53 多重世界通信機と防護スーツ
特設チームの成果が大きく報道されるにしたがって、俺はちょっと焦っていた。
何故かと言うと、この世界の研究が大きく前進したと言うことは、この世界の存在確率も大きく変動している可能性が高いからだ。つまり、俺たちはいつ弾き出されてもおかしくないのではないか? それは、思い上がりだろうか?
そこで念のため、防護スーツの新しい機能は可能な限り早く適用してもらうことにした。
まず、多重世界通信機がアップデートされた。通信ターゲットを遠距離にして安定化させたものだ。これは加速器の調整だけなので簡単だった。
次に、存在確率測定機と確率風測定機が導入された。この二つの測定機には大いに期待している。特に確率風測定機だ。これは俺たちが安全に転移するための必須機能となるだろう。これが安定して使えれば、自由に多重世界を行き来できるかも知れない。
* * *
防護スーツの特設チームでは、現在俺たちが使っている防護スーツを基本に改造を施していた。
まずは、ベルトの転移装置のアップデートだ。小型転移装置そのものも強化するが、エネルギーモジュールも強化する。特質すべきは水と触媒を交換すれば半永久的に使えるようになるということだ。しかも水は空気中から勝手に補給するらしい。もちろん何をやっているのか、さっぱり分からない。水からエネルギーを取り出すなんて、どこかで聞いた怪しい話くらいだ。
「これって、いつまでも飛んでいられるってことか?」俺は信じがたい気持ちで聞いた。
「ええ。通常水蒸気がある状況なら、いつまでも使えます」防護スーツチームのヨセムだ。
「凄いな。永久機関じゃないのは分かっているが、実質永久機関だな」
「単に、半永久的に動くというだけではありませんからね。ただ、動いているだけなら玩具ですが、これは実用的な動力源であり続けます」ヨセムは自慢げに言う。いや、確かに凄い発明品だよ。どっからエネルギー持って来てるんだよ。
「そうだな。恐れ入った。水のどこにエネルギーがあるんだよ」俺は本当にそう思った。
「えっ? もちろん水にはありませんよ? 利用しているだけです」
「核融合とかじゃないの?」
「違いますね。熱は取り出してませんし」ヨセム。確かにそうだよな。
「そうなんだ。いや、わからんが。水でいいなら、どこでも使えるし最強だな!」
「そうですね。ただ、宇宙空間のような水の補給ができない環境だと一月くらいしか持ちません」
「人間の吐く息の水蒸気でもいいんだろ?」
「ええ、それが一か月で枯渇します」枯渇って、どこに消えるんだろう?
「それもそうか。まぁ、宇宙空間に人間がひと月も漂ってる状況が想像できないけどな」
「そうですね。水分はなんとかなったとしても食料は作れませんしね」
確かに食料はどうにもならない。
「人間が光合成でもできたら、まだマシなんだろうがな」俺は世間話として言った。まぁ、光合成できるだけの光がある場所こそ宇宙では限られるのだが。
「光合成……おお、光合成ですか! それ、いいですね!」いきなりヨセムが飛びついた。てか、飛びつきやがった!
「そ、そうか? 何がいいんだ?」
「いや、ですから光合成です! 生体フィルムで光合成したらいいじゃないですか!」
「いや、いいじゃないですかとか言われても」
「カロリーを賄えればだいぶ違いますからね。糖分が作れれば、水と一緒に供給できます」
「そ、そうなのか?」
もしかして、それ生体フィルムが緑色になるってことか? 俺、緑色の宇宙人になるのはお断りしたいんだが? とりえず、顔は止めてほしい。
ヨセムは嬉々としてメンバーに指示を出し始めた。そういえば、防護スーツをいじれる人って医療関係にも詳しい人だったなと思い出した。
これ、意外と早く実現してしまうかも知れない。かなり具体的な指示をしてるし。もしかして、宇宙空間で長く生きる気なんだろうか? あれ? でも、それだと月まで飛べたりする? まさか、ガニメデまで飛べたりしないよな? 飛べたとしてもお断りしよう。たぶん、つまらないし。軌道計算できないし。
ちなみに、加速装置がどのくらい強化されるか聞いてみた。
「今までは人間四人の加速が限界でした。ですが、今度のベルトなら十人はいけます。つまり、チーム全員を抱えて飛べます」
俺は十人を抱えている絵を想像しようとしたが無理だった。どうやって抱えるんだよ!
「それは凄い」十人抱える方法をイラスト付きで説明してほしいものだ。てか、抱えて飛びたくないんだけど。
「飛翔速度も音速を軽く超え、マッハ二・〇くらいまでいけます。宇宙空間なら特に制限はありません」だそうである。
やっぱ、この世界Nは超進んでいる。というか、ちょっと頭おかしい。もしかして、ホントに南極行ったら、ペンギンに「ようっ!」とか言われるかも知れない。
* * *
「光合成できました!」
防護スーツ特設チームとの第二回ミーティングで、早くもヨセムが報告した。
なんと一週間で作って来やがった! まじか。とりあえず、顔の色だけは確認しないとな!
「もともと、この防護スーツには似た機能があったので簡単でした」ヨセムが言う。簡単なんだ。
そういえば、確かに二酸化炭素を脱炭素して酸素にしているからな。炭素固定ってのは光合成と同じだ。
「あとは、人間の吸収に問題無いグルコースなどに変換するだけでした」
そうなんだ。知らんけど。チューブから砂糖液みたいな水を飲むんだろうか?
「凄いね。そうすると一月生きられるのか?」俺は素直に言ってみた。
「さすがに光合成だけでは人間は生きられません。ですが、その足りない成分は追加してやればいいわけです」
「ほう。確かに」
「はい。ということで、添加物を少し追加することにしました。一月くらいなら生き延びられるでしょう」ヨセムさん、胸を張っています。
「それって光があればってことだろ? 普通の宇宙空間に光は無いと思うけど」
「いえ、光があればなおいいですが、なくてもエネルギーモジュールだけで大丈夫です」
「ほぉ~、そりゃ凄い。でフィルムの色は? それなら、葉緑素はいらないよな?」
「えっ? 生体フィルムは今まで通りですよ?」とヨセム。良かった。緑の宇宙人にならなくていいようだ。それなら文句ない。
まぁ、ひと月宇宙空間を漂ってる姿を想像すると身震いしてしまうのだが。出来れば砂漠とか無人島とかで勘弁してほしい。ああ、北極のような寒冷地でも平気なんだっけ。地球上なら、どこでも問題無いのは大したものだ。
「あ、そうそう。軌道計算能も追加しておきました」と、帰りがけにヨセムに言われた。
ふう~ん、そうなんだ。って、余計な事すんな!
この機能の追加で、目が覚めると宇宙空間っていう可能性がぐっと高くなってしまったじゃないか! 仕方ない、宇宙空間では目を覚まさないことにしよう。覚めても二度寝することにしよう。
* * *
「防護スーツの機能アップはいいんだけど、ちょっと機能に偏りがあると思うのよね」食堂で昼食を取りながらメリスが言った。
「足りない? そうかな?」
俺は思い当たらなかった。てか、最近盛り過ぎという気がしている。もう、何処に飛ばされるかヒヤヒヤもんだ。
「そうそう。いい加減、スーツのデザインを増やしてほしいのよね。世界L基準の男女のフォーマル、カジュアル、スペースだけってどうなの? 現地で浮きまくりじゃない?」と、ユリが指摘した。なるほど。せめて、その世界に合わせたいと。
「確かにな。それで行動が制限されるからな」俺も認めた。
「ええっと、それは新しくデザインしろと言うことでは無くて、コピーでいいんでしょうか?」横で聞いていたヨセムが言った。
「いんじゃない?」メリスは言った。
「昔の忍者は、潜入するときその土地の服装にしたって言うじゃない? それと同じよ」とユリが言った。なぜ忍者の真似をするんだ?
「分かりました。では、忍者モードを追加しましょう。コピー元を指定すれば変形するようにしましょう」ヨセムは軽く言った。
「そんなこと出来るのか?」
「はい、スキャナーを追加しましょう。十メートルくらいならスキャン出来ます」ヨセムは有能だなぁ。
「ああ、ついでに、ディフォルトのデザインも何パターンか入れたいな。各自のカスタムってことで」と俺も注文をつけた。俺の世界Rに帰った時、コスプレと思われてちょっと困ったからだ。
「わかりました。あとでデザインを教えてください」とヨセム。
「わかったわ!」メリスもノリノリで言った。
「よろしくね!」ユリも
「私も希望を出します!」サラが言った。
「私もいいのかな?」とビシャムも言った。
「全員分いいんじゃないか? 自分らしさが出て。あっ、大変か?」
「いえ、デザインさえ分かれば大丈夫です」そう言ってヨセムは笑った。
ここには居なかったが、リジンも希望を出したらしい。気にする人だったんだ。




