5話:先生はみんな嫌い?
「ねえ、ちょっとちょっと」
隣で一人、右手に持ったシャーペンをノートの上で素早く踊らせていたティコが、途中で手を止めて、話しかけながら両腕を枕にして机にへばりついているヤコの体をユサユサ揺さぶり起こした。
「あい……?何だよ?」
目を擦りながら顔をティコの方に向けて嫌な表情になるヤコ。
「ねえ、さっき先生に何て言われたの?」
「えぇ?ああ…いやあのね…」
「?」
何故かにあわてだした。
「そ、そんな事を聞かれても…」
「何?」
さっきまでイビキをたてていたヤコが、腕や顔等を細かく動かして動揺を見せている。 あんまりオドオドするもんだからかえって気になってしまう。
「あの…とにかく先生の事は聞かないでくれ!」
下唇を上げ、上唇の上に被せて、断固として話すもんか!という表情をティコに見せ付ける。
いったい職員室に行ったその時に、どんな状況だったのか!?ティコの体の中で、好奇心という名の暴れん坊が、騒ぎ出した。
「これだけは勘弁ね。お願い」
「ええ?!?なら大まかな表現だけでもいいから!」
どうしても聞きたい気持ちがなかなかおさまらないティコ。 例の如く、よくヤコに隠し事をされてるので、ついつい気になってしまうのだ。
この前もティコに内緒で、家にたくさんあった砂糖を一気に全部使い切っちゃった事があった。
そしてその二人の様子を、四列目の一番後ろの席からずっと見ている者がいた。
できれば見るだけではなくて、何を話しているか聞きたいのだが、周りに集った女子達の相手を、嫌でもしないと悪いので、行けない状態になっている。
チコとしてはあんまり詮索してほしくないみたいだが……。
「ねえお願いだから!」
「わ、わかったよ!じゃあちょっとだけよ!来い来い」
ティコがズンズン近づいて来たのを見て観念したようだ。 ティコだけに聞こえるように、顔をティコの方に近づける。 それに応じてティコも体を右に傾けて、右耳をヤコの方に近づける。 クラス中は話声が聞こえると言っても、ついさっきまで女子達の悲鳴とくらべると、そうでもないと言いきれる、小雨みたいな音量なので、こうしないと周りの誰かにこぼれた声を拾われるかもしれない。
「まったくお前は蛇みたくしつこいな……。あの時俺は、職員室で先生と二人っきりで椅子に座って向かい合っていたんだ」
「フンフン…」
「そこで悪事を先生に見抜かれた俺は共犯者を問い詰められたんだ」
「うん……。それで?」
「……もう骨まで毒が染み込むようなおっそろしい尋問だったよ!一から始まり秒刻みで百になる感覚!思い出したくないっ!」
「そ、そんなに…?」
「うん。その時先生が急に―――」
ガラガラッ
「よし!みんな席につけ!!」
「わあ!!!」
一時間目は学活、イコール教室に入って来たのは石原だった。
そのタイミングの良過ぎる事、ダイナミックにすっ転げてしまったヤコ。 周りで小雨が止んだと思ったら、他の生徒達は、話をやめて、ゾロゾロと席に戻ってた。
「さ、座った座った!」
「ぐぬぬ…」
(俺の事に関してはノーツッコミかよ…。あいつめ…)
「許さんぞ…」
椅子から転げ落ちて小刻みに震えるヤコは、教壇の前にいる石原を睨む。
「ん?何か言ったか如月」
「いいえ。それより先生、授業内容は何なんですか?」
「うん……」
「?」
「予告無しですまないんだが、これから係り役員決めをする」
「えーーーー?!!!!」
言ったのはヤコだけではない。 クラスの皆が石原にブーイングする。 大きな雨粒のようなブーイングをあびせられつつも、石原はめげずに目の前の教壇を、両手で思いっ切り叩きつけて皆を黙らせた。 その際、教壇の上にチョークの粉が少量落ちていた為、石原の手の平が真っ白になった。
「仕方ないんだ。もう五月中旬なのに生徒会長どころか委員長も決まってない」
手の平についたチョークの粉をはらいながら、理由を説明する。 ついでに教壇の上のチョークの粉も、側にあったボロ雑巾で拭き取る。 すると他の男子生徒が―――
「なら何で今まで方っておいたんですか?」
「バカ!そんなの作者がそこまで設定していなかったからにきまっているだろ!」
「……」
誰も反論できなかった。
「えーじゃあまず最初は委員長をきめようか。早く終わらせたいならすすんで手をあげるように」
綺麗な字で黒板に係り役員名を書いてゆく。
「さ、委員長!誰かいないか―――」
話も飛んで、ただ今女子の体育委員を決めている最中。 しかしこれまでスラスラ進んできたが、ここにきて行き詰まっていた。
「おいおい……お前ら体育になるといっつもそれだな…。そんなに飯島先生の事が嫌なのか?」
飯島佐織。 体育の教師。 中々の美人だが、スパルタ過ぎる授業内容な為、あまり人気が無い。
「あ〜島田、お前どうだ?」
「……」
呼ばれた少女は胸のあたりで腕を組んで何も言わずに口の中のガムをクチャクチャ言わしてる。 石原の言葉などヘッドホンをつけた耳に聞こえていないみたいだ。
「おい島田!」
「ナンセンスだね」
島田敦子。 常に耳にヘッドホンとサングラスをしている変わり者。 ボーイッシュに見えるがその辺の男より恐ろしい事をしている。 この間も、敦子にナンパしてきた大学生の右腕を数日間、使えなくしてしまった。 敦子の座席は一列目の一番後ろ。
「ハア…」
そんな敦子の態度に石原はため息をついてしまった。 そのため息を見かねて手をあげた者がいた。
「あの……じゃあアタシが…」
そう言って手をあげたのは林田香。 小さな体系に似合う、肩まで届かないショートヘアの風貌にピッタリな内気な性格の女の子。
座席は一例目の前から四番目。
「おお!林田!君は救世主だ!」
あんまり嬉しいもんだから思わず飛び上がってしまった石原。 皆は嫌な物を見る目で見ている。
「……」
しかし一人だけ、チコはティコとヤコだけをジッと見つめていた。
さっきヤコに見せていた目ではなく、まるで獲物を狙っている猛獣のような目で。
今回の分、内容が少なくてすいません。