了承致しましたわ
国王陛下主催の夜会で婚約破棄を宣言したクラウス王子。彼は今、言い切った満足感で恍惚とした表情さえ浮かべています。
「畏まりましたわ」
周りの皆様が呆気に取られている中、私はそう一言だけ答えました。クラウス王子にたくさんの単語を並べても理解出来ないでしょうし、時間の無駄ですからね。ええもう、彼のお頭の軽さは有名な話です。あの頭、振ったらカランカランと軽快な音がするだろうと専らの評判なのです。どなたか試して下さらないでしょうか。
「な…!」
「そ、そんな…!」
絶望的な声を上げたのは、クラウス王子の向こうに現れた国王陛下と王妃様でした。顔は青ざめ、王妃様など今にも倒れてしまいそうです。でも、それも仕方ないでしょうね。クラウス王子と私の婚約は、王家から頼み込まれて成ったものなのです。
既に結婚して子供もいらっしゃる第一王子殿下は王太子に選ばれて順風満帆ですし、第二王子殿下も昨年結婚なさって、半年後にはお子が生まれる予定です。第二王子殿下は王太子殿下のスペアとして、万が一の時には代わりに王位を継ぐ可能性があるので王族として残られますが…
クラウス王子がいずれ王族を離れるのは生まれた日から既定路線。優秀な兄王子達と違って色々と足りないお方なので、ご自身で公爵家を興すのは無理だと判断された陛下達が、我が家に婿入りさせて欲しいと土下座の勢いで頼み込まれたのです。両親は最初は突っぱねましたが、何年もかけて頼み込まれてはさすがに無下にも出来ず、色々と条件を付けた上で婚約を受け入れたのですが…
「おい!それだけかよ?」
あらまぁ、了承して差し上げたのに、まだ何かあるのでしょうか。私としては婚約破棄の言質さえ頂ければ十分なのですが。既にここには陛下もいらっしゃいますし、我が父でもあるゲルスター公爵もおります。しかもこれだけたくさんの証人もいらっしゃれば、特に問題はないでしょう。
「はい?他に何かございましたか?」
「はいじゃないだろう?!お前は今、婚約破棄されたんだぞ?」
「ええ。わかっておりますわ」
「だったら…少しは悔しがるとか悲しむとかするものだろうが!」
今にも地団駄を踏みそうな勢いのクラウス王子ですが…
「どうしてでしょうか?」
「はぁあ?」
「どうして、私が、悔しがったり悲しんだりするのでしょう?」
本当に意味が分かりませんわ。この婚約は王家からのごり押しで、はっきり言って我が家には利がありません。むしろ不良債権を押し付けられる分だけマイナスといえましょう。婚姻後、お父様は本気でアレを幽閉しておこうか、とすら仰っていたくらいですし。王族の籍から外れて我が家の一員になれば、その後の生殺与奪は家長であるお父様の手の内ですから。
「そ、それは…」
「まぁ、クラウス様。アルーシャ様はきっとショックで言葉が出ないのですわ」
「おお!さすがはリーゼ!さすがは的を射た意見だ!」
「……」
えっと、何を仰っているのでしょうか、この糞アマは…っていけませんわね、つい言葉遣いが彼らレベルに堕ちてしまいましたわ。
「ふはは!なるほど、ショックで言葉もないか」
「いえ、その様な…」
「だが仕方あるまい。公爵家にとって王子である私の価値は金をいくら積んでも惜しくはないものだったからな!」
「そんな事は…」
「だが!残念ながら私はリーゼという運命に出会ったのだ。悪く思うなよ!」
「いいえ…」
「はっはっはっは!父上、お聞きになりましたか?私はこのリーゼと結婚します!」
私の反論を一切聞こうともしないクラウス王子でしたが…もう呆れて言葉も出ませんわね。側にいたご令嬢達も、私の視線に気付くと静かに首を横に振りました。皆様、わかって下さっているようなのでもういいですわ。お父様も婚約破棄をずっとお望みだったので、何も仰らないでしょう。いえ、むしろ歓喜して領地の皆様にお酒と魔獣肉のスペシャル宴会セットを振舞いそうです。
結局、この騒動に陛下が青い顔を一層青くし、王妃様は倒れてしまって、今夜の夜会はお開きになってしまいました。でも、王家にとってはとんでもない打撃なので仕方がありませんわ。どう考えても王家にはデメリットのみ、我が家にとってメリットしかない婚約破棄となったのですから。