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EP76 鍛錬


「お待たせ致しました♡」


 花は厨房に立ってから、五分と経たないうちにお盆に乗せて皿を運んできた。


 それは巨大なオムライスだった。

 調味料と共に炒められた赤いご飯の上に黄色い卵焼きが乗っかり、甘くてスパイシーという両極端な匂いが漂っている。

 当然のように卵の上には「大好き♡」とケチャップで書かれている。


「私の愛情たっぷりオムライス、召し上がれ♡」


 エプロン姿の花は、愛嬌に満ち溢れた魅力的な笑顔を浮かべて清也に皿を差し出した。


「僕も大好きだよ♪とっても美味しそうだね!」


 清也は何かを隠すように、満面の笑顔を浮かべている。


「大胆やなぁ!」


 シンは大笑いしているが、少しだけ顔が引きつっている。


 二人とも、文字に関して別々の感想を述べている。

 しかし実際のところ、清也とシンは心の中で同じ反応をしていた。


(これ……大丈夫かな?)


(明らかに辛そうやんけ!!)


「さぁ、口開けて♡」


 花は何故か、清也が使うはずのスプーンを握っている。

 訳が分からずに困惑している清也を見ると、花は顔を赤らめながら爆弾発言を投下した。


「あっ、口移しがいいの?食べさせてあげようと思ったんだけど……清也がして欲しいなら……♡」


 花は少し恥ずかしそうにしている。


「鳥の雛じゃねぇんだし、そこまでしなくてい良いだろ!!」


 さすがのシンも、耐えきれなくなって叫んだ。完全に引いている。


「清也もそう思うの?」


 花は表情を変えることなく、笑顔のままで清也に聞いた。

 清也の方も若干引き気味で、首を縦に振ることしか出来ない。


「そっか……じゃあ、”あ~ん”してあげるね♡」


 花はそう言うと、スプーンでオムライスの端っこを掬い、清也に近づけた。

 どうやら、花の中に清也が自分で食べるという選択肢はないようだ。


 清也はこれを食べていいのか分からずに、シンに判断を仰いだがシンの方は「断ったらヤバイ!」と言わんばかりに、清也を顎で指示している。清也はそれを見て完全に意を決した。




 パクッ、清也は差し出されたオムライスを食べた。いや、花が持つスプーンに噛り付いた。

 最初は清也が予想した通り、かなりスパイシーな味がした。

 恐らく唐辛子のような食材を入れたのだろう、舌全体に激辛というほどでは無いが、ピリッとした痛みが広がる。


 オムライスに必要の無いはずの異常な辛味の発現に、清也は花が料理下手なのだと瞬時に考え付いた。


 しかし、それは間違いだった。

 辛さで鼻の奥が痛くなる寸前になって、米の辛味を中和し切らずに程よい味に仕上げる甘みが、ゆっくりと広がってきた。

 それはオムライスを構成するもう一つの重要な要素、卵の甘味だった。

 辛すぎず甘すぎず、味がしないわけでもない。そんな奇跡的な感覚が、清也の口の中を支配していく。

 その感覚はゆっくりと清也の体全体を包み込み、魂を震え上がらせた。


「味のIT革命や~!!!」


 清也は驚嘆と歓喜、最上級の賛美を叫んだ。


「良かった♡ほら、あ~ん♡」


 花は清也の発言の意図、由来を理解し満面の笑みを浮かべている。


(味のIT革命って何だ!?俺知らねぇんだけど!!!)


 シンは絶妙にネタが分からなかった。世代ではなかったようだ。


~~~~~~~~~~~


「あぁ~美味しかった♪三か月ぶりにまともな食事を食べたよ!!

 本当にありがとう!!料理、とんでもなく上手だね!!ご馳走様!!!」


 清也は直径30㎝の大皿に盛られたオムライスを、わずか10分足らずで食べ終えると、涙を流しながら次々と感謝の言葉を発した。


「お粗末様でした♡私の料理、家族以外で食べるの清也が初めてだけど、口に合ったみたいで良かった♡」


 花は嬉しそうにウインクをした。

 そして、厨房へと走っていくと牛乳瓶らしきものを持って来た。


「喉乾いたでしょ?」


 花はそう言うと、コップにその液体を注ぐと清也に渡した。


(気が利くなんてレベルじゃ無い……エスパーなのか!?)


 清也は下らないツッコミを心の中ですると、その液体を飲み干した。

 牛乳にしてはかなりあっさりしているが、数カ月ぶりの味に清也は感動した。


「あなたのために一生懸命作ったから、美味しかったみたいで良かったわ♡」


 花は清也を見つめながら、事実をかみしめるように声をかけた。


「牛乳とも合うね!!」


 清也は飲み干した後の瓶を机に置くと、称賛の言葉を付け足した。


「まぁ、それ羊のミルクなんだけどね。また作って欲しい?」


 花は補足を加えると、清也に聞き直した。


「うん!また作って!!」


 清也は花の問いに即答した。


「ウフフ♡あなたが望めば、あなたのためだけの卵、いつでも作って出してあげるからね♡ミルクも出してあげる♡」


 花はこれを、プロポーズの時の「味噌汁を作ってください」のような比喩として、純粋な気持ちで言った。

 心が綺麗な清也は、彼女の意図を順当に理解した。




(とんでもねぇ下ネタぶち込むやんけ!!!マジで何言ってんだアイツ!!??)


 ”普通に”心が汚いシンは、破壊力の高いジョークとして受け取った。


~~~~~~~~~~


「……というわけで、僕は修行させてもらってるんだよ。」


 清也は昼食を食べ終わると、一時間ほど掛けて花たちにこれまでの軌跡を話した。


「大変だったのね……可哀そうに……。」


 花は若干泣きそうになっているが、清也の話した修行は少年誌などでは良くある内容であった。


「ジャ〇プなら、それくらいは普通だろ。」


 シンは割と冷めた反応をしている。清也もシンと同じ感想だった。


「心配しないでってば!自分で言うのも変だけど、僕はどんどん強くなってるしね!!」


 清也は道着の袖を捲り上げ、腕に力を込めた。


 筋トレに詳しいシンはもちろん、あまり知識の無い花でさえわかるほど、清也は筋肉質になっていた。

 体形はほとんど変わらずに細身ではあるが、以前のヒョロヒョロな腕は見る影もない。


「あぁうう♡カッコいい~♡えいっ!!」


 花はふざけて、清也の腕にぶら下がってみた。当然、振り落とされるのは承知の上だ。


 しかし、清也は片腕で花を支え切っている。

 花とシンは驚いたが、清也自身も驚いている。


「あ、あれ?僕ってこんな力持ちだったかな……?」


(おかしい……あの筋肉量じゃ無理なはず……。)


 シンも首をかしげているが、花はお構いなしだ。


「うわぁぁ♡凄いね清也♡」


 花は蕩け切った表情で清也を見つめている。

 清也も男だ、そんな目で見つめられれば気分が良くなる。


「花がとっても軽いからね♪多分、肩車もできるよ♪」


 清也は調子に乗り始めた。

 腕に抱きついた花を、そのままの流れで肩に乗せる。


「ふわぁぁ♡しゅごいぃ♡」


 花は肩に乗せられた辺りで、限界が来て間抜けな声を上げた後に、完全に気を失ってしまった。

 花が自らの背筋で持ち上げていた上半身が、清也の頭に覆いかぶさって来る。


(おわっ!む、胸が……!)


 清也は両耳をふさぐ形で密着した花の胸部に、思わず声を上げそうになったが、何とか堪えると花を横向きに抱きかかえた。


「花を寝かせられる場所無い?」


 清也がそう聞くと、シンは二階の寝室を指さした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 清也は花の部屋のベッドに、彼女を降ろすと「おやすみ♪」と声をかけた。

 しかし、清也がそう言った瞬間、自身にも強烈な眠気が訪れるのを感じ、一瞬だけ目を瞑った。




「すまない……。強引に起こすのは気が引けるんだが、時間が無い。

 本当は君の寝顔をもっと見ていたい……。だが、こうしているのも疲れるんだ。」


 清也は別人のように大人びた声を発すると、花の耳の近くで指を高らかに鳴らした。


パチィーンッ!


「う~ん……あれ?私、寝ちゃってた?」


 花は目を覚ますと大きく伸びをした。


「ごめん、起こしちゃったみたいだね。」


 清也は我に返ったような様子で、起きた花を見つめている。


「あっ、清也がここまで運んでくれたの?」


 花は嬉しそうな表情で聞いた。


「うん、降ろしたときに起こしちゃったみたいだね。」


 清也は申し訳なさそうに手を合わせた。


「清也……ごめんなさい。私重かったよね。」


 花は申し訳なさそうな顔をしている。

 先ほどのハイテンションさを、今になって恥じているようだ。


「いや、大丈夫だよ。全然重くなかったし♪」


 清也は実際のところ、花から何の重量も感じなかった。


「でも……凄い汗だよ?」


 花は目を見開いて心配している。

 清也自身は言われてから気付いたのだが、かなりの汗をかいており、首や耳の裏側は水浸しである。


「ははっ、心配しなくていいよ。起きたのなら下に行こうか。」


 清也は再び、花を抱き起そうとした。

 しかし、さっきの事で反省したのか、花はそれを拒否した。


「お姫様抱っこは嬉しいけど、あなたに負担を掛けたくないから。」


 花はそう言うと、自分の足で立ち上がった。

 三か月ぶりの再会に興奮しすぎたと、猛烈に反省しているようだ。


「分かった、辛かったら言ってね。」


 傍から見れば汗を多く掻き、明らかに辛そうな清也の方が、心配の言葉をかけた。


~~~~~~~~~~~~~~~~


「あれ?早かったな。」


 シンは意外そうな声を上げた。


「花が起きたからね。」


「シン、ダンスの練習の続きしないと……。

 へ、下手だから清也はあんまり見ないでね……!」


 花は恥ずかしそうに目を背けた。


「そういえば、花は何でダンスの練習してるの?」


 清也は不思議そうな顔をしている。

 花は恥ずかしがって答えようとしない。


「花はアイドルになるんだ。数日間だけ。」


 シンは特に遠慮することなく答えた。


「バカぁっ!!何で言っちゃうのよ!!」


 花は本気で怒っているようだ。どうやら、清也にはこのことを知られたくなかったらしい。


「……何かわけがあるんだろ?教えてよ。」


 清也は花に笑いかけた後、シンの方を「理由によっては殺す。」と言わんばかりの目で睨み付けた。


「実はね……。」


 花はその後、同じように一時間ほど掛けて、清也と離れてからの出来事を詳細に話した。


「なるほど……だからダンスが必要なんだけど、踊り方が分からないと……。」


「うん……振り付けの問題じゃなく、ダンス自体が踊れないのよ……。」


 花は直感で、才能を超えた壁が自分とダンスの間にある事を察した。

 それは恐らく、振り付けやダンスの種類に関わらず隔てているのだと。

 シンに見せた美しい踊りもある意味、完璧からは程遠かった。


 清也はそれを聞くと顎に手を当て、虚空を見つめながら何かを考え始めた。

 そして、何かを思いついたかのように、花の方へと向き直った。


「ダンスであれば、アイドル向きじゃなくてもいいかな?」


 清也は、何かを期待しているかのような表情で花に聞いた。


「うん、多分何かきっかけがあれば踊れるようになると思う。」


「シン、この建物に蓄音器はあるかい?」


「あぁ、だけどクラシック音楽しかないぞ?」


 シンは少し、申し訳なさそうな声で返事した。

 せっかくの解決の糸口が蓄音機と、音楽を用意できなかった自分のせいで、台無しになるかもしれないと思ったからだ。


 しかし、清也は少しも動揺しない。むしろ喜んでいる。


「よし、完璧だ!」


 清也は歓喜の声を上げた。

 逆にシンは清也が何をしたいのか分からず、かなり困惑している。


「一体、何をするつもりなの?」


 花も、シンと同様に清也が何をするつもりなのか分からない。


「花、僕と……社交ダンスを踊ってもらえませんか?」


 清也は花の足元に跪き、右手の甲にキスをした。

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