36 ガニメデの杯
温泉作りは、とりあえず予定がない俺たちの仕事にした。
そして、温泉の成分を調べていて見つけてしまった。原始的な生物を。温泉そのものではなく、近くの綺麗な岩石からだが。
「バクテリアの一種かしら?」とユリ。
「そうですね。非常に興味深いですね。それに、転移発光物質ではないかと」レジンも驚きを隠せない表情で言った。
確かにそうだ。ただ、ガニメデ発祥とは限らないが、ここで変異している可能性は高い。
調べてみたら、みごとに転移発光物質だった。
「やったね! これで世界Gが確定出来る!」晴ればれとした表情でユリが言った。
「マジか。お前ら遊んでるようで、俺たち以上に仕事してるな」マクガイが半ば呆れ顔で言った。まぁ、俺たちの場合、仕事というか命がけだからな。
「でも、これ俺たちが発表できないからマクガイたちの手柄だよ?」
「そうだが、納得いかない」
マクガイはそう言うが、それは仕方ない。どうするかは自由だ。まぁ、これも業績の内だよ。俺たちを助けたからこその結果だし。
隣でアスモたちが笑っていた。
ちなみに温泉は飲めないが単純泉で普通にシャワーとして使えた。浄水装置を通せば飲めるらしい。これはガニメデの開発計画で当初より予想していたことで浄水装置も地球から持って来ていた。
「これで大きな湯船があったら最高じゃのぉ」ツウ姫がそんなことを言った。
「ははは。まぁ、流石にこのガニメデでそれは無理でしょう」生活班として給水を手伝っていたモトキが言った。
「そんなことを言うと……」メリスが突っ込む。
「そうそう。リュウが何かするよ」とユリ。俺かよ。
「人聞きの悪いことを言うな」
「そなの? こういうときって何か企んでるんじゃない?」ユリが、面白そうに言う。
「まぁ、ちょっとな」
「まじか?」これはマクガイ。
「そうなんだ」とユウナ。
「やっぱり」とユメノ。あれ?
「温泉の風呂を作るんですか? でも、どうやって?」レジンが真顔で聞いて来る。ちょっと、その気らしい。
「いや、普通に地下の岩をくり抜いて岩風呂だよ」パワードスーツあるからな。
「それだと、気密を保つのが難しいんじゃない? 気圧が上がらないと沸騰しちゃうでしょ?」メリスが突っ込む。
「そうだなぁ。隙間は水を浴びせて凍らせればいいんじゃないか?」温水が噴き出しても、自然と凍って塞いだんだし。
「おおおおおっ」とマクガイ。
「わたし、やっぱりこのチームに参加する勇気ないわ」さすがにユメノ、諦めた模様。
「わたしも無理だと思います」ユウナは元から狙ってないと思う。
「通路を結ぶところが問題だけど」
「おお。なら、それは俺が担当しよう」マクガイが請け負ってくれた。
「私も手伝いしましょう」アスモも風呂が好きらしい。
* * *
パワードスーツモードのお陰で岩風呂づくりは簡単だった。掘削用の重機があったからな。岩を切り出して半地下にし、天井にはガラス窓をはめ込んだ。ただ、気密性を保持するには、水じゃなく基地の補修材を使うことにした。これで安心だ。
「こ、これは、素晴らしい」
温泉の近くにあった白い石を敷き詰めた半地下の岩風呂は意外と明るく綺麗だった。天上は窓になってるので開放感もある。窓の外にはガニメデの空、つまり木星が見えていた。
「風呂から木星を眺める日が来るとは思わなかった!」マクガイが感嘆の声を上げた。
「でも、なんで全員水着持ってるんだよ」
「そ、それは、そんなこともあろうかと」マクガイ、しどろもどろ。
「乙女の嗜みですよ」ユメノが悪びれもせずに言う。これ、突っ込むと地雷?
「やっと温泉回なのじゃ」ごめんなさい。
しかし、温泉かけ流しだが、ポンプで排出した水はその場で蒸発してしまうので特別な処理の必要がなく維持も楽だった。もしかすると、これを使い続けたらガニメデに大気ができるかもしれない。まぁ、現状は薄い酸素だけらしいので道のりは遠いのだが。
ちなみに、風呂の入り口には「ガニメデの杯」と書かれている。ま、これに入ったら本当に長生きするかも?
* * *
「私たち。今、宇宙で開発事業してるのよね?」生活棟の歓談コーナーでユメノが溜息交じりに言う。
「ほんとに、ちょっと信じられない体験してるね」ユウナも異論はないようだ。
「全くだよ。まぁ、いい意味なんだけどな。後続チームが来たらどう説明するかな」これはマクガイだ。
「彼ら、それまで居てくれるかしら?」
「居てくれないと困る。後続チームを納得させる自信がない」マクガイは今までにない焦った顔をする。
「確かに」アスモも同意らしい。
「ですけど、あと二か月ですよ?」とアスモ。
「問題はそれだ。大抵、一か月で転移してるって言ってたよな」マクガイは渋い顔で言う。
「どうしたら、転移を遅らせられるでしょう?」アスモは、もう調査隊の仕事を後回しにしてもいいと思い始めている。
「地球に連絡してみるか?」マクガイが提案する。
「それはマズいでしょう。彼らは、この世界の存在確率を変化させれば転移すると言ってませんでしたか?」
「そうか。それが彼らの隠れたミッションか。そうなると、これを地球に伝えた途端に転移しそうだな」
「それは不味いですね」とユメノ。
「ということは、後続チームが到着すると転移してしまうかも知れませんね」とアスモ。
「そうか、あと二か月か。その間に、みんなを納得させられる証拠を残して貰おう」
「それ、ビデオ撮影でいいんじゃないですか? 彼らがもたらした業績をビデオに残して置くんです」ユメノが提案した。
「それいいな。うん。それで行こう。プロモーションビデオ作戦だ!」
「なんか、逆に怪しくなった気もする」
ユウナがまともな意見を出すも、誰も耳を貸さないのだった。




