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14_地下駐車場の生存者さん

とりあえず出来上がっているのはここまでです。


以降は不定期となります。


 その病が報道され始めたのは、秋も暮れ、冬が本気を出し始めた頃のことだった。


 新型の感染症。


 大陸西部から広がった感染症。最初は流感と思われたソレは、流感よりも遥かに質の悪いものだった。


 肺炎を引き起こす熱病。それはウィルスなどが原因ではなく、細菌……カビの一種が原因であった。


 肺で増殖し、炎症を引き起こす。


 当初は、それだけだと思われた。


 時間が経過するにつれ、この病気の恐ろしさ、異常さが明らかになって行く。


 非常に強力な感染力。そして現状では100%の致死率。既知の抗生物質が一切効かず、感染した者は誰ひとりとして助かっていない。


 基本的な症状は発熱からの肺炎。そして脳炎と至り死亡する。


 だがこの病の真の異常性は、とある片田舎の町で明らかになった。


 都市部では、病院で亡くなった患者は各家族に返され、荼毘に付された上で弔われる。引き取り手のない者は、行政が孤独な彼らを荼毘に付し弔った。


 であるからこそ、最悪な事態は免れていた。独居死などしていても、しっかりとしたコミュニティが遅くとも4、5日以内には彼らをみつけ、早々に弔っていたから。


 だが田舎町となるとそうもいかない。


 町はずれで小さな農園を営んでいた老人が病で死んだ。妻は、先年、癌で亡くし、ひとりで生活していた。


 ひとりとなった老人は息子夫婦の同居の誘いを断り、無理が利かなくなるまでは、妻と暮らしたこの農園で暮らすと頑なだった。


 それがパンデミックのはじまりとなる。


 いつもの様に老人は収穫した作物を出荷した。老人の事情を知っている農協の職員が、出荷の際には手伝いに来てくれため、老人の負担は重くはない。まったくありがたいことだ。

 町へといき、荷を下ろし、そして年若い職員と別れ、やたらと増えたネズミへの対処の為に、殺鼠剤を購入してひとり農園へと帰る。


 翌日、老人は熱を出した。


 翌々日、老人はベッドから起き上がる事さえできなくなった。


 4日後、老人は亡くなった。


 妻を亡くしたことより完全に立ち直っていなかった老人は、この状況を受け入れてしまったのだ。誰にも助けを求めることもなく、息を引き取った。


 これが、最悪の事態を引き起こしたのだ。


 カビは肺炎を起こし、次いで増殖し脳に至り脳炎を引き起こし死に至る。だがカビの増殖はそこでは止まらない。


 神経を伝うように増殖したカビは、そのまま中枢神経のような役割をしはじめる。このカビは、そのように作り出されたものだ。


 だが中枢の代わりとなるも、元の、いや、この場合は宿主と云うべきだろう。宿主の知性、知能までは受け継ぐことはできない。


 だが身体の制御と、僅かながらのそれらの保全は可能となる。


 死した老人は、10日後、ベッドから起き上がり、活動を開始した。


 活動を開始した死亡した老人、いわゆるゾンビは、生前の活動をトレースするように行動をはじめた。


 農園へといき、ふらふらと農作業の真似事のようなことをし、ふらふらと帰る。


 数日後、一切の連絡のない老人を心配し、農協の青年が顔を出した。


 青年は老人に襲われ、感染。通報により老人は捕縛されるが、会話が一切成り立たず、警察の留置所へと一時的に入れられた。


 こうして感染は広がって行く。


 カビは宿主の記憶をある程度トレースするが、知能、知識は受け継げない。だが、カビとしての有り様、役割を果たすべく活動する。


 即ち、増殖。


 そのために他者を襲う。


 都市部では遺体はすぐに火葬される。故にカビの増殖は止められたのだ。だが、ここに周囲にカビを撒き散らすゾンビが現われた。カビ、視認することのかなわない菌が広がって行く。


 青年、警察関係者、感染者は次々と広がって行く。


 ここはのんびりとした気風の田舎。人々の結束は強いが、物理的な意味での距離は広い田舎だ。故に、死亡後二日三日気付かれないというのはザラだ。もちろん、1週間気付かれないということもよくあることの範疇だ。


 老人が始まりとなり、ゾンビがそこかしこに現れ始めた。


 人に感染し、そしてそれに適合するようにカビは変質、変異する。そのように作り出されたものなのだから、その速度は尋常ではない。


 まさに細菌兵器の面目躍如といえる。


 現状、このカビ、菌に効果のある抗生物質はない。このカビを作り出した研究所でもいまだ開発されていない。即ち、現状では感染したが最後、ほぼ確実に死亡する病。


 かくして、とある国の軍部により開発されたBC兵器は、バカな研究員が実験動物をうっかり逃がすなどという失態により、世界を終焉へと向かわせたのだ。



★ ☆ ★



■???(10歳)


 空が茜色から青紫色へと変わり、星が空に灯り始める。


 私は人通りのない大通りを足早に進む。


 新型の流感が猛威を振るいはじめ、この都市部でも倒れる者が現れ始めた。すでに病院は患者で溢れ、入院できない重篤者は自宅で苦しんでいると聞いている。


 殆どの人は家に引き籠り、この状況が過ぎ去るのを静かに待っている。


 それなのに学校や学習塾は平常運転だ。もっとも、今日学校にいったところ、担任の先生は学校を休んでいたけれど。


 先生も新型の流感に罹ってしまったのか、それともそれを怖れての欠勤かは分からない。でも、引き籠っているのが正解なんじゃないかと私は思う。


 いましがた行ってきた学習塾だって、自習だなんて云う馬鹿げた状態だったし。プリントを代理の先生に渡されて、それを終わらせたら帰っていいときたものだ。答え合わせなんてしやしない。


 月謝も結構バカにならない額なのに、これはどうなんだろう?


 なんだか両親がギャーギャー騒ぎそうだと容易に想像できて、私はげんなりした。


 だって、まわりまわって私が悪いことになるんだもん。わけがわからないよ。


 俗に云う毒親というほどでもないと思うけれど、私は愛する子供というよりは、なんだろう、食費の掛かる人形、玩具、壊そうものなら当局より逮捕される面倒なナニカ、といった扱いなんだと思う。


 塾に行かせているのだって、世間体の為だけだし。実際、いまのこの状況で塾に通っているのなんて、私以外にはふたりしかいないよ。しかもそのふたりは施設出で、里親の元で頑張ってるふたりだ。


 実の親の元で生きている私とは状況が違う。


 ため息をつきながら鞄を背負い直し、建築途上のビルの角を曲がる。


 昇り始めた月を背に、誰かが道路の真ん中で仁王立ちしていた。


 まるで最近流行り始めた活動写真のワンシーンのようだ。


 誰も出歩いていない町中。姿を見せ始めて己を主張している歪な月を背に立つ何者か。


 目をそばめる。


 雨合羽?


 その人物は雨合羽を纏っていた。雨なんてこのところ降る気配など欠片も無いのに。


 俯いていただろう影が動く。


 金色に光る小さな点が現われる。


 アレは……目?


 息を呑む。変な声が漏れた。思わず一歩後退る。


 逃げ――


 そう思った時には、まるで瞬間移動でもしたかのように影は私に覆いかぶさるように詰め寄り見下ろしていた。


「……え?」


 有り得ない事象に私はただその影を、光るを目見上げ――


 抱きすくめられた私はソレに噛みつかれた。






「ヤベッ……」


 そういって影は私を投げ捨てた。


 首筋の焼けるような感覚。指先や爪先の凍え切ったような感覚。


 寒い……。


 投げ捨てられたような私は側溝に嵌るように落ちた。幸い、この所は晴天が続いていたこともあってか、汚水が溜まっていることもなく乾いていた。


「……血は、まだ吸いつくしてねぇよな」


 なぜか怯えるような声。


 ソレは私を側溝から引きずり出すと、私を引き摺って歩き出した。


 目は開いているけれど、真っ暗でなにも見えない。……寒い。


 少しして、また私は投げ捨てられた。


「頼むから――かに――でくれよ」


 なにごとかいう男の声が聞こえ……私は意識を失った。






 目が覚めた。辺りは真っ暗。真っ暗だと分かるのに、なぜかしっかりと見える。影がまるっきり見えない景色がなんだか気味が悪い。


 お腹に手を当てる。空腹? なんとも異様な感覚が私を支配している。空腹的な感覚がある。でも、お腹が空いている、という感覚とは違う。お腹が、胃が食物を求めているという感じじゃない。


 こう。首筋の後ろ、後頭部? その辺りがすごいムヤムヤする感じだ。


 気持ち悪い。


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


 でも吐気などはない。


 気持ち悪い。


 ゆっくりと身を起こす。


 何故ここにいるんだろ?


 最後の記憶を思い出す。思い出し、私は慌てて左首筋に手を当てた。指先に触れる腫れたように僅かに盛り上がった感触。


 夢じゃなかった。私は吸血鬼に襲われた。


 そんな、吸血鬼なんていないはずじゃなかったの? 少なくとも都市部にはいないって。なんで――


 流行り病。


 あぁ、そうか。流感の拡大で、教会も警察も人が足りないんだ。それに吸血鬼だって、病人なんかより健康な人間の方がいいに違いない。


 私は恰好の獲物だったということだ。


 とにかく、私は生きてるみたいだ。どのくらい気絶していたのかは分からないけど、早く病院にいかないと。


 吸血鬼に襲われても、処置が早ければ助かるハズだ。


 妙に重い体を引き摺るように、出口と思われる方向へ歩き始める。


 目についたのは階段ではなくスロープだ。多分、ここはどこかのビルの地下駐車場だ。


 のろのろと歩き、陽の差し込む出入り口に差し掛かり――


「熱っ!?」


 陽に当たったところが焼ける。


 慌てて目を向ける。白く、僅かに煙が吹き上がり、皮膚が変色している。


 私は――変わってしまった。


 その事実に私はぺたんと座り込んでしまった。


 時間経過につれ、陽がじりじりと入り込んで来る。


 私は慌てて地下駐車場の奥へと逃げ込んだ。






 あれからどれくらい経ったのだろう?


 私は月も出ていない真っ暗な夜、道端で這いつくばり、えずいていた。


 汗の臭い、脂の臭い、なによりも異様なカビの臭い。


 私は正気を失くしていたのだと思う。


 私が正気を取り戻したのは、その臭いのせい。ううん、おかげと云うべきかもしれない。


 私はその女性を突き飛ばして、道端で空っぽの胃の中身を吐き出そうとしていた。


 自分は変わってしまった。乾きに飢えていたのも自覚している。それでも人であると信じたくて、あの地下駐車場に籠っていた結果がこれだ。


 正気を失くして、無意識に人を襲おうとして、己の潔癖さに救われたような有様だ。


 気持ち悪さに胸を押さえながら、突き飛ばした女性を振り返る。


 女性はゆるゆると立ち上がった。虚ろな濁った目の女性。そこに知性は感じられず、その肌の色も気味の悪い灰色だ。


 なにあれ?


 女はふらふらとしながら踵を返すと、ゆっくりと歩いて行った。襲い掛かった私など気にもせずに。


 それどころか、襲われた事実もなかったかのように。


 そのあまりの異常さに、私はほんのすこし怖気づいた。


 とにかく、いまのいままで私は正気を失くしていたようだ。


 空を見る。月の形が変わっている。どう見ても、あの襲われた日から数日は経過している。


 私がいた場所は、流感が原因で建築が途上で止まっているビルの地下駐車場だ。自宅から10数分程度の場所だ。


 もし両親が私を本気で探していたのなら、すぐに見つけられるような場所だ。もし、見つかっていたら、化け物となってしまった私は処分されていただろうけど。


 いまは夜だ。陽に嫌われた私でも出歩ける。


 私は自宅に向かって歩き始めた。


 月の高さからいって、時刻はまだ真夜中には達していないと思う。とはいえもう真っ暗な時間だ。なのに……。


 なんでどの家も灯りがついていないんだろう?


 やがて自宅アパートに辿り着いた。コンクリート製の4階建てのアパート。確か、築20年だって母がいっていた。


 もちろん。ここも真っ暗だ。そしてここに辿り着くまでに、数人のやたらとカビ臭い人とすれ違った。


 飢えと渇きはいまだに私を苛んでいるけれど、彼らに襲い掛かろうなどと云う衝動はもう起こらなかった。多分、さっきの女性のことで、私自身の変わってしまった本能が拒否しているんだろう。


 自宅に戻る。誰もいない。


 でも室内はまるで嵐でもあったかのように荒れている。


 えっと……。


 自宅を見て回る。真っ暗でもまったく問題ない。なにも変わっていない私の部屋。それと対照的に荒れて物がなくなった両親の部屋。


 まるで夜逃げでもしたみたいだ。あの無駄に大きな旅行かばんもないし。


 あのふらふらと歩く異様な人たち。吸血鬼。異常な流感。


 あははは……私、捨てられちゃったかぁ。


 トボトボとアパートから出る。


 もの凄い勢いで人が走って行くのが見える。気になって後を追ってみる。


 側溝に脱輪し、往生しているピックアップトラックが見えた。ここに来て初めて見る人工の光が、空に向かって伸びている。


 フロントライトって、空に向かって照らすのも見えるんだ……。


 そんな風にぼんやりと思う。


 ピックアップには中年の男女が乗っていた。夫婦だろうか? 女性の方が男性をおいて逃げ出した。


 だがすぐに周囲に集まっていた、歩く死体のようなカビ臭い人たちが女性を追いかけていく。それこそ、足元をまったく気にせず全力疾走で。


 幾人かは躓き、盛大に転げていた。そして女性は……女性は逃げ切ること叶わず、捕まり、押し倒され、噛みつかれていた。


「うわぁ……」


 思わず声が漏れる。


 車に取り残されていた髭面のサロペットジーンズのおじさんも引きずり出され、同じような状況に陥っていた。


 食べられてる……わけじゃないわね。噛みつかれてるだけだ……。


 やがてふたりは解放された。死んではいないようだけれど、もう虫の息だ。


 のろのろと思い思いの場所へと散って行く人たちを眺める。


 何故か私の事は無視して通り過ぎていく。


 カビ臭さがやたらと鼻につくことと、虚ろに濁った目以外は、どうみても普通の人だ。


 すれ違った何人かは、口元に血が付いていたけれど。






 私はまた地下駐車場に戻ってきた。


 もう一度自宅に戻ったけれど、とてもその場所に居たいとは思わなかった。楽しい思い出なんてひとつもないし。


 なんで両親は私を作ったんだろう? ……考えるまでもないか。単なる性欲の産物ってことだろう。


 ここは安全だ。


 建築途上ともあって、誰も入ってこない。だからきっと、あの吸血鬼もここに私を放り込んだんだろう。


 あぁ……でも、これからどうしたらいいんだろう?


 ぺたんと座り込みながら、自宅保管庫に残されていた干し肉を口に入れる。


 ……味が分かんない。


 やたらと固い干し肉。口に入れて唾液で柔らかくしつつ食べる保存食。やたらと癖のある味だったハズなのに。






 あれから何日が過ぎただろう?


 私はと云うと、スイッチが入ったり消えたりするような有様だ。突然に意識を失くして、急に目が覚めるという感じ。ただ、少なくとも前のように正気を失くして誰かを襲うというようなことはしていないみたいだ。


 さすがに、あのカビ臭い臭いは正気を失くした私も懲りたのだろう。


 いまは何時くらいだろう?


 目が覚めた……意識を取り戻した? 私は、目を擦り、左前方に目を向けた。


 地下駐車場の入り口には光は差し込んでいない。どうやら夜のようだ。


 外へ出てみる。


 あれ?


 ずっと向こう。駅の方が異様に明るい。空に浮かぶ雲まで照らしているように見える。


 火事?


 そんなことを思っていると、突然の爆音と振動が辺りを襲った。


 えっ?


 転びそうになるのを壁に手を当ててこらえ、改めて向こうに視線を向ける。


 明るい光が一層増している。


 そして再度爆発。


 え……爆弾?


 以前、活動写真で見た戦争の映像を思い出す。あれは白黒だったけれど、いま見えている光景はまさにそれだ。


 私は慌てて地下駐車場の一番奥へと隠れ、蹲った。


 なにが起きているのかさっぱりわからない。


 爆音と振動が酷くなっていく。


 慌てて守りの魔法を展開する。


 防御の魔法だけは学校で褒められ、自信はあるんだ。


 そして暫くの後――






 私は崩れる天井に潰された。


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