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10_幸運なクラウスさん

※7話と8話の間のお話。


 けたたましくなるスマートフォンの呼び出し音に、私は眉をひそめた。


 騒がしくがなりたてているのは、私のプライベート用のスマートフォンだ。こちらにかけて来る者など数えるほどで、その数えるほどの者は、そうそうかけてなどこない。


 いや、大抵は仕事用の方にかけて来るため、このプライベート用はなかば無用の長物となっている。


 画面に表示されているのは姪の名。歳の離れた姉の忘れ形見だ。下衆な男に引っ掛かって出来た娘だが、あのクズに似ず、良い子に育った子だ。


 我が家系の女は悪い男に引っ掛かるのはある意味血筋であるのか。彼女もまた、クズな男のせいで殺されかけた。いまもその後遺症と、消せぬ傷に苦しんでいる。


 無理矢理救いを探すとすれば、姉は病に倒れ、もう他界しているということだろうか。少なくとも、姉は娘の無惨な姿を知らず、輝かしい女優としての姿を思い出に死の淵を渡ったのだ。


 しかし、このところは隠者の如き生活をしていた彼女が何用だろうか? 私のところもロクでもない状況であるのは知っているだろうに。


 おや、電話ではなくメールか……。



“連絡して!”



 件名だけの空メール。画像が添付されているが、なんだ?


 私はその画像を見、そしてそれがつい先ほど撮られたものであると理解した時点で、彼女にすぐさま電話を掛けた。




 翌日、私はすべての予定をキャンセルして彼女と会うことにした。






 早朝にもかかわらず、姪である彼女、アデリナがやってきた。


 驚くことに自身で車を運転して。そしてそれ以上に驚くことに、傷ひとつない顔を堂々と晒して。さらにこれ以上どう驚けといわんばかりに、その容貌はメールに添付されていた画像と一緒で、最後に会った時の彼女の顏よりもずっと若いものだ。あれはジョークでもなんでもなかったのか。


「なにがどうなってる!?」


 私が驚きを隠しもせずに問うと、彼女は車椅子に座る私に向け、昔のような挑戦的な笑みを浮かべこう答えた。


「女神様にあったのよ」

「神など信じないんじゃなかったのか?」

「それとは別の神様よ。だって、東洋系……恐らくは日本の神様だもの」


 なんだと?


「ちょっとだけど、日本語を話してたのよ。きちんと英語が話せているかわからなかったみたいで、別の神様かしら? 確認してたみたい。確か、日本って数えきれないほど神様がいるのよね?」


 私は眉をひそめた。


 姪はいったいどうしたのだ? いや、だがこの傷ひとつない姿は現実だ。


「おじ様。家政婦やらなんやらはどうしたの?」

「今日はいない。事が事のようだからな。全員、休みを取らせた。いるのは外の警備だけだ」

「いないって、ナディアは?」

「最低限、自分の面倒を見ることはできる。そうでないと……な。あの子も年頃なんだ。わかるだろ?」


 そういうとアデリナは僅かに顔をしかめると、肩をすくめた。


「ま、いいわ。それじゃとっととビジネスの話としましょう。とりあえず、女神様を呼ぶ準備をするわよ」


 は?


 簡単にとんでもないことをいう姪に目を瞬く。その間に姪は車にもどると、なにやら真っ黒な塊を抱えて戻ってきた。


「ちょっとこの子をお願いね。それじゃ、私が車椅子を押すから、どこか大きな鏡のある部屋へと案内してちょうだい」


 猫のような手触りの黒い塊――目がある!? なんだこれは?


「はいはい。時間は有限よ」



★ ☆ ★



 大きな鏡のある部屋ということで、トレーニングルームを使うことにした。もっとも、作ったものの、ほとんど使用していない部屋だ。


 とはいえ掃除は行き届いており、空気が淀んでいるなどということはない。


 アデリナは大鏡に向けてソファーを置くと、その後ろに事務テーブルを並べた。


 この配置には意味があるのか?


「女神様は鏡を介して姿を顕すのよ。私の時もそうだったわ。……その、ちょっぴりホラーな雰囲気だったけれど」


 ……いったいなにがあったんだ?


 そう思っている間に姪は持ってきた椅子に腰掛け、テーブルに載せた黒い球体に話しかけていた。


「おいでになるわよ」


 いや、アデリナ!?


 目を瞬いていると、音もなく鏡の中のトレーニングルームの扉が開いた。慌てて後ろに首を回し確認する。扉は閉まったままだ。


 鏡に目を戻す。


 白いパーカーのポケットに手を突っ込んだ少年……いや、少女か。少女が私たちのすぐ背後に立つ。


 癖のある黒髪ショートカットの少女。見たところ12、3歳くらいだろうか? だが東洋人は若く見えるモノだ。そこに5つくらい上乗せした方がいいだろうか?


《もしかしてそのソファーは私の為に用意してくれたのかな?》


「はい。お待ちしておりました」


《それでは遠慮なく。ありがとう》


 そういうと少女は鏡と私たちの間に歩を進める。だがもちろん、その姿は鏡の中だけにある。


 少女はのソファーにちょこんと座ると、フードを払った。非常に美しい少女だ。


 当然だが、目の前に置かれているソファーは無人のまま。人が座っているかのように座面が凹んでもいない。


《問題なく元通りになったようでなによりだ。ま、空腹で大変なことになっただろうが》


 そして彼女は私をしっかりと見据えると、パチンと指を鳴らした。


《さぁ、ビジネスの話をしよう》



★ ☆ ★



 異様に低い唸るような声を吐き出す。噴き出していた汗を吸ったシャツが体に纏わりつき、すこしばかり気持が悪い。


 テーブルの上には空になった皿が大量に並んでいる。


 薬を飲む前にデリバリーを頼んでおいて良かったと思うことになるとは思わなかった。


 もっとも、頼んだ料理をほぼひとりで食べきってしまったが。いくらなんでおかしいだろう。どこにこれだけの量が入った?


 確か大昔の拷問で、無理矢理食い物を口に押し込んで、胃を破裂させて殺すというものがあったはずだが、それと似たような状況であったはずだ。――いや、無理矢理詰め込まれたわけではなく、自分で詰め込んだわけだが。


 恐らくは、ひとりで10人分を食べたんじゃないか?


《疑問に思っているようだが、それも薬の効果のひとつだ。飲んですぐに効果がでるわけだが、その効果は一瞬だけというわけじゃない。数時間続く。意識を失い、2、3時間で目覚める。直後の空腹で大量に食糧を摂取するわけだが、それを摂取した側から体を元に戻すための材料へと変換するんだ。肉類はそのまま血肉に、それ以外は、それらを変換するためのエネルギー……カロリーとして消費というところか。さすがに足を一本まるごと元通りとなると、結構な肉が必要となったな。あとはカルシウムがちょっとばかり足りないな。そこは小魚を丸ごと食べるなり、ミルクなりサプリメントなりで補うといい。いまの内に摂取すれば、すぐに補える。効果時間はあと2時間くらいか。だいたい8時間で切れるからな。せっかくだ、そのまま食べられる小魚の干物をだしてやろう》


 鏡の中の彼女の言葉に、私はただ驚き目を瞬いた。そして突如として目の前に、照りのある、小魚を原料としたスナックの大袋が現われた。


 パッケージを見るに、どうやら日本の商品のようだ。


 さっそく封を開け、小魚を口に放り込む。シンプルな代物だが、やたらと美味いな。商品名を確認する。これは覚えておこう。


《正直なところ、この仕様の薬を娘さんに与えるのはあんまりだと思うが、この仕様自体はどうしようもないんだ。せいぜい、若返る効果を抑えるくらいでね。さすがに娘さんの年齢が3、4歳程になるのは問題だろう?

 それでだ。娘さんは左腕以外をを失っているような状態だから、食欲も尋常じゃないことになるのは必定だ。だがそれではその直後があんまりだ。ならば食事の代替品を用意すればいいと、私は考えた。ということで、コレを渡そう》


 いつのまにテーブルに立っていた黒い球体。クロウラーというらしいが、それの頭からニュッと三角フラスコが飛び出していた。だが中に溜められている液体は、濃いオレンジジュースのような色をしている。いや、オレンジというよりは、タンポポや向日葵のような黄色といったほうがいいだろうか。


《あぁ、色は気にしないくれ。誤飲を防ぐためについてるようなものだ。それは異常に高カロリーな飲料だ。それ一本で10キロくらい太るなどという、どう考えてもおかしいとしか思えない代物だ。……ついでにいうと、口当たりも味も重くてベタベタするものだから、お茶でも何でも、口直し用のさっぱりとする飲料を用意しておくことをお薦めする》


 私は時計に目を向ける。時刻はまだ午前11時を回ったところだ。


《落ち着いたら、娘さんを元通りに、怪我なんてなかったことにしてくるといいよ。あぁ、そうだ。私も体をこっちに持ってきてもいいかな?》


 鏡の中の少女に、私は頷いた。






 浴室の鏡に映る自分の姿を確認する。


 それはまさに奇跡だった。


 まず、私が自分の足であるけるようになったこと。そして全身の傷が跡形もなくなったこと。


「相変わらず毛深いわね」


 トレーニングルームに戻った私を見るなり、姪っ子が上半身裸の私を見て顔を顰める。


 上半身裸でも問題あるまい。すぐ外にはプールもあるのだ。


《セクシーだと思うぞ》


「女神様はああいうのがお好み?」


《あの髭は年齢相応に似合っててセクシーだと思う。体の毛深いことについてはノーコメント。それと私は女神なんて大層なものではなく、単なる幽霊だ》


「幽霊は奇蹟なんて起こせないわ。少なくとも私が知る限りでは」


 鏡の中で少女が肩を竦めていた。


 食事後、シャワーで汗を流し終えた私に対してふたりは辛辣だ。


 そして私は、あの日以来暗い目をして半ば引き籠ってしまった娘に、薬の説明をしたのだ。


 結果が目の前にあるというのは、説明をするのに簡単であった。ナディアは疑うこともなく薬を呑んだ。


 数時間後。


 私は、少しばかり幼くなった娘と抱き合っていた。


《あちゃー。うまく調整できたと思ったんだが、それでも若返ったか……》


「まぁ、問題ないわよ。ここ1年、学校にも行けていなかったんだし。却って好都合だわ」


《あー。それなら丁度いいか。遅れた年数を取り戻せたってことで容認してもらおう》


 後ろでアデリナと女神なにごとか話しているが、いまはそんなことよりも、この瞬間の幸せを噛み締めよう。


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