表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/251

EP75 ただいま


 驚いたシンが振り向くと、背後には"ここに居ないはずの男"が立っていた。


 服装は旅立ったときの物では無く、白い道着のような物を着ている。

 そして、少し逞しくなったかと思われる顔に、穏やかな笑みを浮かべ、未だに座り込んだまま泣き止まない花を見つめている。


「清也!お前何でここにいるんだ!?」


 シンは驚きを隠せない。

 清也は二人とは真逆の方向に向かって旅立った上に、二人の現在地を知っているはずがないからだ。


「僕にも分からないんだ……。気付いたら、ここに立ってた……。」


 清也は笑みを崩さないまま、困惑したような表情を浮かべている。


「というか、お前いつからそこにいたんだ!?」


 シンは慌てて聞いた。もし、花にサイズを聞いたあたりで清也がいたら、流石の彼も言い訳が出来ない。


「泣きながらダンスを始めた辺りかな?耳は聞こえないし、体は動かせなかったけど見えてたよ。

 ……で、何で泣いてるのかな?理由によっては……。」


 シンは清也の穏やかな笑みに、怒りの感情があふれ出てくるのを感じた。

 同時に、清也は脇腹の帯に差した一本の木の棒を抜き放った。

 よく見ると、それは見事に削られた片刃の木刀(……・・)だった。

 とても新しい木刀ではあったが使い方が激しいのか、かなり擦り減っている。


「ま、待ってくれ!泣かせたのは俺じゃない!」


「じゃあ誰かな?君しかいないだろ。」


 清也は目を見開いた。瞳は未だに緑色のままだ。

 シンは衝動のままに叩き切られる事がないと確信し、安堵した。


「お、お前の幻だよ!偶然、催眠術が掛かっちまったんだ!」


「……そうか。解除する方法は分かる?」


 清也はシンの言葉に納得し、構えた木刀を帯に納刀した。


「分からん……全く分からん……。」


 シンは本気で頭を抱えている。

 一般的な催眠状態から回復させる方法、驚かせたり、手を叩いたりなどはしたが花は回復しなかった。


「マジか……。」


 清也もシンと同様に途方に暮れていると、花は急に取り乱し始めた。


「清也ぁ……どこ行っちゃったの?……何も見えない……怖いよぉ……。

 嫌!嫌ぁ!!その子とキスしちゃダメ!!!

 …………アハ♪アハハハハハハハハハ♪♪私、捨てられちゃった♪アハハハハハ♪♪」


 二人は、花の催眠状態が危険な領域に踏み込みつつあるのを察した。

 現実の全てが知覚できなくなるほどの催眠状態が、精神衛生上どれほど危険なのかは分からない。

 しかしあの様子を見るに、花の心が崩壊寸前であることは明らかだ。


「ど、どうすれば良いんだ!?」


 シンは狂ったように、いや狂ってしまい、笑い続けるだけの花を見守る事しか出来ない。

 花が笑いすぎて腰が抜けてしまい、頭から仰向けに倒れ込もうとしても、彼はそれに反応する事さえ出来ない。


 しかし清也は違った。

 彼は花に向かって、シンの目に留まらないほどの速さで駆け寄ると、倒れ込む花を助け起こした。


 そして――。




「んっ……。んむぅっ♡♡!?……はぁっ、はぁっ……♡おかえりなさい清也♡」


 抱きかかえられた()は、王子(・・)のキスで正気を取り戻したようだ。


「ただいま♪」


~~~~~~~~~~~~~~


「清也♡ずっと会いたかったよ♡」


 花は目を閉じ、蕩け切った表情で清也に頬擦りをしている。

 これは、シンに一度も見せたことのない表情だ。

 清也は恥ずかしそうに目を泳がせているが、拒絶はしない。


(やべぇなぁ……俺もそろそろ彼女ほしくなってきた。)


 シンは大学三年で破局した恋人以来、この二年間は誰とも交際していなかった。

 それで特段に困る事は無かったが、目の前でイチャイチャされると、そうも言えなくなって来る。


「僕もだよ!でも、実はまだ修行が終わってないんだよね……。」


 清也は目を曇らせた。


「今日はどうやってここまで来たの?」


 花も不思議そうな顔をして聞いた。


「それが……僕にも分からないんだ……でもいっか!こうしてまた会えたし!」


 清也は恋人との数カ月ぶりの再会が嬉しく、普段よりも楽観的になっている。


「清也も帰ってきた事だし、取り敢えず昼飯食おうぜ!マスターの作り置きがあるだろ?」


 シンはカウンターの方に視線を向けながら花に諭した。

 そこには魔法訓練をしに、他の仲間を引き連れて草原に向かった酒場のマスターが、昼食用に置いて行ったパエリアがあった。


「じ、実はさ……僕もおなか減ってるんだよね……。

 師匠に自炊しろって言われてるんだけど、今日の狩りは上手くいかなくて……。

 もし良かったら、僕にも分けてくれないか?」


 清也がそう言うと、タイミングを見計らったかのように空腹を示す音が鳴った。

 二人は気付いていないが、清也は暗に自給自足をしている事を仄めかしている。


「おう!分けてや……」

「ダメ、分けない。」


 二人はほぼ同時に返事をした。

 シンは花に避難の視線を浴びせている。


「え、えぇっと……まぁ、花がそう言うなら……。」


 清也はまさか断られるとは思っていなかったので、かなり驚いたがすぐに笑顔を取り繕った。


「そんな意地悪な事言うなって!」


 シンは冗談のような口調で花に撤回を促すが、花は首を横に振る。




「だって清也には、私のご飯を食べてもらうから♡」


 花は満面の笑みを清也に向けると、側にあったエプロンを掛けて厨房に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ