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多重世界の旅人  作者: りゅう
無限回廊編
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56 藤原邸のさくら

 花見の準備が出来るまでの時間、俺たちは持ってきた中継器を使って多重世界通信機のテストをすることにした。テストは簡単だ。


 まずは、世界Nとの通信を確認した。これは予想通り問題無く会話可能だった。俺たちの旧型を盗聴してた訳だしな。


ー もう、みんな大騒ぎですよ。空間転移装置の実験そのものが、リュウさんの確率要素転移の引き金だったということですよね?

 世界Nで応答しているのはマカラムだ。リジンたちの転移については、防護スーツの多重世界通信機で既に連絡してるある。


「そうだな。特に空気の転移で終わってるような実験は、エネルギーが有り余ってるだろうから、人知れず誰かを転移させてしまってるかもよ?」


 俺はちょっと煽るようなことを言ってみた。まぁ、誰でも飛ぶわけではないが。


ー 本当ですね。これからは転移先を考慮してパワーを制限します。


 それから、研究室の室長が転移してしまったので、ちょっとした確認をして世界Nとの通信を終えた。


 次は世界Lと世界ゼロだ。もともと、この二つと世界Sは通信可能になっている。実験は中継器経由で世界Nと世界Lや世界ゼロが接続できるかどうかだ。


「じゃ、世界Lから呼び出してみて」

ー 了解。こちら世界Lのレジン。みなさん、聞こえますか?

ー こちら世界ゼロのルジン、感度良好です。

ー こちら世界Nのマカラム。こちらも乾度良好です。遅延等も感じません。


 よし、成功だ! 世界Sの俺たちも大騒ぎだが、通信先の世界Nや世界Lなども大変な騒ぎになっているようだ。それはそうだ。これで多重世界の連携が実現できるのだ! 俺のように、ただ漂流しているのとは訳が違う。それぞれの世界にいたまま会話が可能になった。つまり、リスクなしに情報交換ができるのだ!


「私は世界Sに転移中の世界N多重世界研究室室長リジンです。これから、別世界間で連携した研究を進めたいと考えています。どうぞ、よろしくお願いします」


 リジンは、ちょっと面倒くさい自身の状況を説明しつつ、各世界に向けて最初の挨拶を送った。


ー 世界Lのレジンです。了解です。こちらからもお願いします。

ー 世界ゼロのルジンです。こちらも了解です。願っても無いことです。


 ルジン一族(?)が挨拶をした瞬間だ。これも記念すべき出来事かも知れない。連携する三世界の等価体全員で会話してる訳だ! もしかすると、この三人は三世界の違いを象徴しているかも知れない。


 等価体はともかく、通信の中継はうまく行っているようだ。また、世界名を付けて話すのは防護スーツ無しで聞いている人のためだ。主に、世界Nの報道向けだな。

 防護スーツの通信は、発言者の情報が表示されるようになった。このため、何処の誰が話しているのか分かる。これは、多重世界通信では必須機能になった。


 多重世界通信は、こういう電話会議のようなものも出来るし普通の電話のようにも使える。早速、担当者を紹介したあとは、チームや研究者同士で会話が始まった。既に、世界ゼロと世界Lでは通信が可能になっていたので世界Nが連携に参加する話は簡単に受け入れられた。三つの世界が協力したら、きっと多重世界の研究は急速に進んでいくと思う。会話だけでなく、データ通信も始める予定だ。もっとも、単純な仕様のほうが多くの世界と接続するには好都合なので、そう急ぐこともないだろう。


  *  *  *


 藤原邸の裏には、見事に手入れされた庭が広がっていた。

 さくらの開花は四月も第三週目と寒冷化した世界だけあって遅めだが、桜は見事に咲き誇っていた。


「こ、これは素晴らしい」庭を眺める席に着くより早く、リジンが部屋から見える景色に感嘆の声を上げた。

「本当に。桜は久しぶりです」とビシャム。

「私は、毎年見てるけど、この桜は見事ね。眩しいわ」とサラが言った。確かに、やや暗めの部屋から見ると眩しいくらいだ。

「やはり、いいものですね」ヨセムが言った。


「ささ、婿殿こちらへ」タダヨシが庭が良く見える席へと俺を誘う。これ、マズいよなぁ?

「ありがとうございます」仕方ない、観念しよう。

「皆さんも、どうぞお寛ぎください」仲間たちにも席を勧めた。畳の席なので、ちゃんと座れるか心配したが大丈夫のようだった。胡坐のひとも居るが。


「これは、本当に見事ですね」俺も素直に絶賛した。ときおり風に揺られる様は、つい見とれてしまう。

「ええ、ここまで育てるのは大変でした」

「そうでしょうね」

「ですが、娘を育てることに比べたら大したことではありませぬ」そう来たか。見ると、ツウ姫はすましている。お前、大変だったそうだぞ。


「そうなんですか」

「男手一つでしたからな」などと言ってタダヨシは笑った。いや、乳母とか下女とかいると思うが。

「はぁ」

「これは、男勝りでしてな」


「ツウ姫は、しっかりしていて頼もしいと思っています」

「ほう」

「自分の考えを持って行動出来る人はあまりいません」まぁ、お転婆とも言う。

「なるほど」

「ふふふ。リュウ、分かっておるではないか」

「暴走しないかハラハラものですが」

「な、なにを」

「わはははっ。確かに分かっておられるようじゃ」

「恐れ入ります」

「なるほど貴殿が一緒ならば、安心というもの。どうぞ、これからもよしなに」

「わかりました」


「はい、おひとつどうぞ」メリスがお銚子を持ってきた。何のつもりだ?

「おまえ、そんなことしなくていいぞ」

「今日は許してあげるって、ユリが」メリスは、小さい声で言った。ユリを見たら少し笑った。

 酒は旨かったが、酔えそうもない。


  *  *  *


 翌朝、俺たちは出発することにした。


「もう行くのか婿殿? もう少し、ゆるりとしていけばよかろうに」タダヨシが言ってくれるが、大人数でいつまでも居座るわけにもいかない。


 実は、タダヨシには俺たちの素性を明かした。なかなか大変だったが、なんとか理解してくれたようだ。まぁ、通信も含めて目の前でいろいろと見せられては信じるしかないんだろうが。


「いえ、先を急ぎますので。それに、これだけのことをしてしまったので、いつ飛ばされるか分かりません。確率風の凪ぎの今の内に転移したいと思います」

「わらわは、いつでも戻れるのじゃから、心配いらんのじゃ」

「そうじゃな。このツウシンキとやらもあるしのぉ」

「父上、それは世界を繋ぐ機械なのでくれぐれも注意してくだされ」

「分かっておる。ちゃんと理解しておる」

「心配なのじゃ」

「大丈夫。予備機も渡してあるから」俺はツウ姫を安心させるように言った。


 このとき既に、ヨセムによる転移トリガーは完成していた。後は試してみるだけだ。

 俺たちは桜吹雪が舞い散る裏庭に降りたった。そしてタダヨシが見守る前で、俺は転移トリガーを起動した。


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