4話:ティコは普通にモテる
先生の尋問(?)を耐え抜いて、ヤコは、げっそりやせたような表情で三年B組へ、足を動かしていた。
「如月さーん!ちょっとすいませ〜ん!」
「は?」
ヤコが二年生教室の廊下を通り過ぎた拍子に、後ろから声をかけられた。
振り返ると二年A組のドアから二年の不良グループ四人が顔を出している。
この不良グループは、学校中でもかなり暴力的で有名な四人組だ。
よく同級生をおどして金もむしり取。
三年も被害を受けた事がある。
「ちょっといいですか?」
四人の中の小柄なのが一人、健太がひょいひょいと気味が悪い笑みを浮かべて手招きしている。
心身共にフラフラなヤコは、何も考えずに手招きに従う。
「何か用か?」
肩を落としてダルそうに用件を聞く。
その表情は、何日も飲まず食わずで、腹の中がからっぽみたいにやせた感じ。
「ここではちょっと……。向こうの踊場に行きましょう」
四人組の中のリーダー格の光輝が近くにある階段を指差す。
(何なんや?一体)
四人組に、すぐ近くの二階と一階の階段の踊場に連れられたヤコ。
他の教室のドアからその様子をおそるおそるうかがっていた二年生は今にも殴り合いが起きてしまいそうな雰囲気に、生徒の二人が教師を呼びに行った。
もちろん四人には気づかれないように。
「おいそろそろ用件を言えよ!」
さすがにこうじらされてはヤコの堪忍袋の尾の限界だ。
おかげでヤコの表情に元気が戻ったようだが……。
「いやいやたいした事じゃあないんですけどね」
そう言って、四人の中で一番背丈が大きい洋一郎が、またニヤニヤ笑いながら一歩、一歩とヤコに近づく。
洋一郎だけではない。
他の三人もまるで逃がすまいと言っているかの如く、ヤコをあっという間に取り囲んだ。 こうなれば彼を誘い出した理由もだいたい見当がつく。
「実はおたくに聞きたい事があるんだが……」
光輝がズボンのポケットに両手を入れてヤコの正面に、なれなれしく顔を近づける。
それを見て、顔を引っ込めて嫌そうな表情になるヤコ。
「アンタといっつも一緒にいる川島ティコさんの事なんだけどね、アンタらって付き合ってんの?」
それは普段の日常では絶対に耳に入らない、突然の言葉だった。
「バカやろう!冗談言うな!いつどこで俺達は付き合ってますって言った?」
「なら付き合ってないんだな?」
光輝の顔つきがさっきと変わった。
「おいテメエ!何でそんな事気にすんだ?」
その事に気づいたヤコは、何か不穏なものを感じたのか、自然と、普段とは違った話し方になる。
「いやぁ健太が彼女の事気に入っちゃったらしくてさー、それで彼氏がいるのかアンタに聞いてんだよ」
話してる間に光輝に、肩を組まれた健太は、またニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。
あんまり気味が悪いので何日も洗顔してなくて、顔に汚れが付いているのではないか?と疑ってしまうくらいだ。
それを聞いてさっきまでとは違い、呆れた表情に豹変してしまったヤコ。
それでも相手に対しての警戒を解かずに、いつでも行動にうつせるよう体中の力を入れてる。
「そうか!それなら君らのようなバカな連中なら僕とティコが付き合ってるって全く見当違いな解釈するのも仕方がないだろうな」
まるで相手を、下からくすぐるようなバカにした言い方だ。
その言い方に合わせて、相手をおちょくってる身振り手振りを四人に見せつける。
「うんうん、脳が無い諸君らの唯一大切な青春だもんね。そりゃ大事にしたくなるさ!その青春に僕もちょっとだけ協力しよう」
何も言えずにポカーンと口を開けて像のように固まる四人。
ヤコにとってこんな連中はノラ犬やノラネコを扱うようなもの。
「俺がティコの代わりに答えてやるよ!二度とその面を見せるな!!」
今の発言に、四人は頭の中の何かがプッツンと切れた。
「てめえ!!人が下手にでりゃいい気になりやがって!」
ついに頭が大爆発した健太がヤコに右拳を振り上げ、殴りかかる。 しかしそれを難なく避けると右腕をつかんで、柔道のように倒した。
「へんっ!何がだ!お前なんかと付き合うくらいなら虫と付き合った方がマシだ!」
「この野郎!」
他の三人もヤコに殴りかかる。 だがヤコは猫をあやすかのように不良グループをねじ伏せる。 傷が残らない加減で四人を殴り倒したヤコは、倒れている光輝をまたいで教室に走った。
それにしても朝っぱらからいろんな出来事が一つあり、ニつありと続いき、何かに精神を吸い取られる感じで酷く疲れてしまった。
二時間目の体育はサボろうと決めたのだった。
ガラッ
急いで走ったものの、教室ではもうHRも終わってる。
皆も、席から尻を離して雑談している。
疲れて思うように動かない体を頑張って押してなんとか自分の席に到着したヤコ。
だが座った直後、空気が抜けた浮き輪のようにへなへなとしぼんだ。
「よおヤコ」
後ろから肩をポンと叩かれた。
叩いたのはヤコの友達の保本達弘だった。
「なんだ達弘か……」
「どうした?元気がないじゃないか!先生にしこたま絞られたのか?」
「うるせえな〜。俺はこれから一眠りするんだからそっとしてくれ」
こういう時に彼の他人の事情を考えない性格が活かされる、それも悪い方に……。
「それより聞いてくれよ!!佐久子のヤツ!さっき教室に来て急に別れてなんて言いやがったんだ!!」
周りの生徒の視線も気にせずに大声でヤコに怒鳴る。
その目にだんだんと涙を浮かんできた。
「そんな突拍子もない事言う抜け作、こっちからフッちまえ」
適当に吐いた言葉だが、他人の言動に流されやすい達弘はその言葉に胸うたれた様子。
「そ、そうか!そうだよな!よぉーし!このモヤモヤな気持ちを吹き飛ばす為に、今からグラウンド出て走って来るぜ!あんな女が何だ!」
勢い悪く教室を飛び出した達弘。
その後ろ姿はどこか寂しそうな気がした。
「うっさいなぁ……。眠たいのに……」
「眠気覚ましの目薬持ってるからどうですか?」
また後ろから声がして、後ろから目薬を持った手が出てきた。
「え?いいのか?ってお前は誰だよ?!」
目薬を差し出してきたチコに見覚えないヤコは驚いてイスから飛び上がった。
「あ、すいません僕今日この学校に転校してきた桃井チコと言います!」
「今日転校してきたって?そりゃ……」
「あ、目薬どうぞ」
今度はさわやかな笑顔を浮かべて目薬を差し出した。
「うん、どうも」
それを快く受け取ったヤコ。
目薬をさしているヤコを見て、チコは密かにクスッと笑った。