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EP42 悪魔幻想

 

 清也が翌朝に起きると外には雨が降り、空は黒い雲で満たされていた。


 花を起こさないように気をつけながら、ベッドから出て温泉を目指した。朝風呂を浴びれば、考えが纏まると思ったからだ。



 温泉に着いた清也は、昨日と同じように服を脱いで湯に浸かり、声に出さないようにしながら、考えを整理し始めた。


(遺体の首の二つの傷、換気扇の血、椅子の周りの異質な血、犯行を見せた理由、傷のない左腕、最低でもこの5つを解決しないと、人狼には辿り着けない。これを7時までにか……。)


 清也が頭を抱えていると、脱衣所の扉が開かれた。中から服を着たラースが覗いている。


「お早いですね!清也さん!」


 ラースは陽気な声で言った。


「普段から朝風呂派なんです。」


「ご一緒しますね!」


 わざわざ言わなくても良いのに、清也はそう思ったが言わない事にした。

 そしてすぐに、服を脱いだラースが入って来た。右手にタオルを抱え、左手にシャンプーを持っている。


「捜査の進捗はどうですか?」


「中々に難航してますよ、犯人はほとんど見当がつかないです……。」


 ”シンの可能性が比較的高い”とは、前日に大見栄を張った手前、言えなかった。


 そんな清也の心情を汲み取ったのか、ラースは悲痛な表情でシンに話題を持って行った。


「清也さんは、シンさんが犯人でないと考えているのですよね?

 私としてもそう思いたいですが、やはり鍵を持ってると言うのは、重すぎる証拠ですよ……。

 悪魔が犯人でもない限り、シンさん以外には無理な気もしますよ。」


「悪魔?なぜそう思うんですか?」


 少し笑って聞き返す。小馬鹿にしたような顔にも見えるし、興味深そうな顔にも見える。


「だって、部屋から抜け出した後に鍵なしで施錠をするなんて、人間には無理でしょう?勿論、魔法でも使わない限りは……。

 魔法で逃げ果せる自信があったから、あんなに勢いよく扉を開けて部屋から出たんですよ。」


 ラースの表情は真剣だ。自分の仮説に深い自信を持っているのだ。


「人狼は超常的な能力を持ってますが、人間なんだと思います。

 現に、奴に僕の剣は効きましたしね。今も左手に傷があるといいのですが。」


「人狼、恐ろしい人物ですね……。」


 会話の雰囲気が、少しずつ暗い方向に流れていく。


「もし事件が解決したら、劇をこの町で上演してくれませんか?町の人も喜ぶと思うんです。」


 清也は空気を変えるために突然、話題を変えた。


「すみませんねぇ……実は野犬の襲撃時に、人形を含む道具が壊滅しちゃって……。」


 ラースは残念そうだ。その表情に浮かんでいるのは「稼ぎ時を逃した!」と言う下世話な考えではなく、「劇を見せれなくて残念だ……。」という職人気質な思いだった。


 これ以上、話す話題もないと思った清也は、湯から上がることにした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 部屋に戻ると花は着替え終わっており、既に捜査の準備万端という感じだった。


「よし、行こうか」


 清也は花の手を取って、ゆっくりと歩き始めた。

 受付に向かう道中で、昨夜の捜査で分かった事や見た物について、花に詳しく話した。


「……と言うことは、椅子の周りの酷い匂いの血は、換気扇にへばり付いた血と同じって事?」


 花は不思議そうな顔をしている。予想よりは怖がっていないようだ。


「その血が何なのか、僕には見当もつかないんだ……。」


 清也はまたも、言葉を詰まらせた。


「それ、元々凶器についていた血とかは有り得ないの?」


 花は思い付きで、何となく言ってみた。

 清也は、凶器についていた血の可能性は低いと思った。しかしその言葉のおかげで、重大なことを思い出せた。


「凶器!?そういえば見つかってないじゃないか!犯人は凶器を持って逃げたのか!?

 でも、あれだけ血のついたナイフを、血痕も残さずにどうやって……。やっぱり……そう言う事なんだろうか……。」


「"そういうこと"って?」


「あぁ、ラースはこの事件を悪魔の仕業だって言うんだ……。そんなわけ無い!と言いたいんだけどなぁ……。」


「確かに、この世界になら悪魔が居てもおかしくないわ。

 でも、悪魔にしては人間らしい犯行をするわね……。やっぱり、人間の仕業と思うわ。

 だって、本当の悪魔なら姿を消して、魔法で殺すんじゃないかしら……。」


「そこなんだよなぁ……はぁ……。もし人間の仕業で、魔法を使って姿を消したなら容疑者が多すぎて、いよいよお手上げかも……。」


 清也は大きくため息をついたが一応、人間の仕業だとして納得させられた。


 二人は受付に着き、単刀直入に質問をした。


「109号室の換気扇の先は一体、どこにつながっているんですか?」


「説明するよりも、見て貰ったほうが早いでしょう。少なくとも、あそこから人は逃げられませんよ。」


「それほどですか……?分かりました。案内して下さい」


 清也がそう言うと、受付の女性はフロントに出て、手招きし始めた。

 二人は女性に着いて行き、ホテルの裏手に回り、外壁に沿って進み続けた。


 1分ほど歩くと、複数の穴が等間隔に空いている外壁の面に出た。


「あの穴の一つ一つが換気扇の出口です。」


 女性は静かに言った。


 清也にはここから人が逃げれないという理由が、痛いほど分かった。

 高速で回転するファンを通り抜けた先、そこは海に面した断崖絶壁なのだ――。


「でも、人狼は雲になって空を飛べるのよね?だったら、換気扇も抜けれるんじゃない?」


「そうであったとしても、あの換気扇に絡まった血肉の意味が分からない……。あれが人狼の物でないなら一体……?」


 清也は再び、推理が行き詰まってしまった。

 いくつもの謎が絡み合っていて、ほんの少しの閃きで綺麗に繋がりそうなのに、その閃きがなかなか訪れなかった。


~~~~~~~~~~~


 部屋に戻り、二人で何時間も考えを出し合ったが、推理は迷走を極めていた。


「あなたが思っているよりも事件は単純で、犯人はシンなのかも知れないわ。」


「それにしては、奇妙な点が多すぎる……。それにシンには、動機がないように思えるんだ。

 詳しくは言えないけど、強盗目的では彼を殺したりはしないよ。」


「犯行をわざと見せたっていうのも、あなたの思い過ごしかもよ。」


「何度も言わせないでくれ!わざと見せる気じゃないなら、悲鳴を演出する意味がないんだ!」


 清也はかなり苛立って、ついに声を荒げてしまった。言葉の節々にも、鋭い棘がある。

 言い切ってから我に返った。しかし時既に遅し、花は委縮してしまっている。


「ごめん……わ、私、風に当たってくるね……。」


「ご、ごめん!君が悪いわけじゃないのに!」


 清也は慌てて謝ったが、花は寂しそうな表情を浮かべながら、部屋から出て行った――。


 一人残された部屋で清也は必死に考えたが、何も思いつかずに一時間が経った。

 花が居なくなった事は彼が想像していた以上に、生産性の低下に繋がったのだ。


(今更、呼び戻そうなんて虫が良すぎだよな……。)


 清也はそう考えて一人きりで、何も生まない推理を続けた。


 さらに三十分が経ち、時刻は夕方の5時を回った。

 その時点で、清也の考えは完全に纏まってしまった――。


(シンか、悪魔か……悪魔の証明は不可能。ならやっぱり、シンって事だよな……。

 考えてみれば強盗でなくとも、”口封じ”の可能性があるもんな……。風呂でも入って、汗を流して花を探しに行こう……。)


 清也は汗と失意を洗い流す風呂に入るために、服を全て脱いだ。

 そして、朝は寝ぼけていたせいで気づかなかったが、上着の内ポケットが妙に盛り上がっている事に気が付いた。

 昨晩から忘れていたハンカチと、それに包まれた奇妙な物の存在を清也は思い出した。




 途端に、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。

 そのハンカチの中には、事件の解明に必要な証拠。その無限の可能性が詰まっているからだ。


(頼む!ただのゴミでありませんように!)


 清也は心の中でそう念じながら、恐る恐るハンカチを開いた。

 中から出てきたのは薄い、皮とも髪とも形容し難い白色の何かだった。


 昨晩はそれが何か分からなかったが、明るい場所で見ればその正体は明らかだった。




「これは……!人間の爪じゃないか!!!」


 清也は全身の細胞を振るわせて叫んだ。

 頭の中で殆ど全てのピースがはまり、事件の全容という肖像画の大半を組み上げた――。


~~~~~~~~~~~


「もしこれが爪なら!109号室の扉は!」


 清也はそう言うと、服を着るのも忘れて風呂から飛び出した。

 そして時を同じくして、花が土産らしきものを持って部屋に戻ってきた。


「清也~ただい……ちょっと!なんで服を着てないの……///」


 花は咄嗟に目を覆った。流石に刺激が強すぎたようだ。


「花!さっきは酷い事を言ってごめん!でも、遂に分かったんだよ!」


 清也は花の手を取って走り出したが、すぐに止められた。


「清也……///お願いだからズボンくらい履いて……///」


 そういわれて初めて、清也は服を着ていないことに気づいた。

 軽快な足取りで風呂場へ向かい、先ほどと同じ服を着て出て来る。


「よし!行こう!」


 清也は花の手を取り、109号室に向かった。

 扉を開け内側のドアノブに顔を近づけ、満足そうに笑う。


「容疑者はこの町にいる全員だけど、こんな事を出来るのは奴しか居ない!

 なるほどラドックスの言うとおり……確かに、”悪魔の所業”だ……!だが、”人間の仕業”でもある……!」


 清也はそう言ったが、最後の謎が残っていた。


(僕には人狼の能力は効かない。だけど、酒場では効いた。この違いは一体なんだ……?

 それさえ分かれば……奴を左腕の傷で、詰められるかしれない!

 このフワフワした推理には、決定打が要る!言い逃れを全て押しつぶす決定打が……!)


 清也は二つの状況の違いを、必死になって考えた。そして、ある仮説に至った――。


「シンに……会ってくる……。」


 静かに呟いて、歩みだした。


「私も行こうか?」


「君は、今から僕が言う人を集めてくれ。」


「“アレ”をやるのね?」


 花は嬉しそうに聞いた。


「ミステリーの終わりは、やっぱり”アレ”をやらないと。」


「わかったわ。さあ、教えて。」


 清也は花に耳を貸すように言った。

 そして、一通り人名を告げると、更に続けて何かを頼んだ。


「えっ!?それが必要なの?」


 花は不思議そうな顔をしている。


「君にしか頼めないんだ……。あと、出来れば下に、少しきつい服を着てくれないか?

 小さめの下着でも、サラシを巻くのでもいいけど……。」


「ええっと、なんで?」


 花は更に不思議な顔になった。


「その……言いにくいんだけど……君は何て言うか凹凸がしっかりしてるから、説得力が少し落ちるんだ……。」


「太ってるってこと?」


 花は少し膨れている。


「違うよ!何て言うかほら、曲線美って言うか……グラマラスって言うか……。」


 清也は言葉を詰まらせた。これ以上はさすがに失礼だと思った。


「フフ♡冗談よ!取り敢えず、小さめのブラを探してみるね!」


 花はそう言うと、軽快な足取りで走り去って行った。


~~~~~~~~~~~


 一時間後、エントランスに6人の男が集められた。

 それは、あの日温泉に居合わせた人物と、手錠を掛けられたシンだった。

 6人が話す話題もなくなりエントランスが静まり返ると、清也が優雅な足取りで現れた。


「"俺”が何が言いたいのか、分かりますね?」


「この中に犯人がいる。そうだろう?」


 サーインが訳知り顔で言った。清也は俯いて、静かにうなずいた。


「誰が何と言おうと、探偵の意見は変わらない。そういうもんだよな。なら俺は静かにしてるぜ。」


 シンは潔い顔で言った。


「じゃあ、本題に入ろうか……。この中に、正体を偽った人物がいる!それも”二人”もだ!」


 顔を俯けたまま清也は推理ショー開始の宣言をした。


「二人!?人狼は二人もいたんですか!?」


 戦犯は驚いて声を上げた。


「いいや、人狼は一人だ。それに、共犯者もいない。」


「じゃあ、どういうことですか?」


 オーナーは不思議そうな顔をしている。


「それは後で話そう。まずは重大な方の正体から始めよう……皆さん、お願いします!」


 清也の合図で、物陰で息をひそめていた10人を超える人達が一斉に飛び出してきた。

 動揺している6人を力づくでねじ伏せ、左袖をたくし上げた。


 すると、一人だけ大きな傷を左腕に抱えた人物がいる。そこに向けて、皆の視線が釘付けになった。

 清也は視線を追った先にいる人物を、俯いたまま指で差し、宣言した――。




「あんたか!オーナー!!」


 それを聞いたオーナーは一瞬、引き攣ったような顔をしたが、すぐに目つきが鋭くなり、笑いだした。


「バレたんじゃあ、しょうがねえ!俺が奴を殺したんだ!だがな、易々と捕まると思うなよ!」


 オーナーは凄まじい速度で走り出したが、すぐに保安官に取り押さえられ、連行された。


 居合わせた清也以外の5人は、オーナーの豹変により呆然としていた。

 しかし、その後に何かあるわけでも無いので、やがて部屋に戻ろうとし始めた。






「おいおい、何帰ろうとしてんだ?」


 清也の冷たい声がした。いつになく淡白な声だ。


「え?だって彼が犯人って……。」


 戦犯は不思議そうに、首を傾げている。


「俺は一言もそんなこと言ってないぞ?」


「でも、あんたか!って言ったじゃないか!」


 サーインが、狼狽えるような口調で怒鳴る。


「あれは、”身代わりは”あんたかって意味だ。」


「じゃあ、あの傷はなんだ?清也だって言ったじゃないか、左手に傷を負わせたって。」


 シンが不思議そうに聞いた。

 顔には笑みを浮かべ、重すぎる物証を覆す壮大な推理を期待しているようだ。


 だからこそ彼が次に放った発言は、皆を驚愕させた――。


「傷?何のことだ?昨日、風呂に入った時も、”さっき”も、あの人の左腕に傷はなかったぜ。

 俺がオーナーを指差したのは、アンタらの視線が向いていたからだ。傷なんてものは、俺の眼に映っていない。」


 清也は半ば笑っている。勝利を確信したようだ。


「清也さん、あなた様子が変ですよ?一人称も”俺”になってるし、言葉も棘があるし……。」


 ラースは心配そうな顔をしている。


「そうですよ!清也さん!休んできたらどうですか?」


 戦犯もラースに続く。目がどんよりと濁っており、何やら様子が可笑しい。




「いい加減気づいたらどうだ?」


 清也はそう言って、ついに顔を上げた。その瞳は”琥珀色の輝き”を放っている。


「今の俺に、その能力は通じないんだよ!」


 清也は怒りに燃えている。そして、大きく息を吸ってから宣言した。


「旅団を野犬で襲撃し!大勢を誘拐し!”彼”を殺害し!

 オーナーに罪を着せ、逃げ果せようとした本当の人狼……それは……お前だ!」




 清也の指が、視線の先にいる1人の人物を捉えた。

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