EP61 総長
「間違いなく、今も奴は生きている……。」
マスターは苦々しげに言った。
シンは彼が、酒場を営んでいる者にしては筋骨隆々すぎると感じ、元漁師である事を悟った。
「ねぇ、シン……。」
花は姿勢を低くしてシンの袖を引いた。先ほどまでと異なり、明らかに怯えている。
それもそうだろう、これから入ろうとしていた海に、船団を沈めるほど巨大で凶暴な海竜がいると聞いたのだから。
「残念だけど……水晶の杖の話は無しにしない?」
花は現状で最も合理的な案を出した。
たしかに、アトランティスの財宝は魅力的だ。
しかし、命を投げ打ってまで手に入れる物では無いと感じたのだ。
「ちょっと待ってくれ。……なぁ、アンタらはこのままで良いのか?」
シンは蔑むような顔で漁師達の方に向き直った。
「シン……?何言ってるの?」
花はシンが、何故そんな事を言うのか分からなかった。
花は既に、漁師達と同じように破海竜の恐怖に支配されていたのだ。
しかし、シンは違った――。
「朝っぱらから一日中酒を飲む生活でいいのかよ!もう一度、海に出たくは無いのか!?
仲間の仇を!破海竜・マスターウェーブの野郎を、ぶっ殺してやりたく無いのかよ!
確かに、サーペントの協力が無くて弱気になっているのは分かる。だが、男には引けねぇ戦いがあるんじゃ無いのか!?
今がそうで無いなら、一体いつになんだよ!」
シンは一同に向けて喝を入れると、自分の酒が置かれた机を殴った。
木材が軋む音が、店全体に響いた。
数秒の沈黙の後、爆発音のような怒声が上がった。
シンはそれを自分に賛同する声だと思ったが、実際は真逆だった。
「いい加減なことを言うな!!!」
「これ以上、人が死んだらどうするんだよ!!!」
「馬鹿にしてんのかクソガキがぁ!!!」
先ほどまで酔いつぶれていた男までも起き上がり、シンを糾弾する。
花はその勢いに耐え切れず、店の隅にうずくまって泣き出してしまった。
しかし、シンは全く押し負けない。これぐらいの修羅場なら何度もくぐってきているからだ。
「俺にはトカゲ一匹にビビってるお前らの気が知れないさ!
でっけえオタマジャクシみてえなもんだろうが!!」
シンは良い反論が思いつかなかった。
しかし長年の勘から、このような場面では虚勢を張ることが最も有効で、そこから反論に持っていくのが一番説得しやすいとわかっていた。
「アイツを見たことがねえから言えるんだ!!!」
案の定、漁師の一人がシンの誘いに乗った。
シンはその言葉への鋭い返しを瞬時に構築し、ぶつけた。
「お前だって見たことがねえだろうが!!!
それを言っていいのは、サーペントの連中だけなんだよ!この腰抜け野郎が!!」
この言葉は、確かな真理だった。
シャノンの人々は破海竜を恐れ、数年間も漁に出ていなかった。
しかし実際のところ、その姿をしっかりと見た者は誰一人としていないのだ。
シンの放った真理の怒号は、恐れに支配された男達の魂を穿ち、数秒の後に猛烈な復讐の炎を燃え上がらせた。
「その通りじゃねえか……!」
「俺たちは何をしてたんだっ!」
「ふざけたトカゲ野郎がよお!!!」
「死んだアイツらの仇を取れねえ俺らに、男を名乗る資格はねえ!!!」
シンに向けられていたやり場のない怒りが破海竜への憎しみと、自分を恥じる気持ちへ、急速に塗り替わっていく。
シンはこの機を逃すまいと、追い打ちをかけた。
「行くぞ野郎ども!!これは破海竜に、トカゲのバケモンに奪われた海と未来、誇りを取り戻す戦いだあっ!!!!」
シンが大声と共に右腕を高く掲げると、マスターを含む全ての男達がそれに続いた。
「「「うぉおおおおおおおっっっ!!!!!!」」」
男たちの魂の叫びは酒場の分厚い壁を貫通し、町全体に響き渡った。
もはや誰もがシンに心酔し、その心に破海竜への恐怖は微塵も残されていなかった。
花は先程の淀み切った空気が、希望に満ちた勝ち鬨によって取り払われたのを感じ取った。
そして、何が起こったのか知るために涙をふき取り、顔を上げた。
先程まで、飲んだくれた男達に浮かんでいた、何処かいじけた表情。
それは、海竜と争いながら獲物を取る。そんな海の漢の、”勇気と迫力に満ちた顔”へと変わっていた。
そして、そんな男達の視線の先にいる。
見知っているはずの男は、まるで別人のように不敵な笑みを浮かべている。
それを見た花の心の奥底から自然と、一つの言葉が湧き出てきた。
「これが……暴走族連合の総長、翔脚のシン……!」
花が尊敬と畏怖、驚嘆に支配され呆然としていると、シンが遂に開戦宣言をした。
「本日をもって!この町に”翔脚のシン”を総監とした、サーペント・シャノン支部を臨時で新設する!
名前はフューリー・リヴァイアサンだ!!その最初の目標を……
破海竜・マスターウェーブの討伐とする!!!」




