7話:素晴らしき哉!青春時代
「とりあえず、座れ」
竹田に連れられ、ヤコは職員室のすぐ横の生徒指導室に竹田と二人きりで入った。
入ってすぐに、冷房の効いた生徒指導室はヤコの熱と汗が溜まった体を冷やし、汗がほんの少ししで冷えたら、ヤコの体には冷たいくらいだ。
何かの資料が入ったダンボールが部屋の隅のあちこちに山積みになっていて、本来八畳くらいある指導室も半分くらいの広さで、かなり窮屈に感じる。
その真ん中にはヤコ達が使う教室の机よりもかなり古そうな黒っぽい茶色の机が二つ、向かい合わせで置かれていた。
竹田は、入り口にいるヤコから見て左の方向の机の椅子に座るように、そう言って、右手で拳を作り、右手首を上下させて左の机をコンコンと叩きながら、自分は右の机の椅子に座った。
竹田に従い、ヤコは左の椅子に(嫌な顔で)座る。
外からは、休み時間なので、生徒達の話し声が聞こえる。
「さてと……如月よ、自分がどうして私に呼ばれたかわかってるな?」
竹田の質問に、ヤコは軽く頷いた。
「二年生の教室の廊下近くの階段の踊場で、二年の悪ガキ連中がのびてた件だ」
竹田はひじをついた右手に顎をのせ、ヤコの様子をうかがっている。
ヤコはというと、平然とした表情で、部屋の隅々に目を泳がせている。
とにかく竹田と目を合わせたくないだけだ。
「その前に別の二年の生徒が職員室に私を呼びに来たんだ。たまたま職員室にいた私はすぐさま駆けつけたが、そこには外傷がほとんど無く気絶している四人がいた」
嫌われ者の竹次郎はかまわず話を続ける。
「後に他の二年の目撃証言で、如月、お前がその時四人と一緒にいた事がわかった」
ただいまの言葉に眉がピクッと動いて反応するヤコ。
そして耳まで届いている黒髪の頭の後ろを雑にガシガシとかいて、黒髪についた冷たい汗を飛ばす。
「四人は気がついたら、怯えた様な表情ですぐに早退してしまった。その時に何があったかは言わずにな……」
「……」
やっとヤコが険しい表情でこちらを見た。
それに竹田は勝ち誇ったように、唇の先をちょっととがらせて笑った。
この行動からわかるように、竹田、すなわち竹次郎は子供のように負けず嫌いだ。
それがこんなひねくれた大人だから始末が悪い。
相手が自分の思い通りに動かなかったら、そいつにいやらしく遠回しに嫌な事を言ったりする。
「……何があったかお前なら知ってるだろ?教えるんだ!」
「……」
「……お前も私の性格は知ってるだろ?目が飛び出ても口から私の聞きたい事が出てくるまでまつぞ。最終的には保護者を呼ぶつもりだ」
「……」
「……」
……沈黙が続く生徒指導室の中では、外からの生徒達の話し声が、よく聞こえてくる。
約五十秒の沈黙が続き、口を開いたのはヤコだった。
「……すいません」
「ッ?」
「コーヒーを……」
「何?」
白状するのかと思いきや、コーヒーを入れて欲しいと言うヤコに対し、目を丸くした竹次郎。
「いや、出す前に何か落ち着くものを飲みたくて……コーヒー入れて来てくれませんか?」
俯いて、竹田に表情を見られないようにして、頼むヤコ。
「……いいだろ、その代わり一口だけだぞ?」
そう言って部屋を出た竹田。
だがその隙にヤコが部屋から逃げ出したのは、勝ったと思い込んで、他の事は頭になかった竹次郎にとってはかなりの屈辱だったようだ。
えー……突然ですが、皆様にお詫び申し上げなきゃいけなくなりました。
それはなぜかと言いますと、前回の終わりに奴が叫んだ事に関わっているモノでありまして、単刀直入に申しますと実は大介はつい最近、僕すなわち作者に、出番が無くなっているぞとずっと抗議をしてきました。
僕はもちろん断ってきましたが、あまりにしつこい猛抗議に、僕はついに負けてしまい、今からは大介の視点でお送りする事になりました。
これも全て僕の責任です。
どうもすいません。
それでは大介に代わろうと思います。
現場の上島さ〜ん?
はい、こちら○○さん殺害の現場付近に来ています。
○○さんは、この道を歩いていたら後ろから刃物を持った男に襲われ………ってコラ作者!何やらしてんだよ?!
何が殺人現場付近に来ていますだよ!
レポーターみたいな事を言わすな!
だいたい何で俺でお送りするからってあやまらなきゃいけないんだ?!
(バカ、そんな事言ってる場合か。周りを見ろ。読者様にそんな醜態さらしてどうする)
───はっ!!………えーどうも失礼しました。
はじめまして、皆さんご存じ上島大介、趣味は叶わぬ恋を追いかける事……ではなく人を嫌な気分にさせる事です。
好きな人がいないのでどなたか立候補してくれません?
(自己紹介はもうその辺にして本編に移ってくれよ)
作者…そうせかすなよ。
ただいま俺は体操着に着替え終わり、竹次郎に連れて行かれたヤコを迎えに行こうと同じクラスの親友の斉藤亮介と一緒に、職員室に向かっています。
亮介は背が180近くあるけど別にイケメンって程でもなくて、どっちかっていうと俺の方がカッコ良くて……。
結構強面な顔だけど別に乱暴でもないし、それでもって別にやさしいって程でもないし、どっちかっていうと俺の方がやさしいし……。
(そろそろ自身の過大評価をやめないと交代させてもらうぞ)
ごめんなさい。
まあ亮介は背が高い以外、特徴がこれといって無い奴です。
「そういえばさあ大介、昨日のニュース見た?」
それにしても今日はいつも以上にひどく暑い。
廊下を歩いている俺達に、左の窓からギラギラと差し込んでくる日光は、俺を燃やして灰にでもするかのように照りつけている。
そんな暑さに参ってた俺に、右隣で一緒に歩いていた亮介が昨日のニュース見たか?と質問してきた。
「見てないよ」
昨日は俺、熱出して学校休んで家で寝てたもん。
「何がやってたの?銀行強盗?誘拐?」
「いや、そういうのじゃないけどさ、この近くで何かが大きく爆発したみたいに光ったって、大勢の人が騒ぎ立ててたってニュースなんだけどね。俺もその光を見たんだよ!」
あぁ……。
「そういや学校でも噂してたよな。どの辺りで?」
「もう学校のすぐ近く。校舎の裏の向こうにある空き地辺りだよ!」
「ふーん……それで?光ってどうなったの?」
「空き地が全体的に焼け焦げた跡が広がってたらしい」
まあ!それはそれは……って───
「ヤコ?いつの間に?!」
振り向けばヤコがいた。
平然とした表情で。
途端に俺ら二人は二年A組の前で立ち止まる。
職員室の一歩手前だ。
ってアレ?
「もう竹次郎の件はすんだの?」
「すんだよ!石原の尋問の方が百倍しんどいくらいだったよ!」
あの野郎を前に微動だにしないなんて、やっぱりヤコちゃんは男だぜ!
「よく平気だったな!」
今のは亮介。
「いやぁ、あんなの……それより俺、次の体育の授業はサボるから体育の中野に俺は体調悪いから保健室で寝てるって言っといてくれ」
「うん?別にいいけど……」
ヤコちゃんも早朝からいろいろあって疲れたんだろうね。
わかったよ!と返事したらヤコちゃんは職員室から逆方向の保健室に、俺達二人は川へ洗濯に───ではなく階段降りて運動場へ。
大介視点、終了。
(え?)※大介
「ちょっ、何ですか?」
転校生のチコ。
体操服に着替え、運動場に出たら、急に話し声がわんさか聞こえる女子の集まりの中から誰かがチコの方に向かって来た。
「あの……、あなたって安川さんですよね?」
「……」
美雪が、チコの周りをチョロチョロ動き回り、チコをジロジロ観察している。
「ねぇ!あんまり動かーないで!」
「ちょ、ちょっと!ちょっと!そんな見ないでくださいよ!」
そう言って運動場を逃走するチコ。
「ああ!桃井君!待ーて!(待てー!の間違い)」
やはりチコも一応思春期の男子なので、かわいい女子にジロジロ見られるのはどうしても緊張した態度になってしまう。
チコは今日転校してきたばかりなので、普通の女子ならば遠くからチラチラ見てくるだろうが、本人に絶対わかるように見てくる美雪の行動に理解できないようだ。
周りの三年B組の皆はたまに見る行動なのであまり気にならない。
美雪の行動は、チコを観察したりして彼の情報が欲しい為にしているのだ。
「ヒィ……フゥ……」
「ハァ…桃井君って全然体力ないね!」
たった100メートルくらい全力で走っただけで運動場の真ん中辺りで止まり、肩で息をするチコ。
美雪の方は少し息が荒くなっているのを見てればどれだけ体力が無いか明確だ。
そして、美雪は転校生のチコの資料が一つ得たので今は体操服なので、後で制服に入れてあるメモ帳に書き込む決心をしたみたいだ。
「なにやってるの?美雪」
見合ってたチコと美雪の間にティコが入ってきた。
ティコの表情は、いつものポワーっとしたかわいらしい表情ではなく、どこか重い表情だ。
「あら?」※美雪
「また情報集め?」※ティコ
女子の集まりから一歩離れた場所で俯きながら竹田に連れて行かれたヤコの事をずっと考えていたら、一方的(かは不明だが)な追いかけっこをする二人を見かけ、現在にいたる。
「おい、どうしたんだよ?」※大介
「わっ、上島に斎藤まで!」※美雪
さらには大介と亮介までやって来た。
余談だがこの二人はよく一緒なのが多い為、皆からは二人の名前を合わせて、大介亮介と呼ばれている。
「もうっ!みんなして私の邪魔しないでーよ!」※美雪
美雪は怒って、駄々をこねる子供みたいに、両手でグーを作り、両方の腰骨を大げさにバンバン叩く。
「………あれ?」※美雪
気がつくとチコはまたギラギラ光る太陽の光をうけ、全力疾走していた。
「あっ!桃井君!待ちなーさい!」※美雪
それを追いかける美雪。
「上島、さっき教室出る時にヤコ迎えに行くって言ってなかった?」
ティコ、大介亮介の三人になり、ティコが今一番気になっているヤコの事を聞く。
「うん、ちゃんと迎えに行ったよ!でもヤコちゃん体育はサボるって」
「え?」
(なんで?)
何か心のどこかに悲しいものを感じたティコ。
ヤコからしてみれば、二時間目の体育の授業をサボるのは、一時間目の前から決めていた事だったが、その事を知らないティコは、早くヤコに聞きたい事があるのになぜ顔を合わせないのかというどうにもこうにも、ならない心境におちいってしまっていた。
ヤコとティコのすれ違いだった……。
「川島さん?あの……そろそろ始まるよ」
そんなティコに、体育委員なりたてホヤホヤの香が呼びに来た。
「え?あっ、うん……」
呼ばれたティコはさっきよりもさらに元気無く女子の方に戻って行った。
「「…………」」
残された大介亮介。
「大介よ、俺らも行こうぜ」
「そうですね……」
「どうしたの?ティコ、元気無いみたいだけど……」
「うん……」
背の順で横に並び、先生を待つ女子達。
右隣の朋子がずっと俯いているティコを心配して声をかけた。
ちょうど楽しく盛り上がっている女子達の明るい話し声の中でめちゃくちゃくらーいティコはかえって目立っていた。
自分のせいでヤコがこんな事になっているのに、本人に会えないのは精神的にも身体的にも暗くなる。
「具合悪いの?」
「いや、そうじゃないけど……」
「ヤコちんの事が気になってんだね?」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまった朋子。
また突然、大声でではないが、朋子の右隣にいた敦子がこちらじゃなく真ん前を向き(ちなみにこの時もヘッドホンとサングラス装着)、腕組みしながら話しかけてきた。
「あ、敦ちゃん?」※朋子
朋子は敦子の事を敦ちゃんと呼んでいる。
「僕は二人の気持ち、わかる気がするよっ」
敦子の考えはこう。
ティコを最低な奴らからはなす為にあのような行動をしたのはつまり、ティコに対しての気持ちが高鳴り、反射的に守ろうとしたという。
その事実を知ったティコはすぐにその訳を知りたいが、恐らくヤコは何か別の理由があって授業をサボっているのだろうが、今は二人はすれ違っているのだと推測している。
だが決してそれを本人には話さない。
「でも大丈夫だよっ!人間、ささいな事でも普段の自分じゃない自分をさらけ出すものさ」
そう言って、今度はしっかりティコ達の方を向いてニカッと笑った。
「う、うんっ…」
そのかっこいいがやっぱり女性の感じを思わせる笑顔を見て、ちょっとだけ元気がわいてきて、こちらも笑顔になるティコ。
二人の気持ちは敦子にはお見通しのようだ……。