EP19 目的
冒険者としての資格を手に入れた清也と花は、各々の宿泊先に戻る事にした。
コーヒーショップに戻った清也は浴場に行こうと思い、鎧を脱ぎ、剣と盾を机に置こうとした。
この盾と鎧、そして剣のおかげでこれまでなんとか生き延びてこれたのだ。
そう思うと、鍛冶屋の店主には、感謝しても仕切れないと思った。
鎧と盾は装備し始めた当初より、今では格段に軽く感じる。
しかし、何より不思議なのは剣だ。たしかに、慣れのおかげで以前より軽く、扱いやすくなった。
ただ、それだけではない。清也が使い込むにつれて、刀身は長く伸び、剣先はより鋭利になり、刃の輝きと放たれる冷気は、少しずつ増している気がした。
「やはり、この剣はどこか普通じゃないな。」
清也はそう呟くと、そんな素晴らしい剣を所有していることが、少し誇らしくなった。
浴場に着くと、鏡を覗き込んだ。最近はあまり見ていなかったが、初めてこの鏡を見た時、自分の髪が白くなっているのを知った時を思い出した。
「そういえばあの時、自分が老化したと思ったんだっけ。」
思わず笑ってしまう。鏡に映った清也は、あの頃より格段に逞しく見えた。
清也は浴場から帰ると、身支度を整えた。早ければ明日には、ここを旅立つかもしれないからだ。
そして、一通り片付けると深い眠りに落ちた。
翌日、清也は花の宿泊先、ギルドの宿屋115号室に向かった。
清也はこの場所を知っていたが実際に来るのは初めてだった。
「花、僕だ、入れてくれ。」
そう言って静かにノックした。
「はぁーい。」
中から気の抜けた声がして扉が開いた。
花の髪はいつもの真っ直ぐで艶やかな緑のセミロングではなく、少しボサボサしていた。おそらく寝癖だろう。
服はパジャマのままで、薄着なせいか胸が普段より二回りは大きく思える。目もいつもより垂れている。
「もしかして、今起きたばっかり?」
清也は花の無防備な姿が、見てはいけない物な気がして、申し訳なくなった。
ただ、既に時刻は12時を回っていたので、これを聞いても失礼ではないだろうと思った。
「ぅん。きのぅは楽しみで眠れなかったの。ついでに新型のまほぅも作ったぁ。」
まだ少し寝ぼけているようだ。
「それはどんな魔法?」
「ヒ♪ミ♪ツ♪」
花は今度も、寝ぼけた調子で言った。
唇に人差し指を当てる様子は、非常に色っぽい。
これでは埒があかない上に、花をこれ以上直視しているのが恥ずかしくなってきた。
そこで清也は、先に1人で昼食を取ることにした。
「先に酒場にいるからね!」
そう言って部屋を後にした。花はその背面に対して、楽しそうに手を振っていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ハンバーグを食べながら清也は考え事をしていた。
それは他でもない、今後の目的についてだった。
「ずっと試験のために頑張ってきたけど……この後はどうしよう。」
そんなことを言っているうちに、朝食を食べ終わってしまった。
立ち上がって花の部屋に行こうとすると、数歩先に小さな青い人形が浮かんでいる。
周りの人は、それに気付いていない。人形は、静かに清也を手招きしている。不思議に思った清也は、それについて行くことにした。
すると、酒場の廊下、その突き当たりを曲がったさらに奥。
誰も来ない、窓以外に何もない場所で、人形は止まった。そして――。
「久しぶりだな、清也!どうやら、無事に試験に受かったようだな。
うむ、一回り逞しくなったように見える。」
突然、人形の背後からエレーナの声がした。
「エレーナ様ですか?お久しぶりです!」
清也は答えた。
「さて早速、本題に入ろうと思う。其方はさっき、”この後はどうしよう”と言ったな?」
「はい、何をすれば良いか分からなくて……。」
「お前たち7人の転生者に、私が言ったことを覚えているか?
其方が太平の世界、すなわちこの世界でやらねばならない事。
それは魔王の討伐と、いるかは分からないが、破壊者の捜索。それが其方の冒険の目標だ。
これを目指すために、共に召喚された2人と合流するのが良いであろう。」
清也は、最初の目的を完全に忘れていた。
試験に合格する事で手一杯で、魔王の事など考える余裕は無かったのだ。
「そうですね、二人の仲間を……。あっ!実はもう、一人の仲間を見つけたんです!
同じ転生者の女性なのですが、とっても綺麗な……じゃなくて、頼もしい人なんです!」
危うく、本音が出そうになった。花の事を、そういう目で見ているのをバレるのは、流石に恥ずかしい。
「一口に転生者と言っても、其方が知らないだけで、転生者には各々に重要な使命がある。
同じ使命を持った仲間だけが、魔王の討伐に力を貸せる。そう思った方が良いであろう。
では、今後の活躍も期待しているぞ!」
そう言うと、人形は透き通っていく。
しかし、その色は消える入る直前で、再び濃くなっていった――。
「いやぁ、うっかりした。其方に2人の居場所を言うのを忘れていた!えぇと、1人目は……。」
そこまで言われて、清也はエレーナの言葉を遮った。
「待ってください!確かに、大切な使命である事は心得ています……。
しかし、私は自分の力を試してみたいのです!
お願いします!もう一月待ってください!必ず2人とも自力で見つけて見せます!」
清也は無理を承知で提案した。何だか、それが非常に大切な事に思えたのだ。
「アッハッハッハ!そうであったな!其方はそういう志を持っていたな。
だが、大切な使命であることも事実。2人のうち1人だけお前に居場所を教え……ん?」
そこまで言って、エレーナの言葉は途切れた。そして、女神に似合わない笑い声を上げる。
「やはり、其方は面白い!いやはや本当に面白い!
こんなに面白い冒険者は、私が召喚した中では初めてだ!其方に伝える事は何も無い!健闘を祈るぞ!」
そう言うと、今度こそ人形は消えた。
「一体、エレーナ様は何がそんなに面白かったのだろう?」
清也はあの笑いに覚えがあった。
たしか当時、社長だった祖父が、役職すらない社員の妙案を受けた時に、全く同じ笑いをしていた。
「あの案で、吹雪カンパニーはさらに大きな会社になって、今ではあの人も幹部役員だったな。」
そんな事を思い出しても、清也にはエレーナの笑いの真意が分からない。
しかし、一つだけ分かった事がある。
それは、花も”何かの使命”を持って転生している、という事だ。
そして、その使命の内容によっては、彼女とここで別れる事になる――。




