、ホワンがそんなことを言った。
「仕掛け人が言うじゃないか」
俺も言い返してやる。元はと言えば、ホワンたちが発端だからな。
「まぁ、そうなんだがな。はははっ」笑って誤魔化すな!
「しかし、移動途中でも大発見するって、お前は一体どうなってんだ!」
ホワンは俺を抱えながら耳元で言う。それ、別に内緒話じゃないし。てか、転移は普通の移動手段じゃないんだが。『通勤の途中で、いい店見付けた』とかとは違うんだよ!
「さぁな。俺の話を聞いて驚くなよ」
「おお、期待してるよ」そういうと、ホワンは俺を離して席に着いた。
* * *
第一回多重世界研究協議会は、まずそれぞれの世界の紹介の後、現時点の知識の共有を行い多重世界の共通認識を作ることから始めた。
転移の途中で遭遇した奇妙な世界については、それまでの情報を共有してからでないと混乱するため最後に紹介することになった。
また、連携している三つの世界の科学技術の差異をなるべく減らしておくべく簡単な説明も必要だ。
とは言え、みんな不思議世界の話を聞きたくてうずうずしてるのは分かる。それで、世界Nへ転移してからの報告は概要のみとして、詳細については別途担当者間で情報交換してもらうことにした。
それでも、情報共有が必要な情報は大項目だけでも空間転移装置、存在確率測定機、確率風測定機、多重世界中継器、防護スーツと沢山ある。俺って確か遊びに行った筈なんだが? たった一月の遊びの結果としては多すぎないか?
俺の遊びはともかく、世界Nのような研究員に余裕のある世界はいいとして、世界ゼロや世界Lでは、いきなり全部の研究に参加するのは無理だ。無理なのだが聞かずにはいられない。マナブやトウカは、大興奮で、発表をしているリジンに何度も質問を投げかけていた。
* * *
そんなわけで、半日はあっという間に終わってしまった。それでも、新発見の連続で情報を貰うほうはいっぱいいっぱいだ。
かなりずれ込んだ午前の部を終えて昼食を取ることになったのだが、食堂へ向かいながらも研究の話をしてしまうのは研究者のサガなのだろうか?
「光合成まで始めたのか」第一研究室のメンバーではないが、防護スーツ関連で来ていたルジンが溜息まじりに言った。気持ちは分かる。まぁ、飛翔モードを追加して他の世界を驚かせた本人なんだが。
「あっ、それリュウがポロっと言ったからだよね」後ろからメリスが言った。
「そうそう」ユリまで。
「そうですね。でも、既に近い技術があったので容易でした」ヨセムがすました顔で言う。そういえば、開発した本人が居たな。
「確かにね。もう栄養素も合成しちゃいましょうかね」とルジン。マジか。
「凄いな。まるで臓器だな。」俺は言った。
「ほう。臓器と」ルジンが食いついた。なんでだよ。普通、食いつかないとこだろ!
「えっ?」冗談のつもりを本気にされると困るんだが。
「もう、いろいろと多機能になって来たので、臓器化するのもいいかも知れませんね」と真顔のルジン。やばい、ここの人たち冗談を全部実現しちゃうよ。本当は雲の上の人たちなんだろうか? そういうのは雲の上でやってくれよ。あ? この研究所自体が雲の上なのか?
「それは、面白いですね」とヨセム。面白いんだ。
「部分的に通信機になっていたりもするので、生体フィルムを使った器官を作るのは問題無いでしょう」ヨセムが続いて言った。問題無いんだ。そんな訳無いだろ!
「もう、どうやると生体フィルムでそんなこと出来るのか理解に苦しむ」と嘆く俺。
「ああ、それは重力加速器があるからですよ。あれは多数の加速器の集合体なんですが、個別に動かすとミクロの物質の操作が可能なんです」とヨセム。へ~そうなんだ。知らんけど。どうも、小さな手が沢山あるような感じらしい。
「なるほど。それで臓器もどきも作れるのか」
「そうですね。ものによりますが。この話、是非私も参加させて下さい」とヨセム。
「もちろんです、一緒にやりましょう」とルジン。
どうやら、防護スーツは更に進化する模様。もう、何をどうすると実現できるのか見当もつかない。キメラとかにならなければ、どうぞ進化させてくれ。俺はキメラになるのはいやだからな。『中に人間がいる魔獣のような何か』とかを連想したら怖くなった。
とにかく、こいつらを前に冗談を言うのはやめとこうと心に誓うのだった。




