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EP83 コンサート


 サムが連れて行かれてから一カ月、即ちコンサートの開始宣言から一カ月が経った。


 彼は未だにシャノンに帰還してはいなかったが、計画の方は順調に進み、ごく少数ではあるが漁師たちの中にマスターウィザードに覚醒する者も現れた。


 花のダンスには圧倒的にキレが増し、歌声も絶好調と呼ぶにふさわしい物だった。

 コンサートの会場となるホールもオーナーが気前良く、無料で貸し出すことを許してくれた。


 そして、遂にその日が来た――。


「花、いよいよ十分後が本番だ。調子はどうだ?」


 シンはお約束のセリフを言って、花の緊張を解こうとしていたが、その必要は無かった。


「最高調だわ!ラララ~♪」


 花はその歌声をいつも傍で聞いていたシンでさえ、驚くほどの高音を出して見せた。


「それは良かった。だけど張り切りすぎるなよ。本番って言っても明日もあるんだからな。

 初日で喉が潰れたなんて笑えねぇぞっ!アッハッハッハ!」


 シンは冗談交じりに忠告したが、花の心にはしっかり響いた。


 実は、シンが当初予定していた観客数のほぼ二倍近い人が、コンサートのチケットを買っていたのだ。

 そのためシンは急遽、ホールを二日連続で使わせてもらうようにオーナーに頼んだ。流石に無茶だろうと思ったが、オーナーは更に喜んで貸し出してくれた。

 サーペントの総監が来るのは二日目で、例の接待はコンサート後に行われることになっていた。


「分かったわ、大丈夫よ。舞台には慣れてるから♪

 ……あっ、言って無かったわね。私のママは昔、歌手をやってたのよ。だから私は合唱コンクールにも出たことあるし、合唱団にも入ってたわ。

 ちなみにパパはお寿司屋さんをやってるの。料理はパパから教わったわ。」


「やっぱ俺凄いわ~、人の才能を見抜く才能あるわ~。いや~流石だ……何でも無いです!」


 シンは花が自分の事を冷めた目で見ているのを感じ、訂正した。


「ま、頑張って来るわよ。みんな待ってるしね♪」


 そう言うと、衣装を着た花は立ち上がった。

 いよいよ、花のコンサートが始まる――。


~~~~~~~~~~


 花が出てくる以前のステージはミナト、もとい雷夜の魔法ショーを模したプログラムが組まれ、観衆を温める役割を担っていた。


<マスターアクア!>

<マスターフロスト!>


 二つの上位呪文、と言っても上位の中では最下級の呪文が空中でぶつかり合った。

 巨大な氷柱が何もない空間から出現し、落下していく。


<マスターブレイズ!!>


 別の男が炎の上位呪文を繰り出した。今度は上位の中級である。

 氷柱は一瞬にして蒸発し、ステージ上に美しい虹をかけた。


「ううぉおおおおお!!!」

「すげぇっ!!」

「俺も魔法使いてぇっ!!」


 ステージ上にいるのは本命である美少女ではない。

 しかし観衆たちは、目の前で繰り広げられる人知を超えた光景に、完全に目を奪われていた。


 ショーはその催しを最後に終わりを迎え、ステージ上が花の邪魔にならないように掃除された。


 そして、”本命”が現れた――。


「お待たせしました!今回お集まりくださった皆様は、これを期待していらっしゃったのだと思います!

 それではご登場いただきましょう!アイドルという肩書き(……)を名乗る歌姫、奇跡の美少女・楠木花です!!」


 ホール全体の歓声が収まり、スポットライトがステージの中央に集まった。




「みんな~!!今日は集まってくれてありがとうっ!!!」


 ホール中央の床がせり上がり、満面の笑みを浮かべた花が浮き上がってきた。

 ステージを囲む観衆に向けて、全体に見えるように体全体を使い、大きく手を振っている。


「ううぉおおっ!可愛いっ!!」

「あれがアイドルかぁ~っ!!!」

「さすがだよ花……!」


 観衆は歌う前から花の事を褒めちぎっている。

 感動して涙を流す者、呼び捨てにして嫁アピールを欠かさない者、自分を見てもらおうと身を乗り出す者など、様々である。


「それじゃあ、歌います!!!」


 花が宣言すると、ホールは完全に静まり返った。

 少しでも歌声を聞こうと、耳をステージの方に傾ける者は姿が視認できなくなるというジレンマを抱えていたが、それはマイクとモニターという文明の利器によって解決された。


 花はマイクを手に取ると、遂に歌い始めた。


 花が歌った歌、それは思いの外”静かな曲調の恋の歌”だった。作詞作曲は楠木花である。

 静かな曲調に合わせるように、スポットライトもたった一本しか照らされていない。


 観衆は盛大に始まると思っていた歌が中々に暗い調子で始まったので、かなり面食らった。

 しかし歌っている花が可愛いのと、アイドルという物が何なのか良く分らないという理由で、何とか誤魔化されていた。




 しかし、ここで終わる楠木花では無かった――。


「来るぞ最大転調が!L5からL8、R5からR8は一斉放射だ!花の目に直撃しないように気を付けて、センター付近を照らせ!

 残った1から4は半径三メートルから十メートルを指標に、拡散と収縮を切り替えながら左回りに旋回しろ!!!抜かるなよ!!!」


 ステージを囲むように、少し下向きに傾いて設置された観客先の更に上にある、スポットライトデッキで、無線を使ったシンの素早い指示が跳んだ。


 そして、八機のスポットライトが四方から中央に差し込まれ、残りの八機が花の周りを整った間隔で旋回し始めた。

 螺旋状に連なっていく光は、花から放たれるエネルギーのように観客席からは見える。


 花はそれに合わせるように、一気に曲調を変えた。

 下を向き目を瞑っていた悲壮感の溢れる様子は消え去り、軽快なステップを踏み、くるくると回りながら歌い上げていく。

 難しい転調を難なくこなした花は、観客先へのウィンクなども欠かさずに行う。


 観客たちも繭から飛び立ったアゲハ蝶のような花の様子に、思わず手拍子を叩き始めた。


 圧倒的なボルテージを伴った花のコンサートは、観客たち一人ひとりの心の中に完璧な形で余韻を残し、最後は花の魔法を使った究極の演舞によって幕を下ろした。




「みんなぁ~!今日はありがとう!明日もコンサートはあるから、歌声だけでも聞きたい人は是非残っていってね!!」


 花はシンに指示された通り、自然な形で宿泊客(金づる)を増やした。

 実際のところ、ホールの外で歌声だけでも聞きたいと思っている者は少なくなかったので、大半はもう一晩の宿泊を決めた。


 シンは花に、最後の言葉に含められた意味を教えていなかった。お人好しの花は、それを知れば言わないと思ったからだ。

 その目論見は完璧に成功したと言えるだろう。実際のところ、花はまた自分の歌声を聞いてもらえる事を、純粋に嬉しがっていた。

 もっとも、翌日に行われるのは今日と同じ演目ではないのだが、シンを含むスタッフはまだ、それを知る由もない。


 ただ、花の胸中を支配しているのは別の事だった。


 観客席を見渡しながら歌っていた彼女の瞳に、またも”有り得ない物”が映ったのだ――。


(な、何で観客席に”清也”がいたの!?雪山に帰ったから、コンサートは見ないんじゃ!?

 しかも、歌い終わったら姿が無くなってるし……どういう事なの!?)


 難しい曲を完璧に歌い上げた花であったが、またも現れた思い人の生霊によって心中は穏やかではなかった。


~~~~~~~~~~~


「やったなぁ花!初日は大成功だ!」


 シンは歌い終え舞台袖へと戻ってきた花と、ハイタッチをした。

 花の方も無理やりに笑顔を作ると、それに応えた。


「思い返してみると、このホールってかなり最先端よね……?

 ビデオ撮影の技術が、この世界にあるとは思えないんだけど……。

 見てくれた人が感動したのは、そのおかげかもよ。」


 花は少し謙遜して見せた。

 しかし、シンはそれが謙遜だという事が手に取るようにわかる。


「いいや、お前の歌声とダンスのおかげだよ!

 それに、お前らも難しい指示を完璧にこなしてくれて、マジで助かった!明日もこの調子で行こう!!!」


 シンが漁師たちを称えるように盛大な拍手をすると、全員がそれに応えて手を叩いた。

 そして、明日に備えて今日は早く帰ろうというシンの号令で一同は解散した。結局、シンと花の二人だけが取り残された。


「ね、ねぇ……シン……。」


 花は漁師の後を追おうとするシンの袖を引っ張った。


「なんだ?」


「今日のコンサート……清也いなかった?観客席に……。」


 花は恐る恐る聞くが、シンは驚くほど能天気に返した。


「あぁ~それは幽体離脱って奴っすわ。花のコンサートが見たくなって魂が抜けちゃったんだな☆

 明日は例の接待客も来る。賓客も明日に集めておいたから気張っていけよ!」


 シンは適当な(チャラい)感じで返すと、花を置いて先に行ってしまった。


(そうかぁ……明日は接待なのかぁ……やだなぁ……。)


 花は急にお祭り気分が抜け、猛烈な疲れが襲い掛かってきた。

 舞台袖にある椅子に腰を下ろすと、大きくため息をついた。

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