25 変動要素として
翌日、朝食後ノブタダがやって来て全員の着る服を用意してくれた。有り難い。
「これで、この世界を歩き回れますね」とレジン。用意されたのは和服だった。和服なら多少の体格の違いは何とかなるからな。このほうが便利だ。
「うん、これで問題無く動き回れる。感謝する」俺は素直に礼を言った。
「はっ、有り難き幸せ」
「ノブタダさん、もう堅苦しいのは止めましょう。普通でいいですよ」いつまでも敬語を使ってられないしな。
「ですが」
「大丈夫です。神罰なんて下りません」
「そ、そうですか。安心しました」
「もう、神罰が下った世界みたいですしね」メリスがそんな事を言った。
「おお、さすがにお見通しですか」メリスの言葉に、ノブタダが驚いて応えた。
「どういうこと?」
「はい。お恥ずかしい話ですが実は長く飢饉が続いております」
「なるほど。ノブタダさんこそ試練の真っ最中ということか」
「はい」
「なんだろう? 冷害が続いてるのかな?」
「冷害とは?」
「夏の間、天候不順で作物が育たない事です」
「はい、おっしゃる通りです。それで不作が続いているのです」
飢饉になる原因は一つではない。水不足や害虫の問題もあるだろう。ただ、今回の場合は寒冷化のようだった。
日照時間が足りないことは特に対策が出来ない種類の原因だ。聞くところによると寒い夏がずっと続いているようで人口もかなり減ったようだ。
「確か、小氷期は十九世紀までじゃなかったか?」俺が少ない知識で言った。
「そうですね。その時代は世界中で火山活動が活発化していたようです」レジンとも一致した。まぁ、世界Rと世界Lの話だが。
「ん? 浅間の噴火はいつだった?」俺はノブタダに向かって聞いてみた。
「浅間山の噴火ですか? 確か、大噴火は三百年前と聞いています」
俺の世界Rとは二百年もズレている。世界Lから見ても百五十年のズレだ。なのに溶岩がむき出しなのは寒冷化の影響か?
「噴火は西暦で言うと千七百年あたりか。他の国の噴火も続いたのかもな」世界的な火山活動の話ならありうるか。
「あるいは、太陽黒点の影響もあるでしょう」シナノも小氷期の原因について知っているようだ。
「何れにしても、手出し出来るようなことではないな」俺はちょっと残念だった。
「やはり、これが最大の試練なのですね」それを聞いてノブタダも課題の大きさを改めて認識したようだ。
この世界の人間にとって最大の試練なのは間違いない。ただ、それが俺たちが転移した理由なのかどうかは何とも言えない。
ノブタダは、深刻な面持ちで帰って行った。
* * *
午後になって、俺たちは状況の把握と今後の活動について話し合った。
まず、この世界は仙台時代が続いていることから世界Sと名付けた。
多重世界での位置としては、存在確率が世界Lより低いレアな世界という認識で全員の意見が一致した。転移発光物質が全く光らないので間違いないだろう。
また、世界の状況は小氷期が長く続いたために衰退していると思われる。これはノブタダからの情報だが国の中枢の見解なのでこれも間違いないだろう。
つまり、存在確率としては低いが特に急変しているという訳ではない。存在確率は変動していないのだ。
「おおよそだが、この世界の状況はこんなところだ。かなりレアな不運が続いているようだな。その意味で存在確率がかなり低くなっていると思う」
「自分たちのせいではなく、自然現象っていうのがやるせないところよね」メリスは思わず同情して言った。まぁ、自然は俺たちのためにあるわけじゃないからな。自然は普通に人を殺すし生物を殺す。
で、問題は今後の俺たちの活動の方針だ。
この多重世界で転移が起こるメカニズムは解明されていない。しかし、転移するには条件があるようだ。発生条件だ。
また、転移先を決める条件もあるのかも知れない。だが、これについては、ほとんど情報がない。下流に流され易いと考えられるだけだ。どこで止まるのか定かではない。
「今後の俺たちがどうするかだが」俺は皆を見渡して言った。
「俺たちの目標は、まず自分の世界に戻ること。これはいいよな?」
誰も文句はないようだ。
「ということは、俺たちがやるべきことは転移を発生させることだ」
「転移を自分から発生させるの?」メリスは、ちょっと驚いて言う。
「なんか、怖い」ユリだ。
「発生したとして、逆にさらに遠くへ行ってしまう可能性もありますね」レジンが指摘した。
「そうだな。転移先を決める条件が見付からなければ、そうなるかも知れない。だが、転移しなければ絶対に戻れない」
「それは、そうね。リスクを冒して挑戦するか、黙って何もしないか」メリスが言った。
「そういうことだ。で、どうする?」
「それを研究者に聞くの?」メリスだ。
「そうですね。我慢して待ってるとか、ちょっと無理ですね」これはレジンだ。
「そうか、そうすると俺たちの世界へ転移して帰るために、転移が発生しそうなことを片っ端から実行するってことになる。その中で転移の方向を見付けられるかどうかが帰れるかどうかのキーになると思う。」
一同、ゆっくりと頷いた。あまり希望の持てる案ではないからな。
* * *
「それで、今回の転移の発生条件って何だったんでしょうか?」レジンが言った。
「確率論的な世界なんだから、急激な存在確率の変動とか?」メリスが指摘する。
「それは、考えられるよな。短期間に存在確率に変動が生じた場合だよな」
「存在確率に変動が生じると何か困るの?」ユリが疑問を言う。
「世界が分岐するのかな?」
「そうですね。分岐するのか、あるいは世界全体の存在確率が変動するのか」とレジン。
「つまり、私たちのような『変動要素』を放り出すことで、世界の分岐や変動を食い止めたってこと?」メリスが言う。
「そうなるな」
「今回、リュウがやったのは、光速を超える多重世界通信機の提案、空間転移の可能性の提示、あ、飛翔モードも?」ユリが思い出して言う。
「リュウは、原因の塊なのね」
「うっ」
「でも、一緒に転移したということは、全員その原因に含まれる要素というわけだ。実際、通信機の発明者はレジンだし」
「確かにそうよね」とメリス。
「うん。だから私たちもいるんだね。新しい確率の変動要素として」とユリ。
「そうですね」レジンも認めるしかないようだ。
「わ、私も、皆さんに含まれる要素なんでしょうか?」シナノが不思議そうに言った。
「私、含まれてないような?」
「ううん、どうなんだろうな? 二人は俺たちにアプローチしたからね。アプローチした後あったことと言えば……」
「リュウの活動の殆どだよね?」メリスが指摘する。
「ああ、十分過ぎるかも」
「そうですね。変動要素と見做されたんでしょうね」シナノは頷いて言った。
「うわっ。私たちとんでもない事を」セリー、後悔してる模様。
「そうなると、リュウが活動をすればするほどレアな世界に飛ばされるってこと?」
「メリス、その言い方は酷いだろ。個人レベルでレアなことをしたからといって、簡単に世界の存在確率まで下がるか? 特に宇宙に影響はないだろ?」
「確かに人間から見たら影響は大きいでしょうが宇宙レベルではないでしょう。となると、惑星レベルでしょうか?」レジンは落ち着いて言う。
「ああ、なるほど。存在確率に変動が生じているのは、この星だけってことか」
「ええ、今は」
「なるほど。惑星ごとの多重世界もあり得るのか」
俺たちが転移した条件に付いては、こんなところだろうか。あまり、分かったとは言えない。
レジンたちがお茶の時間だと言うので、話は一旦打ち切って俺もお茶を貰うことにした。
* * *
「しかし、そうなると。転移を引き起こすには、この世界でも前回と同じくらいの存在確率の変動を起こさないといけないのか」俺は、ちょっと自信なく言った。
「大変?」
「そりゃそうだろう? ただ、俺だけでは難しいけど、今回はレジンがいるし、この六人ならなんとか出来るのかもな? それで六人なんじゃないか?」
「なるほど。それはありますね」レジンも納得のようだ。
「そうかもね」とメリス。
「それよ」とユリ。
「だったら嬉しい」とシナノ。
「きっと、そうよ」とセリー。
「うん、じゃあ、みんなで少しでもいい世界へ転移しよう!」
「あ、それだとノブタダ可哀相」とユリ。
「いや、きっとノブタダが幸せになって俺たちも自分の世界へ帰れる方法があるに違いない!」
「そうですね」とレジン。
「うん、そうだね」とメリス。
「それよ」とユリ。
「そうですね」とシナノ。
「ヨーソロー」全然合ってないし。
ちなみに技術的な目標として転移発光物質を見付けることが最優先課題になった。新しい転移発光物質を見付けても世界Lとの通信は出来ないが、この世界を識別することは可能になる。世界を渡り歩くなら『世界の識別』は最重要項目だからだ。
こうして、この世界での方針は決まった。ただ、神でも使徒でもない俺たちが近代化前のこの世界Sを大きく変えるなど本当に出来るんだろうか?




