EP40 嫌悪
完全防音のはずの部屋から、叫び声が"聞こえた"。
これだけなら、人狼が清也に聞かせた幻聴であると、すぐに合点がいく。
問題は、なぜ清也に聞かせる必要があったのか。という点だ。
二人は一度部屋に戻り、会議のような形で考えをまとめることにした。
「清也を怖がらせたかったのかも?」
花は困惑してはいるが、清也ほど深く考えていない。
「いや、僕に悲鳴を聞かせる意味があるはずなんだ。たとえば、犯行を見てほしいとか。」
清也は様々な角度から、悲鳴を聞かせる意味を考えた。
その末に辿り着いた考えだが、清也にさえ犯行を見せる意味は無いように感じられた。
「防音である事を、知らなかったとか?」
花は清也の手伝いをしようと、思いついたことを片っ端から言っていくことにした。
結論から言えばこの作戦は成功だった。
「犯人は僕に犯行を見せたかった。けれど、幻聴であると気付かれる可能性を、微塵も考慮していなかった。
そう考えれば、少しはこの行動にも意味が見いだせるかもしれないな。だが分からない……。
僕に犯行を見せる事に、何の意味があるんだ?部屋から抜け出すのが、大変になるだけじゃないか?
スリルを味わうため、という可能性も捨てきれない。
だけど、僕の誘導に従ってまで誘拐を慎重に遂行しようとした男が、そんな事をするだろうか?」
清也は止まらない思考の渦に巻き込まれながらも、推理は着実に進行していた。
「ねえ、清也。犯人が人狼とは別人の可能性はないの?
ここまで、人狼が関与していた証拠は多いけど、人狼が実行したという証拠はない気がするわ。」
花は純粋な疑問を述べた。
「人狼でない場合……。ただの怨恨や強盗でここまでするだろうか?それに何故、人狼が手を貸しているのかが気になる。」
「あのダイイングメッセージを書くことを条件に、殺人に何らかの形で協力してたとかは?」
「協力……は無いだろうね。
黄金の魔術師を個人的に殺したくて、ついでにダイイングメッセージを偽造させるっていう事を、奴なら人を操って出来るから。」
「部屋の中で犯人が捕まると困るから、清也たちが来たのを見て叫び声を聞かせたとか?」
「それなんだよ……。今回の事件の最大の謎、それは犯人が僕とラースに見えるようにすべての犯行をさらけ出してる所なんだ。
どうして隠そうとしないんだ?夜中のうちに勝手に暗殺することだってできたのに……。」
清也は、またしても考えが交錯した。
「食欲があるか分からないけど、夕飯でも食べに行かない?」
清也は、とりあえず話題を変えてみることにした。
「そうしましょうか、血なまぐさい話ばっかりしてたしね。
その前に、私ちょっとシャワーを浴びるわね。魔術師さんには悪いけど、あの部屋の空気を体に着けたままでいたくないもの……。」
「まったくその通りだよ……。僕もシャワーを浴びようかな?」
言われて気付いたが、確かに体が少し臭う気がした。
花からは特に匂わないが、彼女は過敏に気を遣っているようだ。
「じゃあ、先に入る?私は”後から”入るから……♡」
花の言葉は遠慮のように感じられるが、明らかに何かを企んでいる。
囁くような声の中に、"サキュバスの気配"を感じた清也は、逃げるように部屋を出た。
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清也は部屋のシャワーではなく、ホテルに付属した温泉に向かうことにした。
脱衣所に着くと既に5人分の服があり、中から楽しそうな話し声が聞こえる。
清也も一通り服を脱ぎ、脱衣所と温泉を仕切る扉を横向きに開け放った。
そこにはサーイン、ラドックス、洞窟を爆破した戦犯、この町の保安官、恰幅のいい老紳士がいた。
「おっ、清也じゃねえか!お前もこのホテルに泊まってたのか?」
サーインが大声で笑いながら、清也に話しかける。
「このホテル、あんな事件があったとはいえ、それを差し引いても本当に居心地がいいですよね!」
戦犯も笑っている。何だか少し苛つく笑顔だ。
「そう言っていただけると嬉しい限りですよ。今後もお客様が途絶えないことを祈るのみです……。」
老紳士の顔が曇る。どうやら彼は、客では無いらしい。
「清也さんに紹介しますよ。この紳士はホテルのオーナーです。」
全身を湯に浸けたラースは紳士を指差し、微笑みながら言った。
「保安官さん、シンの取り調べはどうなりました?」
清也はラースを無視して、保安官に話を振った。
「それがねえ……。全く認めようとしないんだよ……。
彼以外に居るわけないんだから、さっさと認めちゃえばいいのに……。」
保安官は少しのぼせているのか、本音をこぼした。
その無責任さに、清也は少しイラっとする。
「あなた、事件現場に行きました?」
清也の様子が変わった。口調は優しいが、言葉尻に不快な感情が溢れている。
「行かなくたって分かるさ……。この仕事を20年。助手時代も合わせれば、30年やってるんだ。
間違いなく彼が犯人だよ。恐ろしい事件を起こしたもんだよ、まったく……。」
清也の中で何かが切れた。
「こんの馬鹿野郎がぁっ!!!」
言い終わるより先に、清也の拳が保安官の頬にねじ込まれた。
保安官は清也に殴打された勢いで、湯から強制的に弾き出され、和やかだった空気が一変した。
保安官は何が起こったのかわからず、呆然と頬を抑えたまま横たわっている。
清也はこのいい加減な保安官が許せなかった。
今になって思えばおかしな話だ。どうして保安官が現場で捜査をせずに取り調べを行うのか。
そもそも、遺体のそばにあったダイイングメッセージの存在を知らない時点で、まともに捜査する気が無かったのだと清也は悟った。
そして、この保安官に腹が立った一番の理由は清也が20年以上もの間、同じような男を誰よりも近くで見てきたからだった。
立場に甘え、自分より下の身分の者すべてを任せ、楽をする。
自分の生活が安定しているからこそ、人としての不甲斐なさを受け入れ、あまんじてしまう。
そんな男を清也は嫌というほど見てきた。どんな時もそばにいて、たまらなく嫌悪してきた者。
清也が人生で最も嫌ってきた男、それは"自分自身"に他ならなかった。
保安官にしてみれば、大変に迷惑な話だという事も承知していた。それでも、喝を入れずにはいられ無かった。
「あんたは!人を助けたくて!人を守りたくて!悪を裁きたくて!保安官になったんじゃないのか!?」
清也の心からの叫びに、その場にいた一同は沈黙せずにいられない。
「いま、俺と俺の相棒は真実を掴むために戦ってるんだ!悪を裁くために!正義を執行するために!
無実かもしれない男が罪人になるのが許せないから!人殺しが逃げ果せるのが許せないから!俺たちは戦ってるんだ!」
清也の瞳に、中年の保安官は映っていなかった。
そこに映るのは会議中には寝て、残業をせずに帰り、試験を受けずに合格する。
そんな、スーツ姿の自信のなさそうな男の幻影だった。
「俺の知っている情報をやるから、今からでも捜査を開始しろ!そして町を封鎖して、犯人が逃げないようにするんだ!」
清也がそこまで言ったところで、保安官は泣き出してしまった。
言いすぎたかと心配になってきた頃、背後から3つの拍手が聞こえてきた。
「よくぞ言ったぞ!清也くん。」
オーナーが微笑んでいる。
「とても素晴らしかったです!」
ラースも続く。
「若い世代も、まだまだ捨てたもんじゃ無いな……。」
サーインはしみじみと感慨に耽っている。
戦犯は未だに、呆気に取られている。情けない奴である。
清也は密かに、拍手する者の左腕を見ていたが、やはり傷のある者はいない。
保安官は泣くのを止めたようだ。振り向くと、清々しいほどの笑顔を見せている。
「目が、覚めたよ……。君のおかげでね。私はいつの間にか志を見失っていたようだ……。」
保安官はそう言って、脱衣所の扉に手を掛けた。
「僕の持っている情報は、いらないんですか?」
清也は先ほどと打って代わり、優しい口調で聞いた。
「初心に帰ろうと思うんだ。捜査の基本は現場にある。なら、自分の目で見て考えるのが一番さ。
君にだけ教えてあげよう。まずは、部屋にある換気扇。
あの奥を調べると大量の血と肉片、絡まった糸がファンに巻き込まれて、ぐちゃぐちゃになってたそうだよ。
それと、明日の夜8時にシン君は中央治安兵本部に護送されることが決まった。
彼を助けるならタイムリミットは明日の7時だ……。私も尽力すると誓おう。」
有力な情報を清也に託した保安官は、扉を開けて去って行った。
「では、私も出ますかな……。」
オーナーがそう言ったのを切っ掛けに、ラースを除く3人は湯から上がることにした。
「私は長風呂が趣味なのでお気になさらず!」
ラースは元気にそう言った。どうやら彼は、5人の中で最も早くに浸かり始めたようだ。
「では、僕も出ますね。」
清也は淡白な口調でそう言って、湯から上がった。
頭の中は、凄惨な状態の換気扇の奥の事でいっぱいだった。
(花を行かせなくて本当に良かった……。)
換気扇に花を向かわせていた場合の事を想像して、清也は胸を撫で下ろした。
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部屋に戻ると、花はすでに着替えていた。だが、服が前後逆になっている。
「えぇと……前後逆だよ……。」
清也は遠慮がちに言った。
「えっ!?」
花は気付いていなかったようだ。柄のない服だから、仕方ないのかもしれない。
花は突然、服を脱ぎ始め、清也は堪らずに退散した。花は相変わらず無防備だった。
「この服似合ってる?」
数分経って、再び部屋に入ると花に聞かれた。
先程のシンプルな服の代わりに着た、白いワンピースは花の薄い緑色の髪と見事に調和していた。
「とっても綺麗だよ」
清也は率直な感想を勿体ぶることなく言った。
「綺麗……えへへ、ありがとう!」
花の顔は、今日一番の笑顔に満たされた。
清也には“笑顔が最高の宝である”という先祖の教えが、本当の意味で理解できた気がした。
昨日と同じ酒場で、2人は再び夕食を取る。
「今日は飲まないようにしよう。」
清也はぼんやりと思い出せる、昨夜の醜態を戒めとした。
「ええ、そうね。私なんて、目の前で私とあなたが会話してるのを見せられたもの……。」
花は心底、奇妙な体験をしたようだ。
「どんな内容だった?」
「確か、“ 魔王討伐、金持ちになったら、やりたくないか!”って清也が言って、
私が“それは誰でしょう?”って聞いて、清也が“黄金の魔術師です!“って答えてたはず。」
清也は楽しい話題のつもりで聞いたが、内容を聞き、震えが止まらなくなった。
動悸は収まらなくなり、心拍数が急激に上昇していくのが自分でも分かった。
「花、真剣な話がある。落ち着いて聞いてくれ……。」
清也の顔は、嫌悪感に満ちている。
「ええ、今日こそ、言ってくれるのよね……?」
花は何かを期待している。しかしどうやら、彼女の望む言葉では無さそうだ。
大きく間を取ってから、清也は衝撃の一言を口にした。
「黄金の魔術師を殺したのは……僕だ……。」




