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EP55 長旅

 

 花と二人での旅、もう未練はないとはいえ、シンにとって女子との二人旅はやはり嬉しかった。


 ユニコーンを見つけたことで、途中で馬を買う手間も省くことができた。


 凄まじい速度で走り、常人には一生経験できないであろう爽快感も味わえた。


 馬、ではなくユニコーン上での会話や、途中での釣りも楽しかった。




 しかし、最初のうちこそ楽しく思えていた旅も7日を越えると淡白なものになっていった。


 花は清也がいない寂しさを実感し始め、会話は続かなくなった。

 シンは自分が一日にサランを操れる体力の限界が5時間だと思い知った。

 そして、毎日のように繰り返される同じ生活のサイクルに、二人の精神は徐々にすり減らされていった。


 もし、あと一人会話ができる存在がいればここまでの苦行にはならなかっただろう。


 清也がいなくなった影響の一端を思い知った二人。

 同じ事ばかりを繰り返す二人は、そのうち考えるのをやめた――。


 ~~~~~~~~~~~~


「あなた何歳よ。」


 ある日突然、花は虚ろな目でシンに聞いた。

 暇を持て余して、適当な会話をしたかったようだ。


「23」


 シンも虚ろな目で答えた。


「へぇ、若いのね。」


「花は?」


 シンにはそれが失礼な質問であると理解する余力もなかった。


「25」


 花は短く答えた。特に何の感慨もわかなかった。


「へぇ、年上だったのか。」


 シンは花を年下だと思っていた。

 しかし、6年制の薬学部を卒業した人間が年下のわけがないと納得した。

 会話はここで途切れた。


 ~~~~~~~~~~~~


「清也のほうが楽に決まってる……。」


 シンもある日突然、呟いた。


「むしろ、これ以上の苦行を経験してほしくないわ。会いたいなあ……清也……。」


 花は清也がボロボロに傷ついている姿を想像して、悲しみで少しだけ精気が戻った。

 だが、やはり会話はこれ以上続かなかった。




 その頃、吹雪清也は――。


「へっくしょん!さ、寒い……!寒すぎる!このままじゃ死ぬ!何とかしないと……!」


 迫りくる凍死と戦っていた。

 限りなく死に近い状態ではあったが、生きようという意思もまた、二人より大きかった。


 ~~~~~~~~~~~~


 一日に三回言葉を交わすかどうか、そんな地獄の日々が3週間続いた。


 花は目に見えてやつれていた。目に光はなく、サランに頬を舐められても無反応だ。

 清也と再会の約束を交わしていなければ、今頃死んでいたかもしれない。

 彼に会いたいという思いだけが、花の魂を体に紐付けていた。


 シンは生来のタフさにより、肉体の消耗は殆どなかった。

 ただ、一周回ってテンションが高くなっていた。サランの角を、”千歳飴”と勘違いするくらいには――。

 



 二人が、発狂死という人生の終末に片足を突っ込んだときに、その時は訪れた。


「……ん?大陸だ……大陸が見えるぞ!やったぞ!俺たちは黄金の国に着いたんだ!」


 シンはそのとき、自分のことを”コロンブス”だと思っていた。


「ほえ?大陸って……何だっけ……?」


 花は緩慢な反応を示した。


 薄い緑色の美しい髪は、ストレスからくる不眠症で艶を失っていた。

 肌だけは、意地でケアをしていたので無事だった。しかし、それ以外は可哀想なほどボロボロだ。

 目の下のくまと、ゲッソリと痩せこけた顔のせいで、以前の眩いばかりの可憐さは面影を残していなかった。


「ジパングだよ!俺たちはジパングに着いたんだ!」


 シンは未だに、訳の分からないことを言っている。


「シャノン……よ目指して……。」


 花はシンよりは正気を保っていたが、正常な会話ができなくなっていた。

 シャノンに着くのはまだ先だと思い、花はもう一度意識を閉ざそうとした。


 しかし、シンに止められた。


「おい!目を覚ませ!俺はコロンブスじゃない!シンだ!ジパングじゃない!シャノンだ!」


 彼は自分がコロンブスではなくシンで、見えているのは大陸ではなく海と町であると悟った。

 どうやら、完全に正気を取り戻したようである。


 たしかに、森を抜けた先の潮風が吹く草原に巨大な風車があり、その周囲に町と呼ぶには少し小さい港があった。


 そう、シンは果てしない絶望という海から、希望という新天地に上陸したのだ。


「シャノン!?」


 花もシンに釣られ、正気を取り戻した。

 眼には光が戻り、口角が上がっている。


「やったわ!ついに!アトランティスに到着したわ!」


 花は興奮で少しだけ先走っていた。少なくとも、まだ海底遺跡には到着していない。


 二人は朝の9時に、シャノンに到着した。

 出発から、ちょうど一か月後のことだった。

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