EP64 魔親
「魔法って、意外と複雑なんだな……。」
シンは魔導書から目を上げると、小さくため息をついた。
「私の力が自然だとして……シンのは何かしら?」
「大地じゃねえか?鉱石だし。
そんな事よりも、魔法を使えるようになるには魔親が必要なのか……。
花はそういうの出来る?」
シンは軽い調子で聞いた。できないという事が分かっていたからだ。
「無理よ……そもそも、見たこともないんだし。」
花はエレーナの姿を思い出そうとしたが、杖を振っていた事しか思い出せない。
「ていうか、エレーナ様って神様じゃないのか?」
シンの頭の中に壮大な疑問が浮かんだが、それよりも壮大な疑問によってすぐに掻き消された。
「そもそも、天界について批評するなんて、これを書いた奴は何者なんだ?」
シンは本を一通り見てみたが、どこにも著者の記載はない。
「そんな事よりも、早いところ魔親を探しましょうよ。
ギルドに頼めないなら、フリーの魔法使いに頼むしかないわ。
まぁ、公務員資格を持ってるフリーターぐらいの数だろうけど……。」
花の例えは実際のところかなり的確だった。
高位の魔法使いほど好待遇で働ける都合上、魔能継承を満足に出来る魔法使いは殆どがギルド。もしくは、それに準ずる組織で公務員の魔術師として働いていた。
「それなんだよなぁ……。」
シンは再び大きくため息をついた。周りの雰囲気もそれに呑まれていく。
「あなた、私たちの仲間になりたいんだったわね?
”よろしくね!えぇと、名前はなんて言うの?”」
花は再び暗い雰囲気が漂い始めた場を和ますために、強引に話題を切り替えた。
「……フィーナ……?」
花が何気なく言った言葉に、シンは敏感に反応した。
少年に笑いかける花の様子が、容姿がよく似た別の女性に重なって見えたのだ。
「フィーナ……って誰?」
当然、花は誰の事かわからずに困惑した顔を浮かべている。
「い、いや!何でもない!」
シンは慌てて言った。しかし、すぐにあることに気が付いた。
(あれ?兄貴の苗字って確か……吹雪じゃなかったか?)
実際のところ、容姿がよく似た女性が同じように吹雪の剣豪の子孫と交際しているのは、全くの偶然であった。
ただし、今やIT企業の研究責任者となった新一が、清也とは異なる形で同じように英雄へ至る道を歩んでいたのはまた別の話である――。
「僕の名前はサムっていうの!」
少年は混乱した酒場の雰囲気を吹き飛ばすように、元気よく言った。
「よろしくねサム君!」
「よろしくなサム!」
シンと花は同時に挨拶をした。
そして一通りの会話の話題が尽きたのを感じ取ったシンは、本題に戻ろうとした。
「閑話休題、魔親についてなんだが……。」
シンが重い腰を上げた時、それを遮る大声が表から聞こえてきた。
<シャノンの皆さ~ん!!仕事で疲れていませんか~?
もし、手が空いてるなら!私の魔術ショーを見ていきませんか!
生の魔法が見れるチャンスですよ~!お代はいりませ~ん!>
「何ぃぃぃッッッ!!!???」
シンは周囲にいた漁師すら驚かすほどの大声を上げると、表へと飛び出していった。
(もしかしたら、魔親を手に入れるチャンスなんじゃないか!?)
シンの心は、この考えで満たされていた。
余りにも都合が良すぎると考える余裕は、今の彼に無かった。
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「さぁさぁ皆さんお立ち会い!!!魔法少女の奇跡の魔術、とくとごらんあれ!!」
広場の人だかりの中心に、白いノンスリーブのローブにマントを羽織り、顔をフードで隠した華奢な少女が立っている。
少女が右手をあげると、指先から巨大な気泡が天に向けて射出された。
その気泡はある程度の高さまで上昇すると突然破れ、雪となり降り注いだ。
少女が左手を上げると、指先に小さな炎の玉が生成された。
そして、炎はその輪郭を急速に変化させて一本の赤い薔薇になった。
「まだまだ行きますよ!!!」
少女は楽しそうに声をあげると、右手を先程より高く掲げ、フィンガースナップをした。
すると、足先から細い稲妻が発生し少女の体を空中に浮き上がらせた。
少女はそのまま、空中を階段を登る様にして上昇しながら優雅にバレエを踊り始めた。
「おおおお!!!可愛いよ!!」
「結婚してくれぇ!!」
「パンツ見えてるよ〜!!」
観衆はもはや、好き勝手に言いたい放題である。
「ほほぉ〜♪アイツ、中々の巨乳だな!」
いくら着込んでいても、ナンパ同好会出身者の目は誤魔化せない。
シンの目は某戦闘力測定装置よりも高精度に、そう言った事を見抜く。
「馬鹿なこと言わないの!」
花はシンの耳を摘んで、折檻した。
「す、すいませんでした……。」
シンは申し訳なさそうなそうな顔で頭を下げた。
しおらしくしているシンの横で、サムは完全に興奮した様子でミナトを見ている。
「か、可愛い……♡」
(こいつ、実は結構なマセガキなんじゃ……。)
シンは小4の自分を、完全に棚に上げた。
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短いが、迫力と可憐さに満ちた魔術ショーが終わると、シンはすぐに少女の元へ駆け寄った。
「とっても良いショーだったよミナトちゃん!これから俺と遊ばない?」
シンはつい本題を忘れて、伝統芸に走った。
「何言ってるの!!!」
花は完全に呆れた調子で、シンを引っ張った。
実際のところ、引っ張る力は清也よりも強かった。
ミナトの方はフードに隠れていてもわかる程、不快感があふれ出ている。
「ごめんなさいね!本当にしたいのは別の話なのよ!」
花はとびきりの笑顔を作りながら、シンを押さえつけている。
しかし、それを見たミナトは急に動揺し始める――。
「そ、そんな馬鹿な!!!微弱ながら存在している……。そんなのありえない!!!
おかしい……まさか!”あの夜”じゃないのですか!?」
ミナトは一通り意味不明な言葉をつぶやくと、我に返ったように平静さを取り戻した。
「……ハッ!す、すみません!じゃ、邪眼がうずいただけです!」
ミナトは申し訳なさそうに頭を下げた。
「えぇと、何の用でしょうか?」
「じ、実はね……これから魔法を覚えて、海竜と戦わなければいけないの……。
だから、あなたさえ良ければ魔親になってほしいのだけど……。」
花は正直なところ、少女の様子に引いていた。
「お、お安い御用です!ホテルを取って来るので、魔子を集めておいてください!」
ミナトはそう言うと、そそくさと走っていった。
「中二病かぁ……そそるねぇ!」
少女の後ろ姿が見えなくなると、シンは小さく呟いた。
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ミナトはホテルに向かう途中の道で脇にそれると、耳に手を当て数秒の後に何かを呟き始めた。
それは先程の高く可憐な声とは似ても似つかない、低く大人びた声。
恐らく、どちらかの声が演技なのだろう。
「マスター、大変な事実が発覚しました。…………はい。そうです。これからどうしましょう?」
所々、くぐもった声で呟いているので辺りには一切聞こえない。
「え?執行猶予付きの粛清ですか?……わかりました。」
話の内容が段々と物騒になっていく。
<何てことをしてくれたんだあの女!
……もし次に邪魔をしたら、私自らエレーナを始末する!!!>
怒りに満ちた男の声が、少女のいる暗がりの静寂を切り裂いた。




