EP39 遮断
清也は受付に着くと、保安官助手と身分を偽って聞き込みをすることにした。
「あの部屋を開けられる鍵は、マスターキーと部屋の鍵以外には無いのですか?」
「はい。実はあの部屋の鍵はマスターキーで開けることは出来るのですが、以前に使われていた109号室の鍵では開けることが出来ないのです。
あの部屋に初めて宿泊された時に、自分で鍵を新しく作られたようで……。」
「あっ……そういえばマスターキーの入っている箱を壊してしまったお詫びがまだでしたね。申し訳ありません。」
清也は頭を下げた。
「いえいえ、古くて作りが粗い箱だったので私たちも開けられず困っていたんです。
まさか、中の鍵が錆びているとは思いませんでしたが……。」
「あの箱、かなり埃を被っていましたが、どれほどの年季が入った物なのですか?」
「あの箱は当ホテルの創業以来、開けられた事がないのです……。具体的には約30年間ですね。」
「マスターキーを預かっても良いでしょうか?」
「はい、保安官助手の方でしたら構いません。」
清也は軽く会釈をして、受付を後にした。
「ねぇ、この鍵だと本当にあの部屋を開けられないの?
見たところ、そこまで錆びてないけど?」
花は不思議そうに聞いた。
「いや、差し込んでも全く動かないよ。」
清也は鍵を差して見せるために109号室に再び向かった。
その途中で、扉が勢いよく開いて女性が飛び出してきた。
「殺人鬼がいるホテルになんて1日でも居たくないわ!
この町は広いんですし、他のホテルに行きましょうよ!」
女性は興奮して叫んでいる。
「分かったよ!君だけが別のホテ」
中にいた男性がそこまで言ったところで、女性は扉を閉めた。声は遮られて聞こえなくなった。
女性が怒ったような足取りで歩いていくのを見てから、先に花が口を開いた。
「ねぇ、清也。このホテルに泊まりたいって言ったのは私だから言いにくいけど、今日もここで寝るのはやっぱり怖いわ。別のホテルに移らない?」
「あぁ、その方が……ん?」
清也は何かに気付きそうになったが、生み出された閃きはすぐに消えた。
「どうしたの?」
「いや、何か引っ掛かるなと思って……。」
「清也って、なんだか探偵みたいね!」
「まぁ、○田一少年とか、コ○ンはそこそこ読んでたからね、そのお陰かもしれない。」
清也は109号室の鍵穴にマスターキーを差し込んだが、やはり動かない。
「駄目かぁ……。まぁ、使えたとしても、受付の鍵で施錠するなんて出来ないよね。」
「やっぱり、合鍵かしら……?
でも、シンが持ってた鍵でしか開けられないし、マスターキーは錆びついてる上に、30年前から使われてないのよね?」
「そこに関してはあまり気にしてないよ。
夜に忍び込んでマスターキーを盗み出せば合鍵は作れるし、あの箱を、接着剤を着けて閉めれば開かない状態にはできる。
鍵だって、箱に戻すまでに故意に錆させればいいし。むしろ、30年間使われてない方が好都合だよ。」
清也はそう言い終わると、109号室に入ってみた。
血の匂いが部屋に充満している。遺体はまだ椅子に座らされたままだ。窓はないが、換気扇のような物が天井についている。
「ねぇ、もしかしてあそこを通れば部屋から抜けられるんじゃないの?」
花はそう言って換気扇を下から見上げた。
「確かめてみるかい?」
清也はそう言うと、膝立ちになった。
「何してるの?」
「肩車に決まってるだろ。ほら、遠慮しなくていいから。」
「それはちょっと……恥ずかしいかな……///」
清也は至って真面目に提案したのだが、花は顔を真っ赤にして、それとなく拒否した。
「それに、もしかしたらまだ人狼が居るかもだし……私ちょっと怖いなぁ……。」
「分かった。夜に僕が一人で中を調べることにする。」
そう言うと清也は振り向いて、椅子のある場所を見つめた。白いカーペットが、赤く染まっている。
見えにくいが確かに、"シンは人狼"と書かれている部分がある。
清也は出来るだけ、座っている状態を再現した空気椅子を行なって、床に文字が書けるかを試してみることにした。
「やっぱり無理だよ。
そもそも、一度椅子から滑り落ちて書いたなら、椅子に座ってる状態に戻す意味が見当たらないし……。」
清也は首をかしげた。
「慌てていて、気が動転してたとかは?
それか、予想外に叫び声が大きくて、気付かれるのは予想外だったとか。
それなら、文字を消す余裕がなかったとかも考えられるわ。」
「かもしれないね。……妙に強烈な死臭がするな……まだ、事件から一日も経ってないけど、こんなに匂う物なのか……?」
「今日は熱いもの……それに遺体だって、まだ回収されてないし……。」
花は途端に気分が悪くなったようだ。
「いや、それにしても、この匂いはおかしい。」
清也はそう言って、匂いの元を探り始めた。
すると、血に濡れたカーペットの一部が、特に匂いがきついことに気が付いた。
「ここ……他の何倍も酷い匂いだな……。」
「どうしてかな……?その部分の血だけ古いとか……?」
花はかなり怖がっている。
これ以上、この部屋に花を留めておくのは可哀想だと思い、清也は最後に遺体に残る致命傷を観察する事にした。
清也がポスト越しにみた光景、それは何者かの腕が一度で喉を掻き切る様子だったが、遺体の喉には二本の切り傷が交差してついていた。
「2回も切られたのか、可哀想に……。
かなりの殺意だったのか、それとも何か意味があるのか?」
清也にはこの事に重大な意味があるのではないかと思えた。
「せ、清也……。私、気持ち悪くなっちゃった……!」
花は明らかに顔色が悪い。涙目になって、少し震えている。
「ごめん!今すぐ出よう!」
清也は、花をここに連れて来るべきじゃないと確信した。
~~~~~~~~〜〜〜
清也が花を連れて部屋に戻ると、花が急に血相を変えて叫んだ。
「清也!ちょっと部屋から出てて!」
「えっ!?ちょっと待っ」
扉は勢いよく閉められた。
清也が呆然としていると、4分ほど経って扉が空いた。
「一体どうしたの?」
清也が怪訝そうな顔をして聞く。
「ちょっと、気分が悪くなっちゃって……。」
「……デリカシーのないこと聞いてごめん!」
清也は申し訳ない気分で満たされた。
わざわざ扉まで閉めたのに、問い詰められたら嫌に決まってる。
「いや、いいの。無理に清也を手伝おうとした私が悪いのよ。」
花は少し顔色が良くなった。
「君に変なことを手伝わせた僕が悪いんだよ!
あと、さっきの提案だけど、やっぱりホテルを変え…………ん?」
清也は今度こそ、何かに気が付いた。
「どうしたの?」
「あの部屋にはもう入らないから、もう一度だけ捜査を手伝ってくれるかい?」
「もちろん!でも、どうして今それを聞くの?」
花はかなり回復したようだ。
「気分が良くなったらでいいんだけど、中から大声で叫んでみてくれないか?」
「今からでもいいわよ。」
花はそう言って叫ぼうとしたが、清也が止めた。
「ごめん。これは僕がやるべきことだ。
その方が検証になるし、君に喉を痛めてほしくない。」
清也はまたも、申し訳なさそうに言った。対照的に花は少し嬉しそうだ。
花を部屋から出し、扉と鍵を内から閉めると清也は室内から大声で叫んだ。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
そして、すぐに扉を開けた。
「……どうしたの?まだ叫ばないの?」
花は不思議そうな顔をしている。
どうやら、清也が既に叫んだ事など微塵も気付いていないらしい。
「やっぱり!そういう事かっ!」
清也は一階の受付を目指して、階段を駆け降りた。花もそれに付いていく。
受付に着いた清也は、受付の女性に質問する。
「このホテル、もしかして全室完全防音ですか?」
「はい。扉にポストがついている109号室を含む、全部屋が完全防音となっています。男女で宿泊なされるお客様が多いので。」
花の顔が想像で真っ赤になると同時に、清也の顔は真っ青になった。




