EP56.4 最凶の入学式
2010年の春、とある中学校で平凡な入学式が行われた。
いや、行われる予定だった。
新入生、在校生を問わず着崩している生徒はいてもその殆どが制服を着ている中、新入生の中に1人だけ丈の長い黒い学生服を着た細身の少年がいた。
随所に金色の刺繍による装飾が施され、背中には大きく”賦遊理威”と書かれた学生服は、その中学校の制服とは似ても似つかなかった。
「おい君!何だその服は!今すぐ着替えなさい!はしたない!」
老いた教師の1人が厳しく叱ったが、少年は逆にキレた。
「うるせぇーんだよ!舐めんじゃねぇよハゲ!」
少年は教師に言い返した。
「親の顔が見てみたいもんだ!この馬鹿タレが!」
教師は地雷を踏んだ。
「俺の親は2年前に事故で死んでるし、中学の勉強なんざ5年前に終わってるんじゃいボケ!!!」
少年は強気に言い返した。顔を見せる親は既におらず、自分は馬鹿では無いと。
教師は世間体を気にして、それ以上何も言えなかった。
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その後、式はしばらくの間、滞りなく進行された。
その地域には複数の暴走族があった。
しかし、どれも日中に校庭で抗争を始めるような、手の付けられない連中であった。
彼らと面倒を起こしたくないという理由から、俊彦は他に迷惑をかけないという約束で、隊服を着たままの出席を許された。
「一年三組10番、金入俊彦!」
俊彦は校長に呼ばれ、入学祝を受け取るために壇上に上がる。
その途中で背後から多くの声が上がった。
「お、おい、あいつ俊彦だってよ……。」
「べ、別人だろ、あいつがデブの俊彦のわけがねえ……!」
「なんだよあの服……暴走族か?」
「そういえば、アイツこの二年間、学校来てなかったよな?」
俊彦はそういった言葉を背に受けても、微笑む事すらせずに淡々と歩いた。
「入学おめでとう!」
校長は屈託のない笑顔で言った。
俊彦が着ている隊服を、気にも留めていないようだ。
俊彦は校長の顔にある一筋の傷から、瞬時に察した。
(このジジイ……若い頃はそこそこ走ってやがる……。)
そんな事を思いながら舞台から降りようとすると、一人の在校生が壇上に飛び乗ってきた。
俊彦と同じように、黒を基調とした制服ではない学生服を着ている。
「おい、てめえ賦遊理威のもんか?
俺は苦隷辞畏の伊達だ。てめえ、ちょっと面貸せや。」
在校生は背後から俊彦の肩を掴んだまま、校庭に連れ出そうとした。だが俊彦は、それを振り払った。
(新入生を絞める……。”兄貴”から言われてはいたが、早速来たか……。)
「タイマンか?いいぜ、受けて立ってやるよ”伊達くん”。」
俊彦は伊達に背を向けたまま、不敵な笑みを浮かべながら言った。
伊達の鼻息は荒くなり、明らかに興奮している。
「お望みなら、ここでぶっ殺してやるよぉッ!」
伊達は大きく腕を振りかぶり、俊彦に向けて右の拳を放った。
しかし俊彦は、伊達の拳が届くより先に姿勢を低くし、自分の左足を伊達の左足に引っ掛け、その場で回転した。
俊彦より10cm以上高い身長を誇っていた伊達だが、足払いによりバランスを崩し、尻餅をついた。
「てんめぇ!やりやが」
伊達は言い終わるより先に、鼻に強烈な殴打を喰らって気絶した。
俊彦は、目前でみっともなく伸びている彼の襟をつかむと、強引に立たせて叫んだ。
「苦隷辞畏なんて知らねえんだよボケが!無名の連中が賦遊理威にかなうと思ってんじゃねえぞ!」
その顔に、二年前の弱虫の面影は微塵も無かった――。
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その後も、式は何事もなかったかのように進んだ。
伊達に関しては自業自得であり、俊彦は正当防衛であるとして片付けられた。
しかし、式も終わりに近づいてきたとき正門から荒々しい声が聞こえてきた。
「ウチの伊達が、”クソチビ”にやられたって聞いたんだよぉッ!先公は黙ってろやぁ!」
その声と共に、何かが壊される音が聞こえる。
そして直後に、凄まじい数のエンジン音が聞こえてきた。
そしてエンジン音は、入学式を行っている体育館に突入してきた。
30台はあると思われる色とりどりのバイクが、体育館を取り囲む。
そのうちの数台は、体育館の中にまで侵入してきた――。
「テメエかぁ?伊達をやりやがったのは!」
リーダーと思われる、緑の革ジャンに紫のバイクの男が、俊彦に近づいてきた。
どうやら在校生の中に、伊達の他にも苦隷辞畏のメンバーがいたようだ。
彼らは、その者からの通報で駆けつけて来たようだ。
「だったらどうしたぁッ!お前の組の連中は雑魚しかいねえのか?」
俊彦は笑いながら聞いた。実際のところ、伊達は弱かった。
30台以上のバイクを率いている男と、中学一年生の少年が対等に話している。
一般の参列者はこの異常な状況に、硬直することしか出来なかった――。
「聞いたか野郎ども!うちの組は雑魚なんだとよぉッ!
コイツを締め上げるのに、異論がある奴はいるか?」
リーダーが呼び掛けても、誰も手を上げなかった。
当然である。30対1という数の利に、相手はたった一人の中学生。ここでやらねば男ではない。
「やっちまえ!野郎ども!」
リーダーの合図で、全員が俊彦に向かってきた。
俊彦に逃げるそぶりはなく、その場で構えを取った。
バアァァァァァンッッッ!!!!!!
10人近いメンバーが、怒号と共に俊彦を取り囲んだ時の事だった。
出入り口を囲んだバイクを飛び越えて、一台の赤いバイクが飛び込んで来たのだ。
顔は見えなかったが、俊彦にはその人物が誰か分かった――。
「兄貴!」
俊彦がそう言うと、赤いバイクに乗ったシンは笑いながら振り返った。
「アッハッハッハ!だから言ったじゃねえかよ!入学式に隊服はやべえって!」
俊彦に向けて笑いかけると、今度は紫のバイクの方へ向き直った。
「苦隷辞畏!抗争ってことで良いんだよなぁ!?」
シンが緑の革ジャンの方へ叫ぶと男の方も、
「あたりめぇだぁッ!毎回毎回うぜえんだよ!
そろそろ決着着けようぜじゃねえか!”最狂と最凶”、どっちが地元”最強”なのかよお!」
男がそう言うと、シンはガラケーを取り出して言った。
「聞いたか?苦隷辞畏の了承が取れたぞ。いいか、般ピーに怪我負わせんなよ。
数?あぁ、30だ。頭数は合わせろよ、後からイチャモン付けられると面倒だからな。」
シンが電話を切ると、再び別のエンジン音が外から聞こえてきた。
体育館を取り囲む苦隷辞畏が振り向くと、賦遊理威のメンバーが丁度30人集まっていた。
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その後、乱闘に次ぐ乱闘で体育館は血の海になった。
いつしか、30対30という当初の頭数の倍以上の人数が参戦し、その年1番の抗争に発展していた。
警察ですら介入できない、、後に"最凶の入学式"と呼ばれることになる乱闘。
それはシンの圧倒的な活躍で、賦遊理威の勝利となった――。




