45 気付いたら、違う藤原邸だった
世界Hで朝廷に抗生物質を提供して安心した俺たちはぐっすり眠っていた。少なくとも、寝たときは布団の中だった。しかし、目覚めた時には布団は無かった。
「きゃ~~っ」
けたたましい、女の叫び声で目が覚めた。見ると、障子を開けた下女が立っていた。逆光なので顔は良く見えないが、なんとなく声に覚えがある。名前は思い出せない。
下女は、驚いたまま固まっていた。
「おはようございま……あら、なんで布団がないの?」メリスが起きたようだ。
「う~ん。もう、朝から五月蠅いわね~っ」ユリも今起きたようだ。
「どっ」と下女。
「ど?」
「どちら様でしょう?」
「いや、何言ってんの俺だって?」
「オレ様?」
「いや、それ、ゲームだから」
「リュウ、大変よ。レジンたちがいない」メリスが言った。
「なに?」
「あれ? 私の布団がない。誰か持ってった?」とユリ。なんでだよ。
「与平~、与平~」いきなり、下女は下男を呼びに行った。
「あ~、やばいな。これ転移してるだろ」俺は言って、すぐ多重世界識別器を確認した。
「だめだ。わからん。世界Hと同じだ。でも、これは転移してるよな」
「と言うことは、近くの世界ってことね」メリスが言う。
「たぶんな」
「転移するタイミングが分からないわね。何がトリガーになってるのかな?」ユリが疑問を口にする。
「わからん」やることはやってたから、いつ転移しても可笑しくないが、トリガーは不明だ。
* * *
「きゃ~~っ」
今度は、奥の部屋で声がした。叫んだのは同じ下女らしい。家の中で叫んで歩く習性でもあるのか、あいつは!
誰かがこっちに来るのかと思ってたら、奥の部屋のほうで新たに騒ぎが起こったようだ。
「何事かしら?」
困惑しながらも何も出来ずにいたら、何者かがどたどたと走って来て障子を開けた。
「リュウ殿、リュウ殿はおるか?」ツウ姫だ。
「お前、いたのか!」
「おるわ! 大変なのじゃ、ツウ姫2が年老いておる! どういうことじゃ?」
よくわからないが、ツウ姫がアホなことを言っている。
「落ち着け、転移して年をとった奴はいない」
「う、嘘では無いのじゃ、とにかく見てほしいのじゃ」
* * *
俺たちはツウ姫に連れられて、ツウ姫たちが寝ていた奥の部屋に行った。そこには、確かに年老いた女が床に就いていた。
「ツウ姫2、わらわじゃツウじゃ。分からぬか?」ツウ姫は床に伏している女に声を掛けた。
床の女はツウ姫の声で目覚めたが布団の中から訝しそうに見あげている。
「そなた。ツウと申すのか?」
「そうじゃ」
「私にも……ごほっ……ツウという名の娘が……おりました」女は言った。
「なんだって?」
「まさか?」とメリス。
「ど、どういうことじゃ?」とツウ姫。
「ツウ姫……お母さんの名前は何という?」
「ん? わ、わらわの母上は、セツと言ったが?」
「なんと、わたくしと……ごほっ……同じ名なのですね」
「えっ? も、もしや、母上、母上なのかえ?」
「い、いえ、わたくしは……ごほっごほっ」床の女性は苦しそうだ。
「ツウ姫、ちょっと待て。この方はご病気のようだ」
「そ、そうじゃの。しかし……」ツウ姫は、どうしていいか分からず、床に伏した女性と俺を見比べるだけだった。
「そなたたち、ここで何をしている」声に振り向くとそこには下女と藤原忠義がいた。下女が主を連れて来たらしい。
「タダヨシ」思わず俺は言っていた。
「い、いかにも。我は藤原忠義であるが、そなたは何者じゃ?」
「父上!」
「なに?」
「ツウ姫待て、事情をちゃんと説明しないと分からない」
「なに? なぜじゃ?」
あ、ツウ姫はまだ転移だと気づいてないのか。
「ツウ姫。俺たちは転移したんだ。ここはツウ姫の世界じゃない」
「な、なんじゃと!」
流石に、ツウ姫も固まってしまった。
それを聞いていた藤原忠義が意を決して言った。
「ツウ姫じゃと? 詳しい話を聞こうじゃないか。ここではまずい。場所を変えよう」
俺たちは結局、もとの客間に戻って話をすることになった。
* * *
俺は素直に別の世界から来たことを説明した。
タダヨシも最初は全く信じなかったが、ツウ姫が家族しか知らない話を並べると次第に態度が変わっていった。
「と、途方もない話よ。このようなことが起こるとは」
「それより、父上。母上はなぜ床に伏しているのです?」
タダヨシはツウ姫に父上と呼ばれて、ちょっとむず痒い顔をした。
「ああ、あれは、肺病を患っておるのだ」
やはり、この世界も同じが。確かに、近傍の世界だからな。あまり違いが無いようだ。
「肺病とな! ならばリュウ殿!」
「ああ、たぶんあの薬が使えるだろう」
この場にレジンはいないが、俺たちは薬を渡されている。経口薬だからな。
「薬? 肺病に効く薬があるのか?」聞いたタダヨシの目の色が変わった。
「肺病にもいろいろありますので確約はできません。それに俺たちは医者では無いので安易には渡せません」
「おお! 真か! な、ならば、なんとかその薬、譲ってはくれまいか? 我に出来ることあらばなんでもする所存」
譲ってくれと言われても物が物だけに簡単には了承出来ない。俺は迷っていた。
ー お困りでしょうか?
「誰だ?」
ー 私です。レジンです。
「おお、レジンか!」
ー はい。いま、目覚めたところです。皆さんがいないのでびっくりしました。
「レジンはどこにいる?」
ー 寝たときと同じ、藤原亭の客間にいます。
「レジンは転移していないってことか」
ー はい、そのままです。こちらには空になった皆さんの布団があります。私の他にはシナノ、セリー、それとツウ姫妹もいます。
「そうか。実は今、ツウ姫の母親がいる世界にいる。肺病らしいのだが、貰ってる薬を使ってもいいか?」
ー ツウ姫の母親が肺病と?
「そういうことだ。問題無いか?」
ー 分かりません。ですが、通信しながら症状を私に教えてください。それでどうするか決めましょう。
「おお、助かる」
「どうかされましたか?」タダヨシが、俺が独り言を言っていると思っているようで困惑していた。
「大丈夫です。では、一度セツ殿の容態を見て、それから薬を渡すか判断しましょう」
「おお、お頼み申します」とタダヨシ。
「じゃ、メリス頼めるか?」
「分かったわ。任せて!」
「私も、行ってきます」とユリ。
「わらわも」
「ツウ姫、ツウ姫はここで待ってなさい。病室で騒いではいけないだろ?」
「そ、そうじゃな」
* * *
レジンが世界を挟んでリモート診断してくれた。
この世界はツウ姫の母親がいたので世界Mと呼ぶことにしたが、ペニシリンは世界Mでも夢のように効いた。処方してすぐに快方に向かったとのことで数日で起きられるほどまで回復した。
俺たちは、このために転移したのだろうか? しかし、転移の原因としては非常に個人的だとは思う。本当にこれが転移の理由なのかは定かではない。レジンたちが転移していないのも気がかりだ。
ー 恐らく、リュウさんが言うように個人的な理由で転移しているのでしょう。
夕食後、客間に戻った俺はレジンと多重世界通信で話していた。
ー どういうことだ?
ー つまり、多重世界の要求とか世界を救うとかいった類ではないということです。
ー うん?
ー ただ単に、現象として転移してるだけだと思います。嵐に遭遇したようなものです。転移の風が吹いたから転移したというような。
ー 転移の風が吹いた?
ー あるいは、転移せざるを得なかったから転移した。
ー それは、坂を転げ落ちるようなものか?
ー ええ、まさしく。そして、穴があったから入った。
ー そうか。俺たちはその穴を埋めて回ってるわけだ。
ー そうですね。穴が埋まったので次の穴へと移動したのではないかと。
確かに、そう言われてみれば符合することは多い。
ー だが、そもそもなんで俺たちだけ転移してるんだ?
ー それは、たまたま転移装置の実験に巻き込まれて、そういう存在になったからではないでしょうか?
ー 転移しやすい存在か。
ー おそらくは。こういう現象は他でも起こっているのかも知れません。
ー 俺たちみたいに転移してる人が他にもいるってのか?
ー ええ。それほど多いとは思いませんが。私たちと同様、転移しやすい状態の人はいるかも知れませんね。
さすがに、これ以上は何も分からないので、この日は寝ることにしたのだが、いきなり通信に割り込んでくる者がいた。
ー あの。
ー 誰だ?
ー ツウ妹です。
ー ああ。どうした?
ー 母様を助けて頂いてありがとうございました。
ー いや、俺じゃないよ。レジンだ。
ー いいえ。本当に、ありがとうございます。
ー いや、これは運命だろ。
ー はい。それで、運命ならば私も母様に会えるでしょうか?
あ、変なこと言っちゃったか。会えない運命なんて可哀相だ。
ー そうだな。神様にお願いしていれば叶うかも知れない。
殆ど無神論者みたいな俺が言うことじゃ無いけどな。
ー そうですね。わかりました。
できるなら会わせてやりたいと思う。何故ツウ姫2は転移しなかったのだろう? やはり、俺との関係が希薄だからなのか?




