55 転移のわけ
翌朝、俺たちは希望通りに転移した。
分からんが、朝方に転移トリガーが働いたようだ。そして着いた場所は、希望通り京都は藤原邸の客間だった。俺たちは朝方の転移を見越して転移先を客間と決定していたのだ。つまり、転移先は間違いなく俺たちの意思で決まっている。確率風は微風だった。
「きゃ~~~っ、だれか~っ」朝の掃除に来た下女が叫び飛び出した。
うん、もう慣れたけど彼女は慣れてないよな。ごめん。
「朝っぱらから、なんじゃ~?」中庭で掃除をしていた与平が来た。
「与平、わらわじゃ!」
「お、お嬢さま。な、なんとお労しい」与平、ツウ姫の防護スーツ姿を見て嘆く。
「だから、先日言ったではないか! これは、羽衣じゃ! それより与平、ツウが来たと父上に伝えよ」
「へいっ」与平はそう言って奥に入っていった。奥で「だんなさま~っ」と呼ぶ声がする。
「こんな時間に、何ごとじゃ?……おおっ。ツウでは無いか、帰ったのか!」与平とは違う方向から藤原忠義が出て来て言った。与平、何処へ行った?
「父上、只今なのじゃ」
「うむ。良く帰って来た。して、この方たちは?」
ツウ姫と一緒にいる俺たちを見てタダヨシは不安そうに言った。無理もない、ツウ姫を含めて全員怪しい服装なのだ。
「こ、これは。婿殿とその仲間なのじゃ」とツウ姫。何それ。
「えっ」俺がツウ姫を見ると悪戯っぽいウィンクをしてきた。お前、この状況でかよ。
「ああ、なるほど。そう言えばそうであったな。いや、みなさん良くおいでくださった」
タダヨシはそう言って安心した表情になった。大したものだ。俺なら逆に不安になるかも。
「しばし、こちらでお待ちくだされ。今、茶を用意させますので」
そう言って、タダヨシは出て行った。下女も下男もどこ行った?
「お前、言うに事欠いて……」
「しかたないじゃろ~っ? そうでも言わなければ、娘一人で旅に出したりせんのじゃ」とツウ姫が言う。
「確かに、そうだろうけど。俺は知らんぞ」
「リュウ、話を合わせるだけでいいのじゃ。頼む」
「仕方ない。まぁ、都合はいいけどな」
「そうじゃろう?」
「そのあと、めんどくさいことになるけどな」
「そうそう」とメリス。お前はもうめんどくさいことになってるよな。
「そうよね~っ」ユリは感慨深そうに言った。
「で、なんで、お前らまでいるんだ?」俺は振り返って、ずっと静かにしている一団に言った。
「そんなこと言われても、分かりません」リジンが微妙な顔で言った。
「ついに転移してしまった!」ビシャムは嬉しそうだ。
「私まで転移しているのは何故?」サラは意外な展開に戸惑っているようだ。
「私がいるのは、やはり防護スーツを改良したせいでしょうか?」ヨセムは、やや冷静に分析して言った。
「ま~、これだけの人数での転移ならトリガーしにくくなるよな」
「あ~っ。確かにね」とメリス。
「そうよね」とユリ。
「す、すみません。私たちが転移しない原因だったんですね」リジンが言った。
「いや、それは分からん。そういや、俺たちにセンサーとか付けてデータ取ってるよな? そこから転移の原因は分からないのかな?」
「ああ、そうですね。ヨセム!」とリジン。
「はい。調べてみます」
「実際、転移のトリガーが何なのか分からないと困るな」
「それが分かれば、自由に転移できるのにね!」とメリス。
「自由転移か! いいな!」
「でも、寝てるときってのはね~。昼間に転移出来ないのかしら?」とユリ。
「そういや、何時に転移したんだろう。記録は見れないか?」
「えっ? ああ、見てみましょう」ヨセムはそう言って、防護スーツのコンソールで操作を始めた。
「世界認識パターンが切り替わったのは……今朝の五時ですね」とログを見ながらヨセムが報告した。
「五時? 五時ジャストなのか?」と俺は不思議に思って聞いた。
「そうですね。五時ジャストです」とヨセム。
「五時ジャスト? 空間転移実験と同じ時刻ね」とサラ。
「ほんとか? もしかして空間転移実験で転移してたのか?」
「その可能性が高いわね」とサラ。
「転移しなかったのは、今朝まで実験してなかったから?」
「転移実験はしばらく休んでた。今朝から再実験だった筈です」
「ああ、そんな話してたな。ってことは……転移実験がエネルギー源ってことか?」
「どうやら、そのようですね!」とリジン。
「なるほど!」とビシャム。
「それで、いつも朝方に転移してたのね!」とメリスも納得。
「もう、寝てる時が一番迷惑なのに!」ユリは思うところあるらしい。
「そうだよな! マリ王女にも謝らないとな!」
「そうよ。転移装置は女の敵よ!」ユリはきっぱり言った。
女の敵はともかく、そうなると逆に自由転移の可能性が出て来たことになる。
「転移したいときに転移装置を動かしてもらう訳にはいかないかな?」
「さすがにそれは、運用が難しいですね。連絡出来ないことも多々あるでしょうし」とリジン。
「もしかすると転移装置は必要ないかも知れません」静かに聞いていたヨセムが何か考えながら言った。
「どゆこと?」
「ベルトにある転移装置でも転移のトリガーとして使えるかもしれません」
「まじか」
「ほんとうですか!」とレジン。
「ええ。通信用の転移装置が強化されましたしエネルギーも余裕がありますので、一瞬だけならパワーを入れられます。実際には空間転移をしませんが転移装置に近い状態までもっていけます。必要なエネルギーが分かりませんが、試してみましょうか?」
「それ、是非やって欲しい」
「そうですね。やってみましょう!」とリジン。
* * *
「それで婿殿、今日はどのような用件でこちらに?」
お茶を用意して来たタダヨシは下女がお茶を配り終えると言った。
「……」
「婿殿。リュウ殿」ツウ姫が俺をつつく。
「えっ? あ、そうですね」いきなり、婿殿なんて言われて反応できなかった。
「実は預かってもらいたいものがありまして」まず、中継器の件を片付けよう。
「預かる? 結納ですかな?」そう来たか。すっトボケるしかないな。
「いえ。こちらの物です。非常に貴重なものです」そう言って俺は持ってきた多重世界中継機の小さな箱をタダヨシの前に置いた。箱にはパイロットランプが小さく光っていた。
「リュウめ、軽く流しよった」ぽそっとツウ姫が呟く。
「これは?」
「ツウ姫からの便りが届く器械です」
「えっ?」タダヨシより早く、ツウ姫が驚く。
「ふふふ。親父さんに持ってもらうのだ、そのくらいの機能は追加するよ。呼んでみろよ」
多重世界通信機は特定の人間が使うことを前提にしているので、電話のように呼び出すことも出来る。
「まことか? どれ」
ツウ姫は言って、中継器を呼び出してみた。すると「ピポポポポッ」っと呼び出し音が鳴った。
「おおっ」タダヨシは驚いただけで手を出さない。
「手に持って、真ん中の突起を押してください」
「どれ。この突起じゃな?」恐る恐る手に取ったタダヨシがボタンを押すと、「ぴぽっ」と音がして繋がった。
「父上聞こえるかの?」
「おっと。おおっ、ここからも声がする」タダヨシは手元の箱からもツウ姫の声が聞こえて、落としそうになった。
「ツウ姫、ちょっと離れて話したほうがいい」
「分かったのじゃ」ツウ姫はそう言って部屋から出て行った。
「この機械は離れた人同士で話すためのものです」と俺が解説する。
「な、なんと」
流石にタダヨシ、手に持った中継器兼通信機を骨董品を見るようにまじまじと眺めた。
ー 父上、聞こえるかえ?
「んんっ? ツ、ツウは、何処へ行ったのじゃ?」
ー わらわは、いま裏庭じゃ。
「おお、まことか?」
ー 今年の桜は見事じゃのぉ。
「おお。そうであった。今年の桜は、大層見事に咲きましてな。ちょうど良い。婿殿、これから花見をしようではありませんか?」
「それはいいですね」
ー ええのぉ。みんな、こっちへ来るのじゃ!
「うむ」
さっそく、タダヨシは下女を呼んで花見の宴の準備をさせた。
俺は、土産に持ってきた世界N産の抗生物質と説明書をタダヨシに渡した。この世界の京都では、それほど大騒ぎをしていないようだが、それでも患う者はいるとタダヨシは感謝していた。




