47 多重世界の旅人
翌日の明け方、予想通り俺たちは転移した。
ツウ姫たちを除いて、ひとまず全員が自分の世界に戻ったのだ。もちろん、多重世界通信機はちゃんと機能していた。通信で繋がっているので別々の世界に分かれたような感じはあまりしなかった。
ー ほんとに、元に戻れて逆に驚いたわよ! 着いたのは南の島だったけどね。研究所に帰った時のホワンの顔ったらなかった!
メリスがやや興奮気味に言った。
ー あ、それはこちらのホワンもそうでした。まるで幽霊を見るような目で見られました。
レジンでもちょっと驚いたようだ。
ー そうそう。マナブやトウカも本物か~とか言ってべたべた触ってくるし。実験で何か変なものでも見たのかしらね。
メリスは、ちょっと嫌そうな声で言った。
ー こちらも同じですね。ホワンやマナブやトウカって、もしかして二つの世界を共有してたりするのかな?
レジンが、こんな怪しいことを言うのは帰った安心感からなのか?
ー ドッペルゲンガーだからな。
と俺。
ー ふふ。可能性ですけどね。
ー しかし、君と僕はちょっと違うよねレジン。
ー ああ、ルジンさんですか。お話はリュウさんから聞いています。会うのが楽しみです。
ー あれ? そうなの? ちょっと何言われたか心配だな。
ー だいじょ~ぶ、誉めてましたよ。
ー なんか不安だなぁ。
ー ああ、でも貸し一つとか。
ー あ~、リュウさんバラしてる。ひどい~っ。
ー 誰が誰なのかわからんのじゃ。
これはツウ姫だ。声を聴いたこと無いから尚更だな。
ー 私もわかりませぬ。
これはツウ姫2か。
ー いや、名前を言わないと分からないよ。あれ? これ話者の判別機能とか無理かな?
ー レジンです。分かりました。善処しましょう。
プログラムは、既に通信で更新できるようになっていた。世界を超えた初めてのアップデートになりそうだな!
ー え~、クイズみたいで面白かったのに~。私は誰でしょうとか。
ユリは、ひとりクイズで遊んでた模様。
ー お前ら多重世界通信機でアホな会話してんじゃね~よ。宇宙人に笑われるぞ~。
ー あら、リュウがあんなこと言ってる。
これはユリだ。
ー 一番非常識な奴がそんなこと言ってもね~。ていうか、宇宙人聞いてると思う?
メリス、それ冗談なんだけど。
ー 宇宙人より別世界人のほうが多いんじゃない?
ユリ、だから宇宙人は冗談だって。地球の多重世界なんだから。たぶん。
ー 別世界人の宇宙人だと思う。
もう、何が何だか。
ー なにそれ、わけわからん。
ー あ~別世界人の宇宙人さん、聞いてますか~っ? リュウと、どっちが非常識ですか~っ。
ユリが悪ノリしてる。
ー お前ら、言いたい放題だな。っていうか、日本語で聞くのかよ。
ー 何語でも一緒でしょ?
ユリが突っ込む。
ー そうだけど。日本語で返されたら怖いだろ?
ー それ、宇宙人じゃないし。
アホな会話は続いた。
* * *
それにしても、自分の世界に帰ってみると、俺は別世界に転移したかのように弾き出されていた。
会社は当然のようにクビだったし住んでいた住宅も支払いが滞って追い出されていた。いや、この世界から消えていたのでそうなったのだが、実際に直面してみるとちょっとショックだ。そういう契約であり、社会構造なのは知っている。しかし絶対に起こらないと思っていたことが起こると、お手上げ状態になってしまうのだ。
ただ、そうなってみると、ここは何が何でも帰らなくちゃいけないような世界でもないのかも知れないと思えて来た。俺の中でタガが外れたような感じがしたのだった。
その後、俺は止む無く身辺整理をした。そして、その後はやることが無くなってしまった。俺はこの世界では既に役割が無かった。ポジションが無かった。ポジションが無いと人間関係も無くなることも知った。
そして別世界の孤島に放り出されたのと何も変わらないことに気が付いた。
それで思った。もう一度別世界へ行ってみようかと。どのみち一人なのだ。今度は自分から行ってみたいと思った。後ろ向きではない前向きな多重世界の旅は、どんな旅になるんだろう。俺には、ものすごく魅力的な旅に思えてきた。
別に研究者になりたいわけでは無い。俺は単に、もっと別の世界を見てみたいのだ。そこには、未来があり過去があった。未来に無い未来、過去にない過去もあった。俺にとってそれは驚きの連続だった。だが、それでも多重世界全体から見れば、ほんの一部なのだ。ごく近傍の世界を見たに過ぎないのだ。
冒険をしたいわけでもない。ただ、もっと自分に合った世界があるかもしれないと思ったのだ。その世界は不可能なおとぎ話の世界ではない。しかし、可能なものなら全てあるのだ。
もし永遠の命を貰って遠い未来を見れたとしても、多重世界以上のものが見られるだろうか? 俺はそれはないと思う。長い年月を使って到達する未来は、可能性の一つでしかない。多重世界には可能なものは全てあるのだ。
それほど多くの世界があり、そして偶然俺はその世界を歩き回る力を得た。なら、行かないほうがおかしいんじゃないか? そう、思った。
だが、もちろんハイリスクだ。パッケージツアーでは無いのだ。道しるべはない。誰も保証などしてくれない。誰かを巻き込んでいいような旅でもない。
当然、それは一人旅になるだろう。それは当然だと思う。
* * *
そうして決心を固めた俺は、ある日南の島に立っていた。
そう、自分の意思で転移したのだ。目の前にはどこまでも光る海が広がっていた。俺の旅はここから始めるべきだと思った。
そして、当然のように多重世界通信機は反応していなかった。つまり、ここは初めて来た世界だということだ。
「ちょっと確率風が強かったか?」
そんな独り言を言ってみた。もちろん、確率風なんて俺が作った言葉だ。誰も知らないし、あるかどうかも怪しいものだ。が、あると仮定してみると風が吹く様子が想像できて面白い。数ある世界の間を風が吹き抜けているのだ。一体どれだけ飛ばされたんだろう?
空は青く澄み渡っていた。問題ない。少なくとも、この地球は正常に機能している。それなら旅を続けられると思う。
携帯食は持って来たし水は作れる。当分は、この島でゆっくりするのも悪くない。
「そこで、黄昏てるのは、リュウではないか?」無人島の筈なのに聞き覚えのある声がして俺は振り向いた。てか、黄昏てないし!
「ツウ姫!」
「こんな事だろうと思ったのじゃ」そんなことを言いながらツウ姫は森の中から現れた。
「お前、なんでいるんだよ。っていうか、母親はどうした?」
「うん? 母上には、ツウ姫2がおるからな。一人いれば十分じゃ。それに」
「それに?」
「わらわは、まだお主の側仕えのままじゃからな」
ツウ姫は、悪戯っぽい目でそう言って笑った。




