謎の術式
「こ、これは…」
リートミュラー様が初めて感情を含んだ言葉を発しましたわ。やはり予想通りですわね。
「ここは…一体…」
「ここはうちの魔術研究用の建物ですわ」
彼を案内したのは私が普段研究に使っている部屋です。私は子供の頃からリューネルト古代文明で使われていた古代文字の研究をしています。古代文字は古魔術でも使われていた文字で、祖父から研究を引き継いだのですよね。そのための部屋なので、室内には古代文字に関する物が並べられています。
そしてリューネルト古魔術を支えていたのが、ラザレ魔石という魔力を含んだ石です。このラザレ魔石を使った研究をリートミュラー様がしていると小耳に挟んだので、彼をここに案内すれば絶対に反応すると思っていたのです。
「研究部屋…これが…あ、あなたの…?」
「ええ。家の領地にはリューネルト文明の遺跡がいくつかあります。私はそこで使われていた古代文字を研究していますの。まぁ、研究といっても私は学者ではありませんので、そこまで本格的なものではありませんが…」
「古代文字を…」
リートミュラー様の声からも表情からも、驚きが伝わってきましたわ。まぁ、令嬢が古代文字を研究するなんて普通ではありませんものね。殆どの令嬢は、勉強よりも社交や慈善活動を重視するものですから。
でも我が家は皆、何かしらの研究や活動をしています。父はリューネルト古代魔術を、母は主に女性向けの看護技術の普及活動をしていて、それはライフワークのようなものと言えるでしょう。
「…ゲルスター公爵令嬢、貴女は古代文字がお分かりになるのか?」
「そうですわね。あまり古い物でなければ」
「だったら…私の身に掛けられている術式は…」
「見えておりますわ。その術式の一部は古代文字ですわね」
私がそうお答えすると、リートミュラー様が息を飲まれました。その驚きは見える方にでしょうか。それとも古代文字という事にでしょうか…
「やはり…そうなのか…」
リートミュラー様が何かに納得したようにそう呟かれましたが…それってあの術式は彼が掛けたものではない、という事でしょうか。いえ、古代文字で術を掛けられる方なんて王宮魔術師でもかなり上位で古代文字に精通している方でないと無理でしょう。彼が自分に掛けたのだと何となく思っていましたが…よくよく考えるとその可能性は高くありませんわ。私でも…出来ないわけではないでしょうが、かなり難儀するでしょう。それでも、あのクラスはさすがに無理です。
「ゲルスター公爵令嬢、折り入ってお願いがございます」
突然改まった口調でそう言われて、ちょっとドキッとしてしまいましたわ。お声が意外にも私好みだからでしょうか。いえ、それにこの方、ちゃんとお話出来るのですね。ドキッとしたのはそのせいでしょうか。
「な、何でしょう?」
「このような事を頼める立場ではないのは百も承知ですが…どうか私に掛けられているこの術式を、解除して頂けないでしょうか?」
何と、婚約を前提とした顔合わせでしたが、まさかの術式の解除の話になるなんて、意外ですわ。それにしても…
「術式の解除の危険性はご存じですよね?」
「ええ」
「その上で私に、と仰いますの?」
そうです。術式は自分と同等かそれ以下の力の者が掛けたものは、可視化する事も可能です。ですが、それはあくまでも「見る」だけで、解除となると話は大きく変わってきます。
というのも、術式の解除は非常に繊細かつ相応の力量と集中力が必要で、一歩間違えればその術が解除しようとする者に発動してしまうのです。だから他人の掛けた術式を解除するなんて普通はやりません。やるのは本当に命がかかっているような緊急時なのです。優秀だと言われている彼が、それを知らない訳がないと思いますが…
「そもそも、その術式、一体何なんですの?」