34 ガニメデ流生け花
俺たちが使う汎用棟を含め予定していた基地の拡張が完了した。
ガニメデは地球よりも水が多いために凍結はしているものの地盤は脆弱だという。このため、基地の施設は建築物と言うよりも船に近い構造になっているとのこと。道理で建材が多い筈だ。もっとも、初期の宇宙船をそのまま使っているという事情もあるようだが、その分しっかりしているので安心ではある。
ここで、両チームの今後の計画を立てることになった。
俺たちもガニメデの調査に協力することにしたので当然一緒に計画を検討する。俺たちも全員、新しく出来た汎用棟に集まっていた。
「まずは、俺たちガニメデ調査隊の基本計画を説明しよう。今回の俺たちは地下の掘削を予定している。割り当てられた地域の地下資源を調査するわけだ。これは、本来は十日ほど後の予定だったが、有り難いことにリュウチームの参加で拡張工事が早く終わった。明日から余裕をもって始められるという訳だ」
マクガイはこちらにチラッと視線を送って目礼した。
「じゃ、リュウチームの方を頼む」
「了解」
「俺たちのチームの第一の目標はこの世界を認識する転移発光物質を探すことだ」
マクガイに促されて俺たちのチームの方針を説明した。互いに何をやっているのか分かる程度に知らせておくべきだと言うのがマクガイと俺の一致した意見だ。
「これ以外にも、できれば多重世界の調査を進めたいと考えている。しかし俺たちは研究チームではなく単なる遭難者だ。研究者が含まれているのはただの幸運でしかない。だが、なんとか元の世界に戻りたいと考えている。これが最終的な目標という訳だ」
俺たちの計画はこれだけだ。俺は、マクガイに頷いて見せた。
「分かった。何か質問はあるか?」マクガイは両チームを見渡して言った。
「大筋はいいとして、今後の予定としては、こちらはすぐに掘削作業に入るつもりだ。要はボーリングだな。掘削マシンの扱いは慣れているので、特に問題はないだろう」と言ってマクガイは俺を見る。
「そうか。こちらは、苔やカビなどの生命体を調査する事になる。転移発光物質には、微生物が使えるからだ。ただし、ガニメデ在来の生命体を探そうという訳じゃない。ここの基地内に存在している人間が持ち込んだ生命の変異種がいればいいなと思っている」
俺たちは、別に生命の起源の研究をしているわけではないしガニメデ調査隊でもない。その手の研究はガニメデ開発計画が始まる前に十分調査済みだろう。だから、この環境で希少種を探すと言うのはとんでもなく難しいとは分かっている。生命そのものが、ほとんどいないからだ。まぁ、今回はダメでも仕方ないだろう。
* * *
こうして、ガニメデ基地の日常が動き始めた。ただ、俺たちにとっては日常ではない。
「間欠泉のように水が噴き出すのか?」
「そうだ、折角ガニメデに来たんだから一度見ておくといい。気圧がほぼゼロだから一瞬で蒸発してしまう。それが、ちょっと見物でな」マクガイは観光ガイドみたいなことを言い出した。
「地球と同じでガニメデにも熱いコアがあるから地下から温泉が出ることがあるんだよ。流石にすぐに蒸発してしまうから、露天風呂を作れないのが残念なところだ」残念なんだ。あ、これ冗談のつもりだったのか? ごめん、笑えなかった。
まぁ、蒸発しなくても真空に近い地表で露天風呂はない。けど、防護スーツの俺たちなら入れなくもないと思うと、ちょっと色気が出る。だって、木星をバックにした露天風呂だからな! 最高だ! 沸騰してる露天風呂だが。
露天風呂はともかく、そんなわけで少し遠出して間欠泉を見に行くことになった。場所は調査チームがボーリングする場所の先だそうで、一緒に連れて行って貰うことになった。
* * *
ガニメデの大地は一面が金属を多く含む黒っぽい氷の岩だらけだった。氷と言っても透明なわけではない。木星の照り返しでうっすらと見える程度の明かりの中では、普通の岩が転がっているようにしか見えないが。
調査隊と別れて五キロメートルほど飛ぶと、それらしいものが見えて来た。普通の状態でも少し熱水を噴き上げていた。
ー あれか。
暗いこともあり、俺たちはスーツの通信を使いながら纏まって飛んでいる。目的地を上空から確認できたので、降りて行くことにした。
ー 数百メートルは離れないと、風圧で飛ばされるらしいぞ。
ほぼゼロ気圧なので水は沸騰する。つまり爆発的な水蒸気の風になるのだ。
ー 面白いのぉ。
ツウ姫が言った。ああ、なんかこいつが叫びながら飛ばされて行く絵を想像してしまった。面白いかも。
ー お主、悪い顔をしているのじゃ。
バレたか。
ー リュウは結構悪よね~っ。
メリス、そういう誤解を招くような発言は……。
ー 何がだよ。
ー 悪よのぉ~っ。
なんでユリが言ってるんだよ。
ー そこは、ツウ姫に言わせないと。
ー 悪じゃのぉ~っ。
ー びみょう。
そんなアホなことを言ってたら、勢いよく間欠泉が噴き上げ始めた。急いで降り立って岩の陰から眺めることにした。
確かに面白い。普通の間欠泉なら噴き上げてから霧状に落ちて来るところだが、これは噴き上げたまま消えていくのだ。まるでクジャクが羽を広げたようだ。もっとも、背景の木星自体のほうがクジャクっぽいとも言える。間欠泉はクジャクの骨と言ったらいいかも知れない。
- ガニメデの孔雀だな。
ー ほんとだね。
とユリ。
ー 面白いわね!
とメリス。
ー なんか、しょわぁ~って音がしてそう。
とセリー。空気があったら聞こえるのにな。
ー これが、ガニメデ流の生け花ね。
とシナノ。なるほど。そういう見方もあるか。木星一つを素材に使うダイナミックな生け花だ。
しばらく眺めていたが、ちょっと角度を変えると見え方が変わって面白い。俺たちは飛び回ってガニメデ流生け花を楽しんだのだった。
* * *
そんな暢気なことをしていたからなのか、いきなり警報音が鳴った。防護スーツの通信機だ。
= こちらマクガイ。こちらマクガイ。リュウ聞こえるか? 緊急事態だ。至急、基地に戻ってくれ。
調査隊のチャネルだ。緊急事態?
= こちらリュウ。了解した。すぐに帰投する。
途中で別れたマクガイチームの方向を見たら、そこでも水が噴き上げていた。どうやら温泉を掘り当てたらしい。
俺たちは来た時のルートを逆に辿って基地へと戻って行った。途中、マクガイチームがボーリングしていた現場を通ったが、既に噴き上げていた熱水は止まりマクガイたちも居なかった。
ただし、今度は日本基地で熱水が噴き出していた。生活棟の地下で吹き出したようで、古い生活棟が上空に投げ出されていた。生活棟の下が湾曲して掘られているせいで運悪くロケットの噴射口の働きをしたらしい。水蒸気ロケットに飛ばされた訳だ。
* * *
= 酷いな。どうしてこうなった。
俺は、現場で指揮をしているマクガイの隣に降りて言った。
= おお、リュウ。帰ったか。全員いるな?
= ああ。問題ない。
= そうか。良かった。
= 何が起こった?
= ボーリングで熱水が出た後、こっちでも熱水が噴き上げた。
= 地下で繋がってたのか。
= たぶんな。それより生活棟だ。
= 落ちてきたら、やばいな。
= ユメノが、あの中に取り残されている。
= なに? あの生活棟にか?
= そうだ。地表に落下する前に何とかしないとまずい。
俺は上空を見上げた。生活棟はくるくると回転したまま上昇している。重力の弱いガニメデなのでゆっくりと上昇しているが、落下すればかなりの衝撃になるだろう。
= 捕まえよう。
俺は言ってみた。
= いや、追い付けない。
= なに?
= ロケットじゃないと無理だ。だが、すぐに発射できるロケットはない。
= そうか。なら、俺たちが行く。
= 何? ああそうか。出来るのか?
マクガイは驚いた顔で固まったが、よく考えると可能なことに気が付いたようだ。
= 多分な。だろ? レジン。
= 急ぎましょう。
レジンは真顔で頷いて言った。
= よし! 行くぞ。話は通信で。
そう言って俺たちは飛び出した。聞いていた俺たちのチーム全員がガニメデから離れつつある生活棟を追って飛び出した。
= こちら、リュウ。ユメノ聞こえるか?
呼びかけてみたがユメノからの応答はない。生活棟じゃ、仮眠してたのか?
= マクガイ。こちらリュウ。ユメノは応答したか?
= こちらマクガイ。まだ、一度も応答してない。だが、緊急信号も出ていないので問題ない筈だ。
= そうか。了解。
* * *
俺たちは全速で生活棟を追っているが、あまり大きくなっていない。近づいているのか微妙。
= レーダーでは、少しづつ距離は短くなっています。
レジンが冷静に観測して言った。
= ガニメデの脱出速度には程遠いので、慌てることはありません。捕まえてゆっくり脱出させればいいでしょう。
= なるほど。了解。
確かに、いくら重力が弱くても脱出速度に達するのは大変な筈だ。であれば、自由落下での衝突さえ避ければ問題ない。ガニメデでは、地表でも気圧ゼロだし、上空に行ったからといって何も問題はない。
* * *
= こちらリュウ、ユメノ応答せよ。
俺は呼び続けた。
= こちらユメノ。どうしたの?
なんだか、暢気な応答が帰って来た。事態を把握していないのか?
= よく聞け。基地の地下から熱水が噴き上げて、生活棟は上空に放り出された。ユメノのいる場所だ。俺たちは今、全力で追いかけている。慌てなくても助け出せるから、お茶でも飲んで待ってろ。
ま、お茶は飲めないかもな。
= りょ、了解。玉露を煎れて待ってるね。
うん。いい調子だ。本当に玉露があったら、ご馳走になるとしよう。




