54 世界Sへ飛べ
「多重世界の数を数えるだって~っ?」俺は、ちょっと変な声を出してしまった。食堂の喧騒の中なので気に留めている者もいないのだが。
「そうさ。俺たちも遊んでる訳じゃないからな!」転移先確定チームのマカラムが言った。
「そんなこと出来るのか?」
「それが、出来るんだ。今回、転移の距離を設定できるようになっただろ?」マカラムは食堂なのに、こそこそと小さな声で言った。
「ああ、そうだな」
「それで、転移の距離を微妙に増減してみたんだ。すると、発光する場所と発光しない場所があるのが分かった。それも、ほぼ等間隔に」
「ほう」
もちろん、転移先確定チームが使っているのは空間転移装置そのものだ。通信用の転移装置に比べ桁違いのパワーがあり、遠距離の転移が設定できる。これを使って実験しているということだ。
「発光する位置には、もちろん希少種が絶滅した世界がある筈だ。そして、発光しない位置は世界が存在しない可能性が高い」
「希少種が存在している可能性もあるだろ」
「そうだな。希少種が存在してる場合はカウントできない。実際、歯抜けの場合もある」マカラムは、いつの間にかまた、かがみ込んで小声で言った。内緒話が好きなのか? てか、食堂で内緒話は無理じゃないか?
「等間隔か」俺も調子を合わせて小声で答えた。だが、マカラムには聞こえなかったらしく耳に手を当てて聞くポーズをとる。お前ふざけんなよ。まぁいい。事実なら、大発見だからな!
「方向も分かれば、多重世界の構造も分かる」
「そりゃ、凄いな。ただ、凄い数になりそう」
「今、ナンバリングしてる」マカラムは意味ありそうに笑って言った。要するに、多重世界の地図を作ろうとしているようだ。
「通信できないのがなぁ」
「まぁ、距離が近くても通信できないことが多いけどね」
「どこかで、中継してくれないかな?」と暢気に言う俺。
「うん? 中継か。出来るかも」とマカラム。
「なっ?」ちょっと、食べるのを止めた。
「マジで出来るのか? 中継出来れば凄いぞ」と俺は言ってみた。
「ん? ああ、そうか! 世界の連携ができるな!」マカラムは、いつの間にか大声になって話していた。まぁ、食堂だしな。最初からそれでいいんだよ。
* * *
世界を跨いで通信を中継するという案は、すぐさま研究室の重要案件として承認された。世界ゼロや世界Lの多重世界通信機ではダメだが、この世界Nの拡張された通信機なら使える可能性が高い。これが出来れば、世界間での協力体制を敷くことが出来る。もちろん、その意義は大きい。
数日後の談話室は、その話題で持ち切りだった。
「で、俺が転移することになるのか」
「そりゃ、そうでしょ? 他にいないでしょ? そういう人」メリスが言った。
「いや、メリスも飛べると思うけど」
「でも、言い出しっぺがやるべきよ」ユリにも言われた。
「そうじゃ、行くのじゃ!」
「しょうがない。俺が行くのはいいとして。なんでお前も行くんだ?」俺は隣で行く気満々の、のじゃ姫……もとい、ツウ姫に言った。
「それは、わらわの世界Sへ行くのじゃからな! 当然じゃ。中継器をわらわの父上に管理してもらうのが一番じゃろう?」と胸を張るツウ姫。確かに、それが最善のような気もする。まぁ、富士山頂とかに置いてもいいのだけど、あの世界の協力者も増やしておきたいし、ツウ姫の親父にも挨拶しておくのはいい事だろう。別バージョンの親父には挨拶したけどな。
もちろん、世界Sへ行くだけではない。その後、世界Lや世界ゼロに飛んで今後の世界間の協力体制を作り上げる予定だ。
ということで、結局は俺たち四人全員で飛ぶことになった。
準備するものはあまりない。最新情報以外では殆どの機材は防護スーツに含まれるので、ベルトに使う部品をサンプルとして持って行くくらいだ。
* * *
俺たちは、完全に準備を整えていた。そう、いつでも世界Sへ転移することが出来る。そして、確率風が静かになるのを待った。確率風がどう変動するのか、まだはっきり分からないので、揺らぎが一日程度収まるのを待つことにした。
だが、確率風が収まった後、世界Sへ転移をしようとしたが。転移しなかった。原因は不明だ。そもそも、転移する理由も不明だから仕方ない。
俺たちは、会議室に集まって対応を話し合うことにした。
「おかしい。なんで転移しないんだ?」俺は、理由が分からなかった。
「ホントよね。普通に世界Sをめざしてたのに」メリスも不思議そうだ。
「以前なら、希望すれば転移したよね?」とユリ。
「わらわも、普通に寝る前にお願いしただけで飛べたのじゃ」
「ああ、そういや朝方に転移することが多かったな」実際、思い返してみると朝が多い。これには意味があるんだろうか?
「やはり、転移のエネルギー源が無いからじゃないでしょうか?」心配して見に来たリジンが言った。
「朝だとエネルギーがあるのか?」
「そうなりますね」
「惑星の自転とかと関係するのかな?」とユリ。
「自転からエネルギーを貰えるのか? どうやって?」
「知らないわよ」とユリ。
「何れにしても、俺たちの意思で転移しているわけじゃないってことだな?」
「少なくとも、意思で転移をトリガーしているわけではないようですね」リジンと一緒に来たサラが言って、隣のソファに座った。
「転移のトリガー?」
「ええ、恐らくはそれがエネルギー源でもあるんだと思います」とリジン。
「世界が弾き出してるんじゃないってことか。エネルギー源は他にあるって?」
「世界が弾き出しているなら、とっくに出されていないとおかしい気がする」メリスが言う。
「そうそう」ユリも同じらしい。
「転移トリガーか。謎だな。明日の朝転移するのを祈るばかりだ」
「ああ、みなさん、ここに居たんですね!」そんな話をしていたら、ビシャムとヨセムが入って来た。
「どうしました?」とリジン。
「どうしましたじゃないです防護スーツをアップデートしてくださいよ。明日からまた転移実験再開なので今日中にアップデートしなくちゃだめなんです」
「えっ? 自動でアップデートされるのでは?」リジンが不満げに言った。
「ソフトはそうですが、このベルトは交換ですからね! カプセルも入れ替えです」ヨセムが呆れ顔で言った。
「ああ、そうでした。細かい調整が入ったんですね」
リジンも思い出したようだ。まぁ、転移しないならソフトウェアのアップデートだけでも問題はないから放っておいたようだ。ビシャムとヨセムは有無を言わせずリジンとサラのベルトと素材カプセルを取り替えていった。
そして俺たちは翌朝、めでたく転移した。




