EP84 ライブ <キャラ立ち絵あり>
「おはっす!今日も元気百点で行こう☆」
待合室にいる花の元に、昨日気を抜くなと言ったばかりのシンが、気を抜き切って入って来た。
「実質的には今日が本番なのよ。気を抜かないでくれるかしら。」
花は鏡を向いたまま、シンの方へ視線も向けずにマスカラを塗っている。
緊張しているのか、口調は普段通りだが雰囲気が刺々しく感じる。
「そんな事言うなってぇっ~!」
花の妙に素っ気ない態度に刺激され、シンはウザ絡みモードに入った。
大きく腕を広げて、座ったままの花に背後から迫った。
シンは肩に手を置き、優しく叩いてやるつもりだったが、それは叶わなかった。
花の肩はするりと彼の手先から逃れ、華麗な身のこなしでシンのリーチ外へ避けると、今度は逆にシンの方へと歩み寄って来た。
「アンコールが来た場合の事は考えてあるわ。スポットライトは必要ないから安心して。
舞台袖には絶対に誰も来させないで。いいわね?何があってもライブは中止させないでね。」
花は矢継ぎ早に指示を出すと、ステージの方へと歩いて行った。
(えぇぇ……アイツ、テンション低すぎだろ……。もしかして、勘づいたのか!?困ったなぁ……。
ていうか、昨日はマスカラなんて塗って無かった気が……。やっぱ気付いたのか……?)
一人残されたシンは、先行きが不安になっていた。
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先日と同じ魔法ショーが滞りなく終わると、不安げなシンが上層から見守る中、遂に花の出番が来た。しかし、自らの考えが杞憂であったと感じさせられた。
「みんな~!!今日は見に来てくれてありがとうっ!!」
花は昨日と全く変わらない調子で登場すると、観客席全体に向けて可愛らしい声で語りかけた。
観客たちも昨日と同じように、大きな歓声でそれに応える。
そこに、昨日との違いは何もなかった。
(何とかなってよかった。後は最大転調で俺らがミスらなければ良い。)
シンが密かに胸を撫で下ろすと、花の歌が始まった。
(よしよし、俺の中学卒業式みたいに台本に無い事をやって、雰囲気をぶっ壊したりしないみたいだな。)
シンは精神状態がおかしくなった花が、とち狂った行為に走るのではないかと思っていた。
しかし、どうやらそれも無いと知り、目を瞑ったまま歌声に聞き惚れていた。
ただ、シンの勘は完璧では無いが当たっていた――。
「な、何か……今日の花ちゃん、色気ヤバくないか?」
「う、うん。振り付けは昨日と同じなのにな……。」
「手先かな……?いや、腰回りが……。」
シンの手に握られた無線から、各所に配置された男たちの評論が聞こえて来る。
美しい歌声に包まれて、和やかな気分の中に融け切っていたシンにとっては、男たちの粗雑な声など熊の唸り声のようなものである。
夢見心地で点に舞い上がるような感覚から、急速に地面に叩き落されたシンが不機嫌になるのは当然の事であった。
「てめぇら!もっと集中しろ!スポットライトは絶対に失敗できな…………え?」
シンは目を血走らせながら無線を開いて、喝を入れようとしたが他の事に気を取られてそれは出来なかった。
男たちの評判は、その全てが完璧に的を得ていた。
ステージ中央で踊る花の周囲に、目に見えない桃色の風が漂っている。いや、そうとしか表現しようのない幻想的な光景が繰り広げられていたのだ。
観客席からも騒めきの声が上がっているが、それは不評だからでは無かった。
花の”可愛らしさ”を捨てた”美しい”踊りに老若男女が見惚れているのだ。
「と、取り敢えず!最大転調に備えろ!」
シンが慌てて合図をすると、無線からは”了解”という返事が、しっかりと16人分返って来た。
その後に来た転調に合わせて、男たちは昨日と同じかそれ以上に完璧な照射を行った。
心中穏やかで無いシン達スタッフをよそに、花のコンサートは終了した。
結局のところ、ステージを覆う桃色の風は晴れる事は無かった。
歌い終えた花が昨日と同じセリフを述べて立ち去ろうとした時、観客席全体からある言葉が飛んだ。
「アンコール!!!」
「……分かったわ、着替えてくるから待っててね!」
花はそう言うと、壮大な歓声を背に受けながら舞台袖へと入っていった。
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ステージから姿を消した花は、僅か数分後に舞台袖から現れた。
衣装は、がらりと印象を変えた別物に着替えられている。
清楚さを前面に押し出したピンク色のワンピースではなく、高校生の制服のような黒いブレザー。
その上から、赤色のヘッドホンを首にかけているという恰好で、スカートは膝が隠れないぐらいには短い物を着用しているが、短すぎるというわけでも無い。
その服装から、観客はこれまでとは180度方向性が異なるコンサートが始まろうとしているのだと、思い知らされた。そして、それに不満を漏らす者は誰一人としていなかった。
「みんなお待たせ!ここからが楠木花の”ライブ”だよ!楽しんで行ってね!!」
花が声を大きく張って観客席に呼びかけると、巨大な歓声がホールを通り越し、外壁を取り囲む聴衆を包み込んだ。
観客の反応を確認した花は、何処から取り出してきたのか分からない、黒のエレキギターを構える――。
そこから先は花の独壇場だった。
もはやライブの域を超えた驚異的な何かが、花によって繰り広げられたのだ。
まず群衆を驚かせたのは、凄まじい声で歌い上げる花の姿だった。
かなり激しく歌っているのに、全くもって掠れる事の無い歌声は人々を釘付けにした。
そして、いくら振り乱しても一切崩れることの無い花の美しい髪は、凄絶に奏でられるエレキギターの旋律と共に、ステージを覆う桃色の風をクリムゾンに塗り替えた。
「ここからが本番だ!」
間奏に入った花はギターを空中に放り投げると、太腿に隠し持った10本のナイフを取り出し、観客席へと投げつけた。
テンションが限界突破しているのか、口調が普段の彼女とは異なっている。
凄まじい速度で観客に目掛けて飛んで行った花のナイフは、衝突の直前になって空中に止まった。
彼女が指揮者のように両手を振ると、それぞれのナイフは四方八方に飛び散り、自由自在に空中を旋回する。
花はその後もアクロバティック且つ危険な行動を、驚異的な身体能力を持ってこなして見せた。
空中を飛び回り、クルクルと回転し、稲妻と炎を身に纏い、氷の柱を出現させる。その動きは正に、人間の域を超えている。
恐怖と興奮の入り混じった狂宴は大歓声のもとに幕を閉じ、観客席には一人の男が残された。
その男の耳にはやはり、金色のイヤリングが掛けられていた。
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「見事だったぞ、楠木花。」
男は花に声をかけた。
雰囲気こそ紳士を装っているが、目はジロジロと花を品定めするように花の体を見渡している。
「お褒めにあずかり光栄でございます。是非、私の手料理を楽しんで行ってください。
今夜の宿は格別な物を取ってありますので、後で温かい物をお持ちいたします。」
花は全身から不快感が溢れ出ていたが、表情からはそれを見せなかった。
「悪いがもう待てないんでな。今すぐ来てもらおうか。料理など後でいいのでな。
安心しろ、シャワーくらい浴びさせてやるさ。」
男は遂に本音を持ち出してきた。しかし、花は笑顔を取り繕ったままそれに応じる。
「申し訳ありませんが、何をおっしゃっているのか、私には分かりません。」
その時、花の笑顔に激しい憎悪と殺意が籠った。
「とぼけるなよ。意味が分かっているから先程、急に激しいダンスを見せたのだろう。
自分を強いと思わせるためだろうが、私に捻じ伏せられないと思うのか?馬鹿な女だ。」
男は最早、本音を隠す気が無くなったのか花の肩を抱き寄せて、ホールから強引に連れ出して行った。
誰一人として、それを止めようとする者は居なかった――。
考えてみると、この小説のおっさんキャラは犯罪者予備軍が多い気がする・・・。




