EP3 前途多難 <キャラ立ち絵あり>
エレーナは清々しい朝を迎えた。
昨日送り出した七人の中で、特に清也には個人的な興味が湧いていたのである。
そこで水晶を通じて、転生後の彼を覗き見てみることにした。
「もう仲間を見つけているかも知れないな♪」
鼻歌を歌いながら、下界の様子を探っていく。転生させた座標を重点的に、近辺にある大都市・ソントを探索する。
しかし冒険者の酒場の中を眺めても、清也はなかなか見つからない。
30分ほどの時間を掛けて、やっと清也を見つけた。しかし彼は、午前8時を迎えても未だに爆睡している。
これは何事だと思い時間を遡ってみると、なかなかに不運な初日だったのだと察する。
そこでエレーナは、清也に対して慈悲を与えようと思い、水晶玉を通して清也の脳内に語り掛ける事にした。
~~~~~~~~~~
「ふわぁぁ……良く寝た……腰痛い……。」
大きく伸びをした清也は、筋肉痛に苦しみながらも上体を起こす。すると脳内に、エレーナの声が響いて来る。
「おはよう、転生者・吹雪清也よ。」
「……あっ、エレーナ様!おはようございます!」
眠気を無理やり吹き飛ばし、女神からの通信に敬語で応じる。
「清也よ、なかなかに苦戦しているようだな。初めての誰にも頼ることの出来ない世界はどうだ?
この世界には其方一人だけ。頼りになる父も優秀な部下もいない。心が折れかけているのではないか?
今からでも遅くない。何か能力を授けようか?何も恥ずかしがる事は無いぞ。」
エレーナは嫌味に聞こえないように細心の注意を払った。彼女の言わんとする事は、それ即ち清也の実力を不安視しているという事だからだ。
しかし清也はその申し出に対し、清々しい笑顔を浮かべながら返事をした。
「エレーナ様、お心遣いは真にありがたいのですが、僕はこの状況こそ自分にとって理想だとすら考えているのです。
今の僕は頼れる者がいればその者に寄りかかり、唯一無二の成長の機会を失ってしまう。そんな気がするのです。」
エレーナはそれを聞き少しだけ感心した。
ただ、今の状態では冒険をスタートすら出来ないのでは無いかと、かなり心配していた。
そんな心情を感じ取ったのか、清也はまたも清々しい笑顔でエレーナに対し補足する。
「安心してください!エレーナ様、僕は一人ではありません。
このコーヒーショップの店主は子供が結婚し、居なくなったので部屋を安く貸してくれるのだそうです。
アルバイトを掛け持ちでもしながら、なんとか資金を貯めるつもりです。」
エレーナは、これ以上彼に伝えられることは何も無いと感じ、しばらくは見守る事を決心した。
「焦らず進めば良いぞ。健闘を祈っておるからな!」
「はい!ありがとうございます!」
激励の言葉を清也に送ったエレーナは、そのまま通信を切り、水晶玉を戸棚の奥にしまい込んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
清也は朝起きて、店主に挨拶を済ますと少しお金を借りて、浴場に向かう事にした。
人手溢れかえる石畳の大通りを抜け、レンガ造りの浴場に着くと、入り口にある鏡を見て驚いた。
彼に生えている髪が、全て白髪になっていたのだ。
清也は純粋な日本人であったので、もちろん黒髪で、生涯で金髪に染めたことすらないので少し驚いたが、すぐに納得した。
「この世界、黒髪の方が珍しい……。」
昨日から一人も黒髪の人と出会っていないのだ。人で満たされた大通りにも、誰一人として黒髪の者は居なかった。
転生先の世界で目立たないように、エレーナが配慮してくれたのだと、清也は瞬時に察した。
「ありがとうございます。」
小さく呟くと異世界初の風呂に入った。窯炊きの風呂は、風呂桶の底にたまる水が少し熱かった。
~~~~~~~~~~
浴場から出ると、これからどうするか、否が応でも考えなければならなかった。
これ以上店主には迷惑をかけられない。そう考えると技術が必要なく、確実な儲けが出る仕事を探す必要がある。
街を一通り周ったが、鍛冶屋と仕立て屋が多く、素人歓迎アルバイトを募集してる所は、既に枠が埋まっていた。
「そりゃそうだよね……。元の世界でもまともに仕事ができなかったんだ。異世界なんて専門職だらけだよな……。」
少し落ち込んだが、このまま帰るわけにも行かないので、もう一周しようとしたが、ある事に気が付いて歩みを止める。
「行ってないところが一つだけある。それも目の前に……。ここなら、きっと仕事があるはず!」
なぜ気付かなかったのか、ギルドに行ってないことにやっと気付いた。
早速、出入り口に向かうと張り紙があった。
〜アルバイト募集中!〜
・調理担当、業務内容・調理 時給1ファルシ
・配膳担当、業務内容・配膳、接客 時給7ファルブ
「7ファルブ……700円ってとこかな。」
浴場の入浴費が2ファルブであった事から、この世界の貨幣価値を概算する。
決して高くはなかった。ましてや前世での時給に比べれば20分の1だ。しかし、無いよりは絶対に良い。
それに清也には、酒場で働く事による明確な利点があったのだ。
「試験についての情報がわかるかも……やるしかない!善は急げだ!行くぞっ!!!」
そう思い、アルバイトの面接を受けることにした。気合を入れる為に、わざと大きな掛け声を上げる。
清也は人生初の”労働”という行為に、小学生のような興奮を覚えていた。