EP212 マリオネット <♤>
破滅へのカウントダウンが、新たな時を刻んだ。
流れ出した運命の砂時計は、もう止まらない――。
「な、なんだ・・・アレはっ!?」
響く音の源流へと到着した征夜は、思わず仰天した。
そこには、信じられない光景、もっと言えば"信じたくない光景"が広がっていた。
「あ、あれって!よ、溶岩よ!?」
城の中央に広がっていた、巨大な広間。
そこには"魔法陣の形に組まれた溶鉱炉"が設けられており、煮えたぎる溶岩のような物で満たされている。
だが、花や征夜が驚いたのは、そんな事ではない。
そこで繰り広げられていたのは、目を覆いたくなるような惨状だった――。
「何があったんですか!?」
「あ、あなたは見ちゃダメ!」
「おぉ、こりゃスゲェな・・・。」
仲違いしている花が急いでミサラの目を覆い隠すほど、未成年には刺激が強すぎる惨状。
征夜やシン、花ですら絶句しているのだ。そんな物を、子供に見せられる訳がない――。
溶岩の中には、"人が溶けていた"。
それも、一人や二人ではない。100人から1000人規模の人数が、性別や年齢が分からないほど原型を無くして、溶かされていた。
かろうじて人体である事が分かるほどに、ドロドロになった死体。そんな無数の人々が溶岩と溶け合い、正に地獄の様相を呈している。
そして、何より恐ろしいのは――。
ポトンッ・・・ドポンッ・・・
「お、おい!起きろッ!起きろぉッ!!!」
征夜は必死になって、ガラス越しに叫んだ。しかし、当の本人には聞こえていない。
先ほどから響いていた音は、人間が溶岩に落ちる音。
それも、死体が落ちる音ではない。生きた人間が、"自らの足"で溶岩に飛び込む音だった。
一直線に列を組み、一人、また一人と溶岩に落ちて行く様子は、異常と言わざるを得ない。
おそらく、ラースの能力で操られているのだろう。そうでなければ、この奇行には説明が付かない。
「早く助けないと、もっとたくさん死んじゃうわ!せめて、まだ飛び込んでない人だけでも!」
「分かってる!」
花に急かされる前から、征夜はすでに駆け出していた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「・・・なるほど、お前がここの番人か。」
溶鉱炉の上に設置された、金網の橋の上に四人は立っていた。そして、向かい側から彼らを迎え撃つのは――。
「コレは・・・マリオネットですか?」
「やぁ!僕は"パラド"!」
四人の前に立ち塞がる人形は、明るく自己紹介した。
しかしフレンドリーな物腰とは対照的に、パラドの格好は臨戦態勢そのものだ。
両手にチェンソーを装備して、両肩と両足には何らかの砲台を装着。口の中には、無数の針が仕込まれていた。
しかし、何より恐ろしいのは――。
「コイツは普通のマリオネットじゃない。」
「確かに、かなりの重装備です・・・。」
「いや、違うんだ。コイツは・・・。」
装備の問題ではない。所詮、それは外付けの武装。
問題は人形の中身。パラド本体の話だ。
「死体で作られてる。」
「・・・えッ!?」
「本当だ・・・。」
「・・・なるほど、侮れませんね。
傀儡を使う魔法使いは多いですが、人体を素材にした傀儡は見た事がありません。・・・おそらく、強大な魔力を持っているかと。」
一度は驚愕して声を上げたミサラだが、すぐに冷静さを取り戻した。
魔法使いとしての知識を活かし、パラドについて冷静に分析。知見を述べる。
ミサラの考えを聞き終えた征夜は、痺れを切らしてパラドに怒鳴った。
「パラド!そこをどけ!お前なんかとやり合う時間は無い!」
「やぁ!僕はパラド!」
「・・・こんな所を守って、何の意味がある!
答えろ!お前の主人は、ラドックスは何を目指してる!」
「やぁ!僕はパラド!」
「チッ・・・うるせぇな。」
征夜は早くも、キレ始めていた。異様に甲高いパラドの声が癪に触り、切りたくて仕方ない。
破壊衝動だけが全身を駆け巡り、脳を麻痺させている。
目の前がチカチカと点滅し、パラドを木っ端微塵に吹き飛ばす妄想が視界に映り込む。
こうしている間にも、罪無き人が溶岩の海に飛び込んでいる。そう考えると、居ても立っても居られないのだ。
しかしコレも、凶狼の瞳を発動した今となっては建前に思える。実際の心持ちは、パラドを破壊したい。それだけなのだ。
(クソ・・・立ってるだけで熱いな・・・!)
先ほどよりも、気温が大きく上がった気がする。
溶岩が近いからではない。この巨大な部屋に入った時は、そこまで熱くなかった。
(な、なんかヤバい・・・急いで決着をつけるぞ・・・。)
その時、征夜は確かに感じていた。いや、気付かないフリをしていた。
自分の中で、"凶狼の瞳とは違う何か"が顔を出し、蠢いている事を――。
「聞いても無駄だと思います。この人形、遠隔操作されてますね。
それも、自動で戦闘するように指示されているので、これ以外の言葉は喋らないと思います。」
「しゃあない、ぶっ壊すしかねぇな。」
「二人は下がってろ・・・"俺"たちでやる・・・。」
征夜とシンは二人を後ろに下がらせると、パラドに攻撃を開始した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
パラドは確かに、強敵だった。この場所がラースの計画にとって、大切である事は火を見るより明らか。だからこそ、番人も強力に決まっている。
だが、征夜とシンのコンビはそれ以上だった――。
<<<翔足四連弾・改!!!>>>
<<<竜巻殺法!!!>>>
シンの放った強烈な四連打が、胴体に直撃した。
勢いよく吹き飛ばされたパラドは、征夜の強烈な”ホームラン”でバラバラに分解される。
しかし、人形には命が無い。
たとえ四肢が吹き飛んでも、魔力がある限りは動き続ける。
「や、やや、やっあ!ぼ、ぼぼぼ、ぼくはっ!ぱら、パラドぉッ!!!」
まるで壊れたラジカセのように、延々と自己紹介を続けるパラド。
しかし、それすらも満足には出来ないようだ。
「クッソ!コイツしつけぇなぁ!!!」
「気を付けてください!魔力の流れが集まって・・・あぁ、やっぱり・・・。」
「嘘でしょ!?再生した・・・!」
千切れ飛んだ四肢と頭が、再び胴体に接着した。
どうやら、魔力によって繋がっているように見える。
「魔力を込めた攻撃で、関節ごとに粉砕するしかありません!」
<<<魔能貸与!!!>>>
ミサラが唱えた魔法は、征夜とシンの体を赤いオーラとなって包み込んだ。
彼女の言うとおりなら、この状態で攻撃すれば再生を阻害できるはず。
「おい征夜!気を付けろッ!!!」
「うわっ!?」
背後からの不意打ちに、征夜は対応しきれなかった。
シンと征夜は足をパラドの口から出た縄で縛られ、転ばされてしまう。
「クソッ!なんだコイツ!・・・痛えッ!」
「何だ・・・毒か!」
光の雫のような何かが、縄を伝って擦り傷の中に浸透した。
体内に何かを注入された事が、征夜とシンにも理解できる。
「毒が効く前にコイツをやるぞ!」
「分かってる!・・・でやぁッ!!!」
足元に纏わりつく縄をパラド本体ごと蹴り飛ばした征夜は、傍に落ちていた刀を取り上げ、戦闘を再開した。
~~~~~~~~~
カタカタ・・・ズズズ・・・
「ぼく・・・ぱら・・・どぉ・・・ややや・・・ぱら・・・。」
「こんだけ吹き飛ばしても、まだ動くのかよ!」
ミサラの言った通り、魔力を纏わせた打撃はパラドの再生を阻害した。
千切れ飛び、踏み潰された手足は元に戻らず、胴体だけのパラドは這いずりながら攻撃を続けている。
「魔力がある限りは、永遠に動き続けます!
それに、気を付けてください!遠距離攻撃をまだ抱えているようです!」
「確かに、胴体だけでも、まだまだ仕込んでるだろうな。」
面倒な事に、避けて通り抜ける訳には行かないのだ。
征夜たちは今、狭い金網の上に立っている。足を踏み外せば、溶岩の海へと真っ逆さまだ。
そんな状況で、遠距離攻撃を隠し持っているパラドの傍を抜けるのは、あまりにリスクが大きい。
すると、花が”とんでもない事”を言い出した――。
「・・・時間が無いわ。みんなは先に行って。」
「は?何言ってるんだ花!」
征夜とシンが二人掛かりで戦えば、確かにパラドはさしたる脅威ではなかった。
しかし決して、弱い訳ではない。大幅に戦闘力を減退させた今でも、何をしてくるのか分からないのが実状だ。
「ここは私だけで何とかする!考えが有るの!」
「無茶を言うな!せめて、僕も一緒に!」
「少将、ここは花さんに任せましょう。
こうしている間にも、タイムリミットは迫っています。今日で、ちょうど二週間ですから・・・。」
「そうだけど!」
「花さんだって、確かな勝算が有る筈です・・・!」
ミサラの言う事は正しい。征夜にも、そんな事は分かっていた。
勇者パーティの一人として、下すべき決断はミサラの意見の方だ。
しかし征夜には、それが分かっていてもなお、心からの納得が出来なかった。
「・・・分かった。」
征夜は少し不服そうに呟くと、ミサラの決断に同調した。
「私が注意を引くから、隙を見て反対側に抜けて。」
「う、うん・・・。」
「心配しないで、私は大丈夫だから。・・・さぁ、行って!!!」
不安げな征夜の背を、花は勢いよく押した。
パラドの視線は花の方へと向けられ、今なら飛び越える事が出来る。
「グズグズすんな!行くぞッ!!!」
「うわっ!?」
シンに掴み上げられた征夜は、有無を言わさぬ調子で連れて行かれる。
ミサラもその後に続いて、走り去って行った――。
「・・・これで、二人きりね。」
「ぼ・・・パラパラ・・・ややや・・・。」
「すぐ楽にしてあげるから、もう少しの辛抱よ・・・。」
花はそう言うと、ゆっくりと杖を構えた。
~~~~~~~~~~
パラドの胴体にはミサラが予想した通り、大量の飛び道具が仕込まれていた。
恐らく体内は、魔法のゲートで別の場所と繋がっているのだろう。
無尽蔵に飛び出して来るナイフや、閃光玉・煙幕などが花に向けて発射される。
「もう良いの・・・もう・・・良いのよ・・・。」
花は悲しげな表情を浮かべながら、ゆっくりとパラドに歩み寄る。
しかし不思議な事に、彼女へ向けて放たれる全ての攻撃が、彼女を避けるのだ。
一切の回避をしている様子が無いのに、勝手に避ける攻撃。花の方もソレが分かっているように、真っ直ぐと進むだけだ。
既に彼女は、攻撃を当てられる間合いに入った。
杖を振り下ろせば、無防備になったパラドの胴体を粉砕できる。
しかし彼女は何を思ったのか、パラドを"優しく抱きしめた"――。
「ぼ、ぼぼ・・・パラ・・・。」
「もう良いの・・・もう良いんだよ・・・あなたは人形じゃない・・・そうでしょう?」
花は目を瞑りながら、涙を流して語り掛ける。
四肢と頭を吹き飛ばされた状態で、今なお主人の命令に従おうと這い続ける様子は、虚しく哀れな物だ。
そして、ソレが元は人間であった者の"成れの果て"であるなら、なおさら悲しく思える。
「もう良いの・・・頑張らなくて良いの・・・。」
花は優しく囁きながら、パラドの背をさすった。
その直後、零れ落ちた涙の筋が、僅かに煌めいてパラドの胸に飛び込んだ――。
彼女が目を開けると、そこに居たのは不気味な人形ではなかった。
どこか儚げな雰囲気を醸す美しい"女性"が、花を見上げて泣いている。
<"彼"を・・・止めてください・・・お願いします・・・。>
「えぇ・・・分かってる・・・もう安心して・・・。」
<ありが・・・とう・・・。>
女性はそう言うと、まるで"糸の切れたマリオネット"のように、花の腕の中で力尽きた。
グッタリと動かなくなった女性を床に下ろすと、花は涙を拭って征夜たちの後を追った。
走り去る花の背を見つめながら、僅かに残った意識の中で、女性はか細い声で呟いた――。
<ごめん・・・なさい・・・。>




