EP78 消失
「ほんとに?ほんとに、どこ行ったか知らないの?
一緒の部屋に居たんだよね?何で知らないの!」
花はかなり錯乱している。シンの肩を強く揺すりながら、涙目になって叫んでいる。
無理もない。良い雰囲気になっていた恋人が突然体調を崩して、気が付いたら姿を消していたのだ。
「お、俺も寝てたから分かんねぇよ……。」
心配と落胆で押しつぶされそうになっている花に、シンは強く言えなかった。
「突然、体調が悪くなるのは失踪する予兆なんだから、ちゃんと見張ってないとだめじゃない!!」
「そんな……高校生探偵じゃあるまいし……。」
シンは必死に弁明しようとするが、清也が居なくなった理由も目的も分からない上に、花に同情する気持ちが強くなっていたので、やはり強く言えなかった。
幸せの絶頂から叩き落された花は、シンに逆恨みともいえる暴論をぶつけているが、本人にもシンに非が無い事は分かっていた。
「師匠の下へ帰ったんじゃないか?急いで帰らないと、修行が終わらなそうだし……。」
シンは考えうる限り、最も現実的な可能性を述べた。
花はいなくなった理由に一応の推測が立ち、胸を撫で下ろした。
しかしすぐ何かに気付いて、部屋から飛び出していった。
シンが寝室でこの奇怪な出来事に困惑し立ちすくんでいると、慌てた彼女が部屋に入ってきた。
その顔には、恐怖と驚愕の色が浮かんでいる。
「どうやって……?」
花はたった一言だけを発した。
「……何が?」
シンには、花の言葉の意味が分からなかったので聞き返した。
「扉も窓も使わずに……どうやって出ていったの?」
どうやら清也は、花の視界の中央に映り続ける出入り口の扉を通らず、二階にしか存在しない窓も通らずに、この建物からいなくなったようだ。
花が確認した人が通る事の出来る全ての窓は、内側から施錠されていた。
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「まぁ、そう気を落とすなって。」
シンは完全に意気消沈してベッドに横になってしまった花を、必死に励まそうとするが、背を向けられたままでは暖簾に腕押しも良い所である。
「やっと会えたのに……何でいなくなっちゃうのよ……。
全部、夢だったのかな……。うぅっ、ひぐっ、うわぁぁぁんっ!!」
花は本気で泣き始めてしまった。
シンはもはや、完全にお手上げ状態である。「希望を得た人間ほど、深く絶望する生物は居ない。」という友人の言葉が、真理をとらえていたと痛感させられた。
(一つだけ励ます方法が有るには有るけど、”ヤったこと無い”らしいしなぁ……。)
シンはナンパ同好会直伝の最終手段として、本能的に励ますという方法を思い付いた。
しかしリスクが高いうえに、清也を諦めきっていない現状では、更に落ち込む可能性があると考えた。
しかしそれ以上に、シンを思い留まらせたものがあった――。
「アイツ……めっちゃ可愛いかったなぁ……はぁ……。」
心の中に抑え込んでいたはずの言葉が、自然と口の端から漏れ出た。
花はその言葉に敏感に反応した。
「アイツって、誰の事?」
花は急に泣き止むと、シンに尋ねた。
どうやら、恋バナの匂いを嗅ぎつけたらしい。
「それがさ、さっき見た夢なんだけど……。」
花が興味を持ったこの話題に、シンは誘導する事にした。
それが現状で最善の選択であると悟り、見た夢の内容を細部まで余す事なく話したのだ。
「……そっかぁ♡私と清也、仲良さそうにしてたのね♡」
花は一しきりシンの話に耳を傾けると、満足そうに笑った。
たとえ夢の中であっても、自分と恋人が変わらずに楽しく過ごしている事がこの上なく嬉しいようだ。
シンは此処で、あと一押しと言わんばかりに花を茶化した。
「そう言えば、夢の花はお腹周りが膨らんでた気がするなぁ!!!
もう若くないんだし、食べ過ぎてはいけませ……す、すいませんでした……。」
シンは、花が彼の予想を超えた怒りを溜め込んでいるのを察し、その迫力に押し負けた。
しかし、夢の内容を細かく再び脳内に描き出すと、確かに花は少しふっくらしている気がした。
「私はこれ以上、老いる事は無いので。」
花は少しだけ留飲を下げて、怒りの表現を適度なふくれっ面に収めた。
しかし、目は笑っていなかった。
「それにしても……可愛かったなぁ……。」
シンは花の憤慨を払い除ける様に、再び感傷に浸り始めた。
「……それ、もしかしたら予知夢なんじゃ無い!?」
花は突然、突飛なことを叫んだ。
シンには伝わらなかったが、これは夢の中で幸せそうにしていた彼を、茶化し返す意図で発せられた物だった。
「俺、そろそろ彼女が欲しいと思ってたんだよなぁ!あんなに可愛い子、正直見たことない!!!
性格も俺好みの女子だったし、顔も…………あれ?」
シンは突然、言葉が出てこなくなった。
そして、今更になって重大な事実を察知した。
「俺……彼女の顔を覚えてない……。」
「えぇっ!?そんなわけ無いでしょ!だって可愛いって……。」
花は驚きを隠せなかった。
ここまで褒めちぎっておいて、顔という美貌の中枢要素の一環が抜け落ちているなど、有り得ないと思ったからだ。
「俺とした事がしくじった……。でも、一つだけ確信が持てる。
彼女に会えば、相手がきっと分かる!そんな気がするんだ!」
シンは子供のような笑顔を浮かべながら、高らかに叫んだ。
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「私は明日の朝食べるから、夕飯のステーキ冷めないうちに食べちゃってね。二枚食べていいから。」
花はそう言うと、掛け布団を被ったまま目を瞑った。
まだ時刻は6時を回ったほどであったが、様々なことが起こりすぎて疲れ切っていたようだ。
シンは一階に降りると、厨房に向かった。
すると花が言った通り、ステーキが鉄板の上で”二枚”、こんがりと焼き上がっている。
「おぉっ!?美味そうじゃねぇか!!」
シンは感嘆の声を上げた。その声には少し、驚きの色も混じっている。
興奮しながら二枚のステーキを皿に移すと、テーブルに持って行き、すぐさま噛り付いた。
「美味いっ!!すげぇなアイツ!!」
シンは一枚目を数秒で食べ終えると、二枚目もその勢いのままにたいらげた。
「ご馳走様でしたぁっ!!」
シンは誰も聞いていない感謝の言葉を述べると、礼儀として皿を丁寧に洗い、片付ける。
その後、シンが部屋に戻ろうとすると、扉が開いて漁師たちがなだれ込んで来た。
「大将!花ちゃんがアイドルになるって本当ですか!?」
「聞きましたか!?花の夫の座・争奪戦では一人の男が無双したらしいですよ!」
「そんなくだらない事よりも、花ちゃんの彼氏が来たって噂は本当ですか!?」
「お前ら…………花のこと好きすぎだろ!!!
今日はいろいろあったんだ。飲みながら話そうぜ!あっ、アイツ寝てるから静かにな。」
シンが唇に指を当て、静かにしろと合図したのが宴会の始まりだった。
比較的静かめなその宴会は、多忙な一日の有終の美を飾るように一晩中続いた。
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翌日、花は早くに目を覚まして、まだ酒臭さの残る一階に降りてきた。
「ふわぁ~よく寝た……。朝ごはんか……流石に重い気もするけどなぁ……。」
花は独り言を呟くと、厨房に向かった。
しかし、少し呆れたような声を上げた。
「朝からステーキは重いって、私も思うけどさぁ……。
”二枚食べて良いよ”って言われて、”三枚とも”食べちゃうかぁ……。
まぁ、いっか。冷めちゃう前に食べてくれたなら。」
花は少し落胆した声を上げた後、ソソクサと朝食の準備を始めた。
征夜がどこへ行ったのか、一体何をしていたのか。
それに関しては氷狼神眼流編で描いてます。今回の話は、EP130周辺と繋がっています……!




