新しい婚約者?
「アルーシャ=ゲルスター公爵令嬢。そなたとの婚約を破棄し、私はこのリーゼロッテ=マイヤー侯爵令嬢と婚約を結び直す。お前はリーゼの婚約者だった、あの白豚令息との婚約を命じる!」
クラウス王子の声が会場内に響き渡りました。そのお姿は舞台俳優の様で、自分自身に酔っているのが伝わってきましたわ。彼はご自身の容姿がご自慢なのですよね。早い話がナルシストという事です。顔だけですが。
「何を言い出すかと思えば…」
こんな重要な事を、陛下もまだいらっしゃらないこの場で宣言するなんて…この方は王命を何だと思っているのでしょう。え?何も考えていない?否定出来ればよかったのですが…残念ながら大正解ですわ。
「これだけの証人がいれば、父上とて覆す事は不可能だろう。私はこの可憐なリーゼと結婚するのだ!」
そう言いながらマイヤー侯爵令嬢の肩を抱くクラウス王子ですが…公衆の前で不貞をしたと宣言する馬鹿が王子だなんて…早く陛下か兄王子がいらっしゃらないでしょうか。そして一刻も早くこの場から回収して欲しいですわ。
「そうだ。リートミュラー!リートミュラーの次男はいるか?!」
クラウス王子が大声で人を呼びました。リートミュラーと言えば東の国境を守る要の辺境伯家ですわね。その次男をお呼びとは…一体どういう事でしょうか…
「…何か?」
暫くすると、背が高く非常に大柄な男性が現れました。動きがのっそりとしていて、見るからに身体が重そうですわね。彼がリートミュラーの次男、でしょうか。金色の髪はクラウス王子よりも明るく見えますが、手入れが不十分で前髪が目元を隠してしまっています。それに頬はパンパンですし二重顎、服もくしゃみをしたらボタンが飛び散りそうです。これは…かなりの肥満体型、ですわね。
「遅いぞ、この白豚野郎が!」
「……」
なんて言い方をするのでしょうか。辺境伯家の令息を白豚だなどと…一歩間違えば内乱にも繋がる暴言です。さすがにその発言を聞いて、会場内の貴族もざわつきました。そして当のご令息は無反応です。殿下の前なのに礼を取るわけでもなく無言で佇んでいますが…
「まぁいい。今日の私は気分がいいのだ。おい、アルーシャ。貴様に素敵な縁談を用意してやる」
「いえ、結構で…」
「そう遠慮するな。私からの最後のプレゼントだ。この白豚をお前の婚約者にしてやろう」
「…はぁ?」
あら、いけませんわ。思わず変な言葉を発してしまいましたわね。淑女たるもの、いかなる時も冷静でいなくてはいけませんのに。
「こいつは生意気にもリーゼの婚約者だった男だ。お互い余り者同士で丁度いいだろう」
「……」
「それにこいつは、豚だが魔術はそこそこ出来るそうだ。まぁ、私には及ばないがな」
「……」
クラウス王子、何を仰っているのでしょうか…いえ、言葉の意味は分かりますが、彼の魔術がそこそこだなんて。あんなに色んな術式を纏っているのに?クラウス王子にはあの馬鹿みたいな術式の塊が見えない…のでしょうね。術式は自分よりも力のある術者のものは見えませんから。この時点で彼がクラウス王子よりも上なのははっきりしましたわ。
(それにしても凄いわ…あれだけの術式…)
彼が纏う術式は物理や魔術の攻撃防御に異常状態無効などですが…それ以外のものも混じっていますわね。一体幾つの術式を組み込んでいるのでしょうか…ちょっと解析したくなってきますわ…って、今はそれどころじゃありませんわね。
「私はリーゼとの真実の愛に目覚めたのだ」
「……」
「お前は見た目だけはよかったが、口うるさくて可愛げがなかった。そんな女と夫婦になるなど地獄でしかない。お前にはその程度の男で十分だろう?美女に野獣だな。だが安心しろ。野獣は美女の真実の愛があれば美男子になるそうだぞ?」
…殿下、市井の恋愛小説の読み過ぎですわ。現実と恋愛小説の違いが理解出来なくなっているのでしょうか…だとしたらもはや脳の病気ですわね…
「せいぜいその白豚に媚を売っておくのだな。婚約破棄された傷物令嬢など、他に婿の当てなどないだろうからな!」
何故か勝ち誇ったように、クラウス王子は大声でそう宣言したのでした。