EP20 使命
清也はエレーナの言葉を、頭の中で繰り返して反芻していた。
(転生者にはそれぞれ重要な使命がある。
魔王討伐に力を貸してくれるのは同じ使命を帯びた者だけだ。)
清也の使命は魔王の討伐、では花の使命は何なのだろう?
「彼女を、この危険な冒険に連れ歩く訳にはいかない……。
彼女とは、試験に合格するために協力していただけなんだ……。)
それは決して、本心では無かった。
花と清也は知り合ってから、まだ一週間も経っていない。
普通なら、やっと友人としての関係を確立出来る頃だ。
しかし、花は清也に対して友人という段階を越えた好意を持っていたし、清也の方も表立って伝えはしなかったが、花の事を一人の女性として好意を持っていた。
そうした関係の急速な発展の裏には、典型的な"吊橋し効果"が働いていたが、それを差し引いても二人は非常に相性が良かったのだ。
そんな事もあり、部屋に戻ろうとする足取りは必要以上に重い。
ドアノブを捻る頃には、拭わなければバレてしまうほどの涙が、瞼に溢れ出していた。
「あっ、清也!ごめんなさい支度が遅くなっちゃって……。もうお昼ご飯食べちゃったよね?」
花はそう言って、清也に駆け寄ってきた。
その顔には朗らかな笑みが浮かんでおり、穏やかな印象を与える。
「花、君に話さないといけないことがある……。君と僕の今後について……。」
清也は重苦しい表情で言うが、花は逆に表情が明るくなった。
「えぇっと、何かな?」
花は頬を紅くして、うわずった声で聞いた。
清也が紛らわしい言い回しをしたせいで、明らかに何かを期待してしまっている。
「ここで別れよう。」
清也ははっきりと言い切る。
「うん!私も清也の事が……。
え?……えっ?ちょっと待ってよ!冗談だよね!?」
花は、言われた言葉が理解出来ずに戸惑っている。
予想していたのとは、ある意味真逆の言葉が返ってきたからだ。
「ここで別れよう。」
大事な事なので、清也は繰り返す。
「なっ、何でよ!何で別れようと思うの?」
エレーナからの話を聞いていない花にしてみれば、突然の宣告は、単純に嫌われているとしか思えない。
「君にだって与えられた使命があるだろう?僕にもそれはある。
君が使命を果たすのも、僕は邪魔できない。だから、君とはここで別れようと思う。」
清也は言いきった。
それでも花は納得出来ない、その裏に隠された真意があるのでは無いかと、探らずにはいられないのだ。
「私はまだ、行き先が分かってないの。
だから、まだあなたに着いて行こうと思うわ。さぁ、早く行きましょうよ♪」
「いや、君を連れてはいけない。僕の使命は、無関係の人を巻き込むには危険すぎる。」
清也は断固として言った。
「なんでよ!私は無関係だっていうの?あんなに危険な冒険を、一緒に乗り越えてきたじゃない!
そんなに危険な使命だっていうなら私にも教えてよ!」
清也に本格的な拒絶をされた花は、いよいよ本気で泣き出してしまった。
清也だって辛かった。
花の泣く顔など、当然ながら見たくない。それでも、彼女を危険に晒すわけにはいかない。という思いだけで、心を鬼にする。
それに、もし"魔王を倒しに行く"と言ったら、彼女は魔王の存在を知り、怯えるかも知れない。
”自惚れ”だとは自覚していたが、清也を案じて、止めようとするかもしれない。そう思い、使命については言わない事にした。
「君には教えられない。」
清也は、できるだけ冷淡に聞こえるように言う。
「どうしてよ!教えてくれたら、私だって助けになれるわ!」
花は叫んだが、清也は聞こえないふりをして背を向けた。
再び溢れ出した涙を、彼女に悟られないためだ。
「さようなら。花、君のことは忘れない……。」
そう言って、部屋を出ようとする。
「ま、待ってよ清也!行かないでっ!!そんなに言うなら、私の使命を手伝ってよ!
私の使命だって危険で、頼れる仲間が必要なの!私を危険に晒したくないなら手伝って!!
実は、私の使命は……。」
花はここで、大きく息を吸い込んだ――。
「"魔王を討伐すること"なの!」
それを聞いた清也の足は、急に止まる。
振り返った清也の顔には、安堵と歓喜の笑顔で満ちていた――。




