30 新年の儀
年が押し迫っても、レジンの研究『ペニシリン製造機』は完成していなかった。
知識と技術はあっても薬剤や機材が全くない状態なので無理もない。ただ、今は季節柄どうしても肺炎などに罹る患者が増えて来る。ペニシリンの完成が待ちどおしいなどと暢気な事を言っていたら、計ったかのように城内でも肺炎に罹る者が続出した。このままでは新年の儀どころではない。
「ごほっ。流石、リュウ殿はお元気ですね」ノブタダも体調を崩して寝込んでしまった。インフルエンザなのか悪性の風邪なのか分からないが肺炎を併発して危ない。
「リュウ殿、ノブタダを助けてくだされ」ツウ姫に頼まれても俺に出来ることは殆どない。ツウ姫は羽衣スーツのお陰で俺たちと同様に守られているから大丈夫だ。
だが、ノブタダ以下の家臣までもが悉く感染してしまい身動きが取れない状態になってしまった。これはまずい。今から防護スーツを着せても間に合わないそうだ。予防は出来ても体内に入ったものを殺菌は出来ないからな。
* * *
「もう、わらわがやるしかないのぉ!」ツウ姫は、家臣の制止も聞かず病人の看病に奔走した。もちろん、俺たちも加勢した。誰も看病出来ない状況では命の危険に晒される。特にこの世界では。
「薬はまだですか?」急かしてもだめなのだが、俺は勢いレジンに聞いてしまうのだった。
「注射器さえあれば、何とかなるんですが」
ペニシリンは注射用としては使えるものが出来ているようだ。ただ、この世界にはまだ注射器がない。経口薬でないとダメなのだ。ダメなのだ。ダメ?
そう言えばスーツのフィルムって、転移発光セルに使ったりモリの代わりにしたりと加工できるよな。
「なぁ、レジン」
「なんでしょう?」
「スーツの生体フィルムって硬化できるよな?」
「はい、そうですね」
「注射器みたいに出来ないの?」
「えっ? そ、それは……あ~、出来るかも知れませんね」出来るんかい!
「でも、シリンジが……ああ、出来ますね。私たちがいる今だけですが」
「うん、とりえあず、それでいいだろ」
「わかりました。試してみます」
恐らくレジンは経口薬で頭がいっぱいだったんだろう。俺みたいな奴が横やりを入れて初めて見切りを付けられるということもある。
「リュウ殿! 薬! 薬が出来たのかえ?」横で聞いてたツウ姫が勢い込んで聞いて来た。
「待て、もうちょっと待て。もう少しだ」
「ほ、ほんとうか? もし、本当に皆を救ってくれたら、お主の嫁になってやるぞ」
「いや、それはいらん」
「遠慮するでない」
「全力で遠慮します」
「いけず」
「そこ、アホやってないで看病を手伝って!」メリスに叱られた。
「「ごめんなさい」」と、俺とツウ姫。
* * *
程なくして生体フィルム硬化型注射器が完成した。ペニシリン溶液を生体フィルムに封止して針と一体になっているものだ。もちろん防護スーツの拡張機能なので使えるのは俺たち限定になる。つまり城内の患者に対応するのがやっとである。
「よし、これで何とかなるだろ」
俺たちは速やかに注射が出来るよう走り回った。というか文字通り飛び回った。
その日は午後から注射を始めたが、なんとか夕方までには二度目の投与が終わり皆快方に向かった。初めてのペニシリンは夢のように効いた。
「この調子だと数日で元気になるでしょう」レジンにそう言って貰ってほっとした。行政の中枢である城で感染爆発が止められなかったら、この国はやばい事になるところだった。
あれ? これのため? このために俺たち来たのか? いやいや、そんな訳はないな。ただ単に確率の問題の筈。あ~でも不安定だから俺みたいな要素を突っ込むって事はあるのか? ただ、そんな未来の可能性のために俺たちが転移するなんてことがあり得るんだろうか?
未来はともかく現在のペニシリンはまだ注射用の物しかできていない。
それでも製造機はオーパーツとか言われそうだ。遅れている産業革命もいづれ始まるだろうから、その時点で作り直せばいいだろう。原理や使い方を書いておけば作れるようになるだろう。
「この短期間では最適な菌を見付けることはできませんでした」レジンは残念そうだが無いものが提供されたと言うことは大きい。後はこの世界人の頑張り次第という訳だ。
* * *
三日後の朝にはみんな起きられるほどに回復していた。新年の朝である。
「リュウ殿、なんと礼を言ってよいか分かりませぬ。深く感謝致します。おかげでなんとか新年を迎えられました」
「わらわからも、最大限の礼を言わせてもらう。かくなる上は、この身を捧げ……」
「却下」
「いけず」
その後、滞りなく新年の儀は執り行われる……筈だった。
京よりの使者として皆に紹介するために全員で大広間に勢ぞろいした途端に目の前が暗転した。そう、転移してしまったのである。
空気読めよ、多重世界! って、無理だよな。




