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EP224 永遠を征する眼


「・・・んぅ?」


 征夜が目を覚ますと、そこはテントの中だった。

 簡易ベッドの上に寝かせられた彼の耳に、慌ただしく動く人々の声が聞こえる。


 薄目を開けてテントの中を見渡すと、そこには花・資正・アランの3人が居た。

 心配そうに征夜の顔を覗き込む彼女をよそに、他の二人はシンミリとした表情で話し込んでいる。


「そうか・・・"ゔぃる"が死んだか・・・。」


「あぁ、元から余命一年だって言われてたが、最期の力で領地を守ったらしい。

 噂じゃ、"回転魔法"で邪神を8体も殺したとか。・・・すげぇ奴だよな、ほんと・・・。」


(邪神を8体!?)


 征夜は耳を疑った。

 その事実が本当なら、征夜は自身の力で世界を救ったという自覚を、改める必要がある。


「某が山に篭っとる間も、彼奴は命を燃やしていた。

 ・・・我ながら、情けない話だ。彼奴は最期の最期まで、"廻炎のゔぃるへるむ"だったというのに・・・。」


「そう悲観するなよ。お前だって、怪魔を500匹くらい殺しただろ?それで十分さ。」


「魔王を倒したのは弟子の征夜だ。某は魔人すら倒しとらん。」


「謙遜するなよ。お前は上級魔人を18人も拘束してる。殺せない縛りの中で、良くやってるさ。」


「・・・だが、彼奴らは操り人形だった。自我も無くしておる。」


「正気に戻したのが大事なのさ。

 お前が居なくても、ヴィルが居なくても、そこの坊主が居なくても、世界は終わってた。それは間違いない。」


(500・・・18・・・。)


 自らの師の功績にも、空いた口が塞がらなかった。

 征夜が今回の戦いで倒したのは、轟きの谷での戦闘を加味しても150匹ほど。上級魔人と呼ばれる存在には、出会ってすら居ない。


「それじゃ・・・やるか。」


「あぁ・・・我らが盟友、ゔぃるへるむ1世に。」


「ヴィルヘルム1世に。」


カチーン・・・


 心地よい音を立てて、金属のグラスがぶつかる音がした。友との別れを偲びながら、二人は乾杯したようだ。


「アランさん、資正さん、彼は眠ってるので・・・。」


 グラスの音で征夜が起きるのを危惧した花は、少し遠慮がちに注意した。


「おぉ、すまんな。・・・いや、此奴起きとるぞ。」


「えっ?・・・征夜!起きたのね!」


「うわっ!?」


 征夜の目覚めに安堵した花は、力強く征夜を抱きしめた。顔が胸元に埋まり、息が出来なくなる。


(う、うわ・・・柔らかい・・・。)


 セーターの生地と、たわわな感触を顔全体に感じながら、征夜は頬を赤らめた。


「それじゃ、俺は他の奴を手伝って来るか。」


「すまんな、あらん・・・気を遣わせて・・・。」


「また後で来る。」


「あ・・・。」


 少し気まずくなったのだろうか。

 アランは逃げるようにして、テントから出て行った。

 征夜は何かを言いたげに声を発したが、空腹と疲労に負けて、途切れてしまった。


~~~~~~~~~~


「この世界に来てから、毎日気絶してる気がする・・・。」


「それだけ危険な旅って事よ。仕方ないわ・・・。」


 おしぼりで花に顔を拭かれながら、征夜は慰めの言葉を貰った。言われてみれば確かに、彼は頻繁に気絶している。


「・・・師匠、お久しぶりです。そう言えば、何故ここに?」


「虫の知らせ・・・かのう?何はともあれ、花殿から大まかな話は聞いた。大変だったな。」


「いえ・・・大丈・・・・・・。」


 "大丈夫"とは、言えなかった。

 見捨てて来た大勢の人の叫びが、叫びすら聞けずに死なせたミサラの顔が、脳裏によぎって泣きそうになる。


「分かっとる。色々と、辛かったな。」


「・・・はい。」


 師匠と恋人の前で、泣く訳にはいかなかった。

 特に、花は同じ苦しみを抱えながらも、泣く事を我慢しているのだ。自分が泣く訳にはいかない。


「時間は幾らでも有る。まずは、花殿の粥でも食え。」


「召し上がれ・・・!」


「いただきます。・・・美味しいよ。ありがとう。」


 差し出された食事を食べながら、征夜は目元を見せまいとして、ゆっくりと顔を伏せた――。


~~~~~~~~~~


「・・・なるほど。花殿を守ろうとして激昂し、その後の記憶が無いと。・・・その時、此奴の様子は?」


「目が赤く光って・・・とっても・・・怖かったです・・・。」


「・・・白目はあったか?」


「はい。あったと思います。」


「うーん・・・。」


「どうされましたか?師匠。」


 3人は当時の事について、何が起こったのか検討していた。俗に言う"暴走"が起こったのは間違いないが、問題は"原理"についてだ。


「お前はおそらく・・・"新たな瞳"を開眼した。ただ・・・どうにも変なのだ。」


「と言うと?」


「以前言った、兄弟子の話を覚えとるか?」


「勿論です。トオルさんの事ですよね?」


「彼奴の眼・・・もっと言えば"眼術"は、其方の物とは違うかも知れん。

 最期に戦った時、奴の目には白目が無かった。全てが黒く、塗り潰されていたのだ。」


「ラースも同じように、黒く染まっていました。」


「うーむ・・・それがトオルの眼術なのだろうか?」


 ラースの眼、トオルの眼、征夜の眼。

 どれが何の眼術で、どれが同じ物なのか。3人には皆目、見当が付かなかった。


「僕、言われた事があるんです。僕の眼は"血脈"に継がれる物だって。

 それが本当なら、師匠の眼と僕の眼も違うと思います。師匠が"僕のご先祖様"なら、話は別ですけど。」


(うーむ・・・此奴の先祖・・・。)


 資正、"本名・吹雪資正"は紛れもない征夜の先祖だ。

 本家直系の先祖であり、吹雪一族の初代当主。そして、"吹雪の剣豪"その人なのだ。


 これで、ほぼ確定した。

 征夜の眼と資正の眼は、おそらく"同じ物"だろう。


「・・・まぁ良い。とにかく大切なのは、お前の眼術に相応しい名前を付けることだ。」


「・・・名前?」


「野を駆ける"凶狼"のように、琥珀色に輝く眼。それが凶狼の瞳。

 赤く輝く新たな瞳にも、それに見合った名前が要る。言いやすくて、単純な名前がな。・・・何か良い案はあるか?」


 資正はどうやら、征夜に名前を付けて欲しいようだ。


「・・・赤狼(せきろう)の瞳?」


「語呂は良いが、安直過ぎんか?」


真紅◯の(レッドアイズ)黒竜(ブラックドラゴン)の瞳」


「うむ、某が決めよう。」


 征夜のネーミングセンスは、あまりにも絶望的だ。

 このまま待っても、良い名前は出て来ないと悟った資正は、諦めて自ら名付ける事にした。


「戦いの化身・・・激しい怒り・・・・・・やはり、”あれ”だな。」


「何ですか?」


「・・・"修羅(しゅら)"だ。」


「"修羅の瞳"・・・良いですね!」


 征夜も、資正の付けた名前に異論は無かった。

 語呂も良いし、何より覚えやすい。凶狼の瞳の次の段階としても、相応しい名前だろう。


「二つ目の眼術の名は修羅の瞳だとして・・・総括の名を決めねばな。」


「総括の名?」


「毎回、別々に名前を呼ぶのも面倒だろう。

 二つの眼術をまとめた名称だ。出来るだけ短く、単純な方が良い。何が良いかのう・・・。」


 資正は今度も、自ら名前を付けようとした。

 既に、征夜のネーミングセンスには、何の期待も寄せていないようだ。


 ところが、征夜は資正が名前を決めるよりも早く、自らの意思で名前を決めた――。


「"永征眼(えいせいがん)"。」


「・・・ん?」


「永遠を征する眼。永征眼にしましょう。」


 征夜には何故か、その名前が既に決められていた物のように思えた。

 考えるまでもなく、スッと頭の中に入って来る。そんな、不思議な名前だ。


「・・・良い名前ではないか!」


 征夜のネーミングセンスに絶望していた資正とて、流石に認めざるを得ない。

 簡潔で分かりやすく、何よりも縁起が良い。少し壮大すぎる気もするが、それも良いだろう。


「師匠が僕に付けてくれた"征夜"が、夜を征する意味。

 なら、昼も夜も関係なく”全ての時”を征するのが、凄く良さそうな気がして・・・。」


「うむ!それで行こう!氷狼神眼流の眼術の名は、今日より"永征眼"とする!」


 資正はどこか嬉しそうに微笑みながら、力強く宣言した。


~~~~~~~~~~


(う~む・・・どうにも暗いのぉ・・・)


 色々と言葉を交わしたのは良いのだが、資正には二人が未だに暗く沈んでいる事が気がかりだった。

 仲間を含む多くの人を見殺しにして、自分たちだけが生き延びたのだ。そう考えれば、暗くならない方が無理な気もする。


 しかし資正は征夜の師として、何とか励ましてやりたいと思っていた。

 そこで彼は、話の流れを少しでも”明るい方向”に持っていこうとする。


「それにしても征夜・・・。」


「何ですか?」


「其方・・・なかなか隅に置けん奴じゃな。

 こんな別嬪(べっぴん)な女子・・・どこで捕まえたんじゃ・・・?」


「えっ!?」


「まぁ!嫌ですわ資正さん!ご冗談を!」


 段々と、空気が明るくなって来た。

 花は頬を赤らめ、征夜は少し慌てている。感情に波が生まれただけでも、かなりマシと言えるだろう。


「聡明で快活、料理も上手い。褒め過ぎる事はないと思うぞ?・・・ウチのバカ弟子には、大変勿体ない女子だ。」


「あ、アハハ・・・。」


「フフッ♪でも私は、征夜くん一筋ですから♡・・・あら?どうしたの?」


 気が付くと、征夜は花の方に向き直って神妙な面持ちをしていた。


「花・・・もう一度謝らせて欲しい。」


「え?何の事?」


「さっき・・・君の事を刺した件。改めて・・・謝りたいんだ。」


「お?物騒だのぉ?」


 征夜が花を刺した事を、資正は知らされていなかったようだ。少し驚いたような顔をしている。


「君の心臓を刺して・・・痛い思いをさせた・・・とっても怖かったと思う・・・本当に!ごめん!」


 勢いよく頭を下げた征夜だが、花はそこまで気にしていないようだ。

 一応は死にかけたものの、結局は生きている。彼女としては、そこが大事だった。


「意識が無かったんだもん!仕方ないよ!」


「でも、君を傷付けるなんて・・・恋人として失格だ・・・。」


「もうっ!大袈裟すぎだよっ!・・・それに、心臓には刺さってないよ?」


「え?」


「ほら・・・!」


 花はセーターの下に手を滑らすと、内ポケットから何かを取り出した。

 それは"金属の残骸"だった。よく見ると、元はナイフのような物であった事が分かる。


「・・・ッ!?吹雪の短刀ではないか!」


「え?吹雪?」


「ふ、普通武器の短刀じゃ!」


「・・・?」


 自分の苗字が付いた短刀に、征夜は少し顔をしかめた。

 しかし資正は、自分が彼の先祖である事を知られたくないので、短刀の名前を雑に誤魔化した。


「あなたの袴を貸してもらってた時があったでしょ?

 その時に入ってた短剣を、胸ポケットに入れたまま忘れちゃってたの。

 いつか返そうと思ってたんだけど・・・コレがあったから、助かったのかも!」


「そうか!ソレだけ無いと思ってたけど、君が持ってたんだね!」


 征夜は魔王の城に向かう前夜、持ち物のチェックをしていた。

 その時、資正から受け取った短剣だけが失くなっていたが、どうやら花が持っていたようだ。


(言い伝えでは、"一族断絶の危機"に力を発揮すると聞くが・・・なるほど。)


 吹雪の短刀は、資正が父より受け継いだ物。

 吹雪一族に名字がつく前から残されていた、家宝のような物だった。

 一族が断絶し、吹雪の血が途絶える事が無いように、代々の長男が受け継ぐ物とされている。


(言い伝え通りなら、花殿は征夜と・・・。)


 一族の断絶を防ぐ刀が、末裔の恋人を守ったのだ。

 今はタダの恋人でも、いずれは"それ以上"になるかも知れない。そう思うと、言い伝えは間違いではないだろう。


(見れば見るほど、綺麗な女子じゃのう・・・。)


 もう老人且つ既婚者なので、彼女に恋愛の情は一切湧かない。

 ただ純粋に征夜の先祖として、吹雪一族の長老として、彼は"子孫繁栄"の期待が高まった気がした。


「・・・きっと、"元気な子"じゃろうな。」


「え?何か言いましたか?」


「わわっ!?し、師匠!何言ってるんですか!?」


 江戸時代特有のセクハラ発言だが、彼としては一切の悪意が無く、冗談混じりの"褒め言葉"のつもりなのだ。


 いつもは鈍感な征夜だが、今回ばかりは花の方が鈍いように思える。


「なんだ?作らんのか?」


「え?何がですか?」


「花は聞かなくて良いよ!師匠は酔ってるんだ!」


「ワハハ!そうかも知れんのぉ!」


 どうやらアランと飲み交わした酒が、上手い具合に回って来たようだ。

 程よく陽気になった資正は、征夜と花の空気を明るく出来たように感じる。


「そうですよ!そもそも僕と花は、した事無いですから!」


「ん?何が?」


「まぁ、焦る物でもあるまい。機が熟すまで待つが良かろう。」


 資正はそう言うと、湯呑みで茶を啜った。


~~~~~~~~~~


「ほぉ、新しい技を開発したとな?」


「はい、見ててくださいよ!・・・はぁッ!」

<気導弾!>


 征夜は右手を上に向けて、胸の前に構えた。

 そして空気の流れを作り、ボンヤリと覚えている感覚に沿って回転させる――。


「・・・何も起こらんが?」


「あ、あれ?はぁッ!」


 1回目は不発で、2回目は僅かに流れを感じる程度。

 ラースを壁に叩き付け、押し潰し、上半身を粉砕した気圧の球は、全く再現出来ていない。


「た、確かに完成したんですよ!僕だけの技!それで魔王を倒したんですから!」


「今は疲れとるのか、それとも新たな眼術で肉体が強化されとったのか。・・・どちらにせよ、今の其方では使えんようじゃな。」


「そ、そんなぁ・・・。」


 咄嗟の閃きで完成させた技だが、個人的にはかなりの自信作だった。

 "竜巻殺法"や"真空狩り"など、既にいくつかの技を開発して来たが、今回は一段上の完成度だと思っていたのだ。

 しかし、使えなければ意味が無い。師との久しぶりの再会で、成長を見せようと思っただけに、これは残念だった。


「某に、どんな技か教えてみよ。もしかしたら出来るやも知れん。」


「手の中に空気の流れを起こすんです。

 内側に、内向きの螺旋回転。外側に、外向きの渦。

 この二つを球体に練り込む感じです。・・・まぁ!流石の師匠も、練習無しにするのは無理だと思いま・・・えっ!?」


 ヒュンヒュンと加速する音を立てながら、資正の手の中で気流が回転し始めた。

 超高速にまで加速した二つの回転が白い球体となり、甲高い音と強烈な光を放ちながら、手の中に収まっている。


「・・・おぉ、結構難しいな。」


「も、もう出来たんですか!?」


「伊達に300年も生きとらんよ。調気の極意の事は、全てを知っとるつもりだ。」


「そうですか・・・・・・やっぱり、師匠は凄いなぁ。」


 アレほど苦心して、暴走までして完成させた技。

 そんな気導弾を、いとも容易く使用してみせる資正に、征夜は尊敬と少々の"嫉妬"を覚えた。


「いや、この技はかなり高難度だと思うぞ。某も気を抜けば、簡単に弾け飛んでしまう。・・・良し!」


「どうかしましたか?」


「"伝承者・吹雪征夜"の編み出した新たな技、気導弾を"氷狼神眼流・第三奥義"とする。」


「えっ!?」


「この技は難度も完成度も、刹那氷転や金剛霜斬に匹敵する。お前の"功績"も鑑みれば、至極妥当な判断だと思うが。」


 風を起こすのでも大変なのに、それを回転させ、球体に丸め込んでいるのだ。

 緻密なコンロールを身に付けた今だから出来るが、肺活量で"ゴリ押し"していた300年前の自分では、無理だったかも知れない。


 そう思うと、資正としてもこの技は驚異的だった。


「やったね征夜!」


「・・・うん。」


 抱きついて頬擦りする花をよそに、征夜は浮かない顔をしていた。

 資正が言った言葉。"功績"と言う単語が、どうにも引っ掛かるようだ。


「新たな奥義を開発し、魔王を倒し、勇者となった。

 某は師として、先・・・お前が誇らしくて仕方ない。本当に、よくやったな・・・征夜・・・!」


 危うく「先祖として」と言いかけた資正は、直前で口をつぐんだ。


「僕が・・・勇者・・・。」


「そうだ。巷でよく聞く名はたしか・・・」


 資正は少し溜めて勿体ぶった後、少し誇らしげに"彼の通り名"を呟いた。


「"極光(おーろら)の勇者"・・・だったか。」

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