01_お別れする天宮さん
目目どら、ふりだし、仮面と煮詰まり中で、現実逃避を起こして書いた代物。
9話まで出来上がってしまったので、とりあえず投稿します。
※少なくとも9話までは毎日0時投稿。以降は未定。
ゆらゆら。
ふらふら。
いつものように私は気ままに左右にゆれながら朝のお散歩を楽しんでいる。
時刻は6時を過ぎたあたりか。
梅雨も明けたこともあって、もうお空に登ったお日様がその威力を容赦なく地面に叩きつけ始めている。
まぁ、私はもう、そんな暑さなんて関係ないんだけれど。
駅前のロータリーにはいると、中央の――花壇? じゃないな。植え込みはあるけれど花は植わってないし。突っ立ったポールの天辺に据えられた時計は6時29分を示している。
そのポールの足元、そこではおじさんがひとり、おいっちに、おいっちにと準備運動をしている。
タンクトップにハーフパンツ。ちょっぴり緩んだ体をゆらしながら、人の好さげな笑った作りの顔のおじさん。髪の毛は少々残念なことになっている50代だ。
「おはよー、斎藤のおじさん」
「おー、りっこちゃん。おはようさん」
「なんだか張り切ってるねー。ここ数日見えなかったけど、どうかしたの?」
問うと、斎藤のおじさんは困ったような顔で頭を掻いた。
「あー、そろそろ限界みたいなんだわ」
限界。その言葉に、私は少しばかり顔を強張らせた。
「ま、ここらの掃除は完全に終わったからな。一安心だ。これから先は、もう俺にはどうにもできんが」
「……そっか。寂しくなるなぁ」
「アキや秀太朗のやつも逝っちまったからな。まぁ、堕ちずにすんだんだから、めでたしめでたしってところだろ」
「うん。そうだね。それで、おじさんはどうするの?」
そう問うと、おじさんは駅から出てきた制服姿の少女を指差した。あの制服は越女の制服かな? なんか、見るからに幸薄そうな雰囲気だけど……。
「あの子の取り巻く環境が劣悪でなぁ。学校はもとより家庭でも。でもあの子はいい子なんだよ。だから俺が守ってやろうかとな」
「憑くの? っていうか、相性は大丈夫なの? いや、そんな準備運動してやる気満々なんだから、大丈夫なんだろうけど」
「おう。ここ数日、試しに接触してみたんだが問題なくてな。それなら俺がロクでもないモノになっちまう前に、守護霊にでもなろうと思ってな」
生前なら暑苦しかっただろうさわやかな笑顔で、おじさんがサムズアップしてみせた。
「それじゃりっこちゃん、じゃあな。くたばってから20年近くも目的もなくつまらん毎日だったが、ここ数年は充実してた。それこそ生きてた時以上にな。りっこちゃんのおかげだ」
そういっておじさんは女の子にほうに、どたばたと走って行った。
守護霊となる。それは悪霊とか怨霊なんてものならないための選択肢のひとつだ。ただ、その場合、私たちは自我を喪失する。なんというのだろう、憑いた人物の魂に紐づけられた、自動防衛装置のようなものとなる。
そもそも幽霊には魂なんてものはない。魂にはりついていた人格の無念や未練、或いは強烈な思いの欠片。残留思念といったものだ。
残った“思い”だけで、生前の記憶もほとんどない代物が、私たち幽霊というものだ。
実際の所、自我を残して生前の人物のように活動する幽霊なんていうものは、ほとんどいない。
そんなレアな仲間4人と、この周辺に存在していた厄介な悪霊やらを退治して回っていたのは先月までのこと。
もっともふたりは1年以上も前、悪霊化する前に自ら身の振り方を決めた。
アキは神社の御神木へとはいり、多くの聖霊たちの塊たる集団意識の中に入って消えた。
秀太郎は自身の墓のあるお寺さんへと向かい、そこで消えた。
所詮、幽霊は残留思念の塊でしかない。それをつなぐ“思い”が満足してしまえば消える。魂がないのだから、成仏というのとは違うのだろうけれど、似たようなものだろう。
おじさんを魂に憑けた女の子を見送る。
あぁ……また私はひとりぼっちだ。
ふらふら。
ゆらゆら。
私は風に吹かれるように空へと昇る。
これからどうしようか?
怖れることは堕ちること。とはいえこんな姿になってから30年は過ぎた。というのにそういった兆候は私には見られない。
大抵は10年を過ぎたあたりから狂いはじめるのに。
どういうわけか、私には未練も思いもなにもない。にも関わらず、浮遊霊や地縛霊のようなものにならず、きちんと自我をもった、人畜無害な幽霊をしている。
なんで私は堕ちる気配が欠片もないんだろ?
いや、そもそも私、自分の名前以外なーんも覚えてないんだよね。
ふつうなら木っ端な浮遊霊になってるようなものだろうに、なんで普通に自我持ち幽霊なんてしてんだ?
いまさらながらに自身の有り様に疑問が湧いてきた。
おじさんたちはみんな――ん?
駅前のマンションよりもずっと高く浮かび上がったところで、私は妙な気配を感じた。
悪霊は怨霊の類ではない。
悪いものではない? でも、あまり良いものとも思えない。
なんだか気持ち悪いな。行ってみるか。
仰向けでふわふわしていた私は体を反転させると、その妙な気配のするほうこうへと進み始めた。
「え、なにこれ?」
私は気配の原因と思しきモノをみつけ、思わず声を出した。
それは“穴”。
なんにもない場所にぽっかりと開いた、真っ黒い“穴”、としか表現できないなにか。
大きさにして、両手の親指と人差指で作った円くらいだろうか。
数メートル離れた位置から、その“穴”の周囲をくるくると回って確認する。
どの角度からみても真っ黒な“穴”、というか平坦な円? にしか見えない。
え? 本当になにこれ?
目をぱちくりとさせ、私は興味の赴くまま、恐る恐る近づいた。
長いこと幽霊をして超常のものは見て来たけれど、こんなものは初めてだ。
そうしておおよそ1メートルほどまで近づいたところで――
「うぇっ!?」
いきなり私は穴に引っ張られ、右腕が吸い込まれた!
「ちょちょちょ――」
あまりのことにどうにかして逃げ出そうと、それこそ腕を切り捨ててでも逃げようとして――
間に合わず、私は穴に飲み込まれてしまった。