27 苔を求めて
レジンチームはヒカリゴケのような転移発光物質を求めて南下した。
ここは江戸湾を望む広大な湿地帯だ。そのためか苔が多く生えているようだ。
「これは理想的な環境ですね。すぐに見付かりそうです」
「はい、そうですね」
「早く取って帰ろう!」
そして大量の苔を発見した。ただ、発見したものを持ち帰るだけではない。見付けたその場でセルに封止し、転移発光物質かどうかも検査するので少々時間が掛かる。
レジンが苔を見付け、シナノがセルに封止し、セリーが検査した。
多重世界通信機で多重世界識別器も兼ねることになったので、通信用セルと識別用セルは共用になった。昨夜のうちに既存の転移発光物質を通信用でシート状のセルアレイに作り替えたので、新たに採取した苔はこのシートに追加する作業になる。
「生体フィルムをセルのシーラーにするなんてさすがレジンさんですね」出来たセルを見てセリーが言った。
「ふふ。これで、何時でも何処でもセルに封止できます!」二人に作り方を教えたレジンが言った。
「でも、こうやって体表のフィルムから封止する樹脂を取り出すのって、ちょっと鶴の恩返しみたいですね!」セリーには体の一部を使っているように見えたらしい。
「えっ? ああ、なるほど。傍から見たら、そんな風に見えるんですね」レジンが感心して言う。
「でも、流石に機織りは出来ませんよね?」セリーが聞く。
「どうでしょうね。あの話は綺麗な布を作ったというだけで、実際に羽がそのまま刺さってたわけじゃないと思います。単に綺麗な糸を使ったってことじゃないかな?」
「あ、なるほど。羽が出てる布じゃバレバレですもんね。綺麗に織れないだろうし」
「となると、あの鶴は保護スーツを着た誰かだった可能性がありますね」
「えっ? 糸も作れるんですか?」
「やろうと思えば出来ますね。生体絹糸にするわけです」
「ええ~っ、って時代が違うじゃないですか!」
「あっ、これじゃないですよ。でも、そういうレアで進化した世界の人が昔に転移してた可能性もありますねってことです」
「ああ、なるほど。防護スーツを着た女性ですか……」
セリーは、そういえば自分たちも昔話と同じように帰れなくなってると気が付いた。セリーは一人だったらどうしただろうと思った。
* * *
最初は、次々とセルを作っていたが、次第に新しい苔が見つからなくなって時間ばかりが過ぎて行った。
「この辺りでは、もう見つかりませんね」忍耐強いレジンも諦めた。
既に日も傾き始めている。
「お茶の時間ですね!」
「はい」
「早く帰っていただきましょう」何故かお茶の習慣のある世界L人だった。
* * *
仙台へ帰ってレジンたちがお茶しているとノブタダがやって来た。
「おや、みなさんもお茶を飲まれるのですね」たいぶ慣れてきたようだ。
「実は、紀州の船が到着したのですが、ご覧になりますか?」陸路が遠いために南からの物資の多くは船に頼っているようだ。
「そうですか。では、ちょっと覗いてみますか」珍しいものがあるかもしれないという期待を込めてレジンたちは付いて行った。
* * *
紀州から来たという船は思ったより近代的な作りだった。特に規制がないらしく外洋にも出られる作りらしい。ノブタダ自慢の船とのこと。
船に入ると、蜜柑がうず高く積まれていた。
「これが、この季節の一番の楽しみでして。どうぞ、味見をしてください」そう言って荷物から蜜柑を取り出してレジンに渡す。
「ほう。これは旨い」とレジン。
「あら、美味しいわね。みずみずしい」とシナノ。
「ほんとに! 香りがとってもいい」とセリー。
「気に入って貰えて……なによりです」ノブタダも満面の笑みで自分も蜜柑の房を頬張っている。口に物を入れてじゃべってはいけません。
お茶請けというには多すぎる量の蜜柑を食べ、満足して船から降りようとしたところでレジンは足を止めた。
「あれは?」
「ああ、あれはダメになった蜜柑です。船旅なので、どうしても少しは傷んでしまいます」
「なるほど。……そうだ、あれを貰ってもいいでしょうか?」
「えっ? カビだらけで食べられませんよ?」
「はい。分かっています。そのカビが欲しいのです」
「そ、そうですか。でしたら……あとでお持ちします」ノブタダは不思議そうにしていたが、船員に指示を出していた。苔と言いカビといい、理解不能な神のしもべだと思っているようだ。
「あれを、どうするんですか?」シナノが聞く。
「あれは、アオカビですよ」レジは含み笑いで応えた。
「まさか」
「ちょっと、試してみましょう」
「なるほど」
「なになに?」とセリー。
* * *
俺たちが、ジャガイモとトウモロコシを持って帰った時には、レジンたちは研究室として離れの部屋を用意して貰っていた。
「何が始まったんだ?」俺たちはちょっと覗いてみた。
「ペニシリンを作っています」俺が聞くとレジンは嬉しそうに言った。
「マジか。作れるのか?」
「はい。材料はすぐに集まります。ただ、この世界で作れるようにするのはちょっと時間が掛かりそうですね」
そうなのか? 良く分からんが、レジンなら作れるんだろう。
「あ、なるほど。この世界にペニシリンが出来れば存在確率が大きく変動するな!」
「はい。そういう事です」
「やるなレジン! 飛ばされるわけだ!」
「評価が上がって何よりです」レジン、どこか晴れ晴れとした表情で言った。やっぱり気にしてたんだ。
「リュウもやったと思うけど」後ろからメリスが言った。
「そうそう」
「何をやったんでしょう?」レジンも興味あるようで、作業していた手を休めて言った。
「俺は別に。ああ、飢饉に強いジャガイモとトウモロコシを持ってきただけだ」
「それもあるけど、大豆を新大陸に持ってった」ユリが追加して言う。
「持って行ったんですか!」レジンはちょっと驚いている。
「えっ? いや、お返しは必要だろ?」
「え、ええ。それはそうですが。それは、大陸の歴史も大きく変わったかも知れませんね」レジンは怪しく笑った。
「そうなのか? でも、別にまだ飛ばされてないぞ?」
「それ、今後の展開次第ですね。貰った大豆を食べて終わりなら変化しませんが」
「ああ、神様から貰ったって思ってたみたいだよね」ユリが言った。
「そ、それは、確実に育てるでしょ」とレジン。
「ま、まあな。でも、あの部族で終わったら、それで終わりだよ」
「そうですが」
「どうかなぁ? 可能性は既に変わってる?」メリスが言う。
「おい、脅かすなよ。種まいて育ってからじゃないか?」
「どうでしょうね。どうせなら、ペニシリンの製法を確立してから転移したいものですね」レジンもやる気満々だ。
「そうだな」
「そうよね」とメリス。
「そうね!」とユリ。
「そうですね!」とシナノ。
「もう言わない」期待してたのに。
大豆による確率の変動はともかく、寒冷化で人口が減るという場合は感染症などのリスクは当然増加する。それが無くなれば大きな違いになるだろう。もちろん、この世界の技術で作れる必要がある。問題はそこだろう。




