EP74 幻影
「おわああぁぁぁっっっ!!??」
シンは突然叫び声をあげた。まるで、この世の闇を見たかのような声だ。
悪夢から目を覚ました時の声と言えば、伝わりやすいだろう。
眼球は金魚のように飛び出し、開いた口はふさがらず、恐怖以外の概念が彼の中から無くなったかのようだ。
「な、何っ!?」
気持ちよさそうに歌っていた花も、シンの声に驚いて動作を止めた。
「悪魔崇拝もいい加減にしろ!いや、むしろ悪魔崇拝教徒に謝れ!」
シンは自分の目に焼き付けられた恐怖の結晶が、この世の物であると受け入れる事さえ出来ない。
「え?”あくますーはい”って何?」
「分かっていないのが一番ヤバい!!!
お前のその天を崇めるような手の動き!絶妙な角度で折り曲げられた腰!地面を軽快に踏み鳴らしながら、靴先で前後に細かいステップをする脚!
どれをとっても、焚火を囲む悪魔崇拝教徒じゃないか!!
俺を生贄にしてレベル6通常モンスターの”デー〇ンの召喚”をアドバンス召喚する気か!!」
「え?え?え?」
花は訳が分からない。
可愛く踊れと言われたから可愛く踊った。ただそれだけなのに、シンからは冗談交じりとは言え全否定を食らったのだ。
「か、可愛くなかった?」
「可愛くない!!てか、怖い!!ゲホッゲホッ……。」
シンはもはや擁護することが出来ない。
息継ぎをすることなく批判し続けたせいで、呼吸困難に落ち入りかけていた
事態の深刻さに気が付いたシンは、ポスターを作る手を完全に止め、休憩を取りダンス指導を行うことにした。
~~~~~~~~~
「可愛いという概念への認識が甘いッ!!!」
シンは休憩を終えると、花に喝を入れた。
「ひぅっ……。」
花はいきなりの大声に驚いて、情けない声を上げると縮こまってしまった。
「もっと真剣に可愛さを出していこうよ!
”ここで可愛くなれないと死ぬ!”くらいの感覚で踊るんだ!」
シンは分かりやすいアドバイスをしたつもりだったが、花には伝わらない。
「と、言うと?」
「そうだなぁ……じゃあ目を瞑って。」
シンは何となく、効果的な方法を思いついた。
「う、うん……。」
花は言われたとおりに目を瞑った。すると、シンは囁くような声で語りかけた。
「6カ月ぶりに再会した清也に、自分よりも若い彼女がいます。」
シンはその後も何かを続けようとしたが、花が大声を出してそれを遮った。
「やだぁっ!そんなのやだよぉ!」
花は涙声になっている。
シンはうまく催眠状態に落とし込むことが出来て、安堵した。
「清也殿はどうやら、新しい彼女に夢中なようですねぇ~。
若さを活かした可憐なダンスで、釘づけにしているようです。……やべぇ、想像したら興奮してきた!」
シンは完全に本題をそれて、自分の妄想に酔いしれるという”奇行”に走り出した。
「ちゃんと可愛いダンスが踊れないと、捨てられちゃいますよ!」
数秒後、我に返ったシンは主題へと立ち戻った。
「私、可愛く踊るから見ててね……だから……私の事、捨てないで……。」
花は涙声を通り越して、泣き出してしまった。頬を伝った一筋の涙がワンピースに付着する。
(やべぇな……やりすぎたか?いや、プロデューサーなんだし役得か。うん、これは教育だしな。)
シンは泣きながら踊ろうとする花の姿を見て、少しだけ後悔した。しかしすぐに、自分のせいではないと開き直った。
(てか、どうやって解除すればええんや?全く分からんのやが。)
シンがそんなことを考えていると、花は半ば催眠状態にかかったまま踊りだした。
それは先ほどの悪魔崇拝ダンスよりはましであったが、シンが想像していた”可愛い”とは大きく違った。
まず、先程の激しい動きは全て取り払われ、一挙一動に一切の無駄がない。
そして、闇雲に体を振るのではなく足先から指先、首の付け根に至るまで、体の全てがゆっくりと一つの意志のもとに統一されて動いている。
花の曲線美を最大限に活かしたその踊りは、可愛いというよりも美しい。より綿密に言えば艶やかだった。
シンはその芸術性さえ感じさせる動きに、正直なところ見惚れていた。
しかし、決して楽しんで踊っている訳ではないことがシンにも伝わってくる。
少なくとも、前回踊っていた時はあった自然な笑みが消えており、代わりに相手を満足させたいという魂の叫びと、悲壮感に塗れた作り笑いが顔に貼り付いて剥がれない。
そして、何よりもシンの心に訴えかけてくるのは花が泣きながら呟いている言葉だった。
「捨てないで……私はもっと可愛くできるから……捨てないで……。」
シンの中で、気味が悪いという気持ちが広まっていく。
本当に美しい踊りではあったが、こんな物を客に見せてはいけないという認識が彼の中で生まれた。
(なんか、めんどくさくなってきたなぁ。)
「花って胸大きいよね、どのくらいあるの?」
シンは出来るだけ、清也の声真似をしながら聞いてみた。
歩く度に揺れる花の胸のサイズ。気にならない男はいない。ましてや、シンならば気になって当然だ。
それに、恐らくスタイルに自信がある花に、都合の良い質問をすれば正気に戻す事が出来るのでは無いかと思ったのだ。
「Gカップはあるよ。え?見たいの?……清也ったら、甘えん坊さん♡」
花は急に踊るのをやめると、おもむろに服を脱ごうとし始めた。
第一目標であった花の”自信を回復させる”事は達成できたが、流石にそこまでやったら清也に殺されると思ったシンは、強気に断った。
「いや、今はいいよ。」
(でっか!!!!!)
シンは割と素っ気なく断ったが、内心では驚愕と興奮で爆笑してしまっていた。
しかしシンの予想に反して、花は急に動揺し始めた。
「清也……私の事嫌いになっちゃった?」
花は再び大泣きし始めると、床にへたり込んでしまった。
(うわ、コイツ重くてだりぃ……。)
シンはもうお手上げ状態だった。
これ以上どんな言葉をかけても、花には届かない気がしたのだ。
このまま、洗脳状態から回復できるという保証も無い。シンは頭を抱えて思考を停止してしまった。それに、考えるのも面倒臭くなってきた。
しかしその時、背後から軽快な足音がして、”起こるはずの無い奇跡”が起きた。
「そんなに泣かないでくれよ花。僕が君を捨てるなんて、あるわけないだろう?」