EP73 始動
「えええぇぇぇぇっっっ!!??」
シンは驚きのあまり腰を抜かし、間抜けな声を上げることしかできない。
「な、何でそうなったし!?まるで意味が分からんぞ!!!」
この疑問は至極真っ当な物である。
昨夜まで、酒場の看板娘として酒と薬、そして料理を運んでいただけの友人。
そんな彼女が翌日になって、突然こんな事を言い始めたのだ。
正常な感覚を持った人間であれば、世迷言として受け取る他ない。
「そんな驚かないでよ!数日間だけだから!」
花はシンの大げさともとれる驚き方に、自分には無理だと遠回しに言われている気がして、少しだけ腹が立った。
「数日間だけか……いや、それでも訳が分からない!
何でアイドルになろうと思ったの!?てか、お前そんなに金稼ぎたかったの!?」
シンは思考が全く纏まらない。
普段の何気ない会話の中でも、順序と秩序を持って事象を羅列し、起こったことを整理して論理を組み立てていくシン。
そんな彼にとって、花が突然発した混沌は脳内で実体を持つ事が出来ないのだ。
「私、歌には自信があるから♪
それにこの世界には同業者も居ないから、宣伝さえすれば物珍しさで来てくれるわよ!
それで集まったお金と人を、交渉に使えばいいわ♪我ながら良い案だと思うわよ!」
花は満面の笑みを浮かべながらシンに同意を求める。
しかし、シンは少しずつ全容が見えてきたとは言え、まだ理解が追い付かない。
「何を根拠にそう思うんだ!?その自信は一体どこから……。」
シンは途中で言葉を詰まらせた。
何故なら花が自らの口元に指を当てて、それ以上言わなくていいと静止したからだ。
<皆が命がけで戦うのに、私だけが体を張らない訳にはいかない。
皆が私たちに希望を託しているというのに、私たちが胡坐をかくわけにはいかない。
私はそう思って覚悟を決めた。あなたは私の覚悟に賭けるだけでいい。
さすれば、運命は私に味方する。期待の向かう先には希望しか存在しない。>
花は急に大人びた表情を作ると、不思議な声を発した。
透き通るようでありながら、心の深い所をえぐり抜くようなその声は、シンの考えを完全に塗り替える。
「お、おう!そうだな!やってみるか!」
「ウフフ♪絶対できるわよ!」
花は元の朗らかな表情に戻ると、力強く応えた。
「流れ的に、俺がプロデューサーか……いいぞ!練習、宣伝何でも来い!!」
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「聞いたか!花ちゃんがコンサート開くらしいぞ!」
「え!?花お姉さんがコンサート!?」
「なんでも、その収入を海戦の資金に充てるって噂だぜ!」
「マジかよ!天使すぎぃ!!!」
まだ何も発表されていないシャノンの町には、既にうわさが飛び交っていた。
花の格好に魅了され、後をつけていった男の一人が盗み聞きをしていたのだ。
「花ちゃんは俺の嫁。異論は認めん。」
「なにを~!俺の嫁だ!!」
「勝手に私の妻を娶らないでもらおうか。冗談でも虫唾が走るんでな。」
「馬鹿にしやがってよぉ!」
この後、数十人規模の大乱闘が町の中心で起きたのは、自然な流れであった。
一方その頃、シンは花の写真を撮影し、旧式の印刷機を用いてポスター製作に取り掛かろうとしていた。
「開催は2か月後……、入場料は二人で1ファルゴ……出来るだけ金貨を持ってくること……こんなもんでいいかな?」
シンはラフ絵を花に見せた。
「良いんじゃないかしら!でも、ポスターの枚数が足りなくない?」
「こいつを宣伝を請け負うって言ってくれた人に郵送する。
二か月後に設定したのは、そういった時間も含めてだ。」
シンの顔には自信が満ち溢れている。
先ほどまで何の計画もたっていなかったのに、早くも彼の脳内で成功が現実味を帯び始めてきた。
「まぁ、宣伝に関しては任せてくれよ。あとは場所だな……。」
「それがね!つい最近、この町のはずれに巨大ホールができたらしいわ!
今のところ使い道がないらしいけど、そこなら人も入るし、声も通ると思うの♪
たしか、マイクとかの音響設備もあるらしいわ!!」
「妙に都合のいい話だなぁ……。まぁいいや、場所はそこで決定だな。
あとはお前の歌と踊り次第だな。ちょっと適当に踊ってくれよ。」
シンはそう言うと、店の端にある机の無い空間を指さした。
「何歌ってほしい?」
「アイドル系アニソンとか?」
「OK♪歌詞は分かるけど振り付けは?」
「一番可愛いのを頼む。どうせ、歌はこっちで用意するし。」
ほどなくして、花は歌い始めた。
非常に難しい歌ではあったが、花はアマチュアであるとは思えないほど完璧に歌い上げた。
シンは歌声に聞き惚れ、自然と目を閉じて聞き入ってしまった。
まさか、次に目を開けた時に花が悪魔崇拝と見紛うほどの、強烈なダンスを繰り広げているとは夢に思わずに――。




