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EP199 轟雷竜 <☆>


「花ぁッ!!!」


「花さん!大丈夫ですか!!!」


 原型を留めないほど黒焦げになった花は、一切の反応が無い。その様子を見るに、間違いなく即死している。


「一体どう言う事なんだ!轟雷竜は殺した筈だろ!!!」


「違う・・・アレは子供だ・・・。」


「何?」


「マスターフラッシュには子供がいた!それが奴だ!

 今、上空から雷を打ってくる奴が親!つまり、"本物のマスターフラッシュ"だ!!!」


「そうか!エネルギーを欲してたのは!」


「卵か赤子か分からないが、それを産むためだ!

 子供を殺されたせいで、奴は怒ってる!それで・・・それで花をぉッ!!!」


 激昂した征夜は、後先考えずに刀を抜いた。

 天空に向けて怒り猛り、冷静さを失っている。


「おい!どうするんだ!あんな高い所に居るんだぞ!」


「うるさい!奴をぶっ殺してやる!!!この身に換えても!花の仇を取る!花を!奴は花を!殺したんだぁーッ!!!」


「お、おい!落ち着け!」


「うるさいッ!!!」


「待てよ征夜!」


 完全に暴走した征夜は、シンを押し退けて駆け出した。

 遥か上空にいる轟雷竜に攻撃を通すには、二つしか方法がない。


(引き摺り落とすか空まで飛ぶか、そのどっちかだ!何か!何か手段はないのか!!!)


 激昂して吠え猛っている割に、彼の思考は冷静だった。

 周囲を見渡して攻撃の手立てを探るが、すぐに後者は諦める。

 

(空を飛ぶのは現実的じゃない!・・・なら、撃ち落としてやる!!!)

「シン!翼だ!翼を撃ち抜け!!!」


「無茶言うな!一旦引くぞ!」


「逃げても追い付かれるだけだ!」


「そ、それもそうか・・・やるしかねぇ!」


 冷静になって考えると、逃げたところで死ぬだけだ。

 花を撃ち抜いた稲妻が自分達を狙わない理由など、どこにも無いのだ。


「花さんも、死んだとは限りません!

 早く村に戻って手当てすれば、まだ助かるかも!」


「なら尚更、さっさと奴を殺さないとな!

 ここからじゃ、征夜の剣は届かない!俺とお前で総攻撃を仕掛けるぞ!」


「分かりました!」

<<<マスターボルケイン!!!>>>


 ミサラの放った巨大な火球と、ミストルテインの弾丸が、轟雷竜に向かって行く。

 だが、その巨大な体躯に対して、二人の攻撃は豆鉄砲に等しかった。火球は積乱雲の中へ散り、弾丸は鱗に傷一つ着けられない。


「だったら!!!」

<<<飛翔する真紅の翼竜(クリムゾンワイバーン)!!!>>>


 ミサラの杖から飛び出した炎の竜が、轟雷竜の膝下へ飛翔した。

 体当たりとブレス攻撃を行おうとするが、全てをかわされてしまう。

 巨大な翼を使って優雅に羽ばたきながら、ミサラの竜を圧倒する。


ギュオォォォォォンッッッッッ!!!!!


 盛大な咆哮と共に放たれた膨大な数の雷撃は、四方八方に飛び散って曇り空を引き裂いた。

 そのうちの何本かがミサラの竜に突き刺さり、炎で作られた体を掻き消してしまう。


「そんな・・・私のクリムゾンワイバーンが・・・。」


「ミサラ伏せろぉッ!!!」


「えっ?きゃあぁっ!!!」


 最大火力の技を完封されたミサラは、引き裂かれる自らの竜を放心状態で見上げる事しか出来なかった。

 立ち尽くしている彼女に目掛けて、花に撃った物と同じ稲妻が落とされる――。


「み、ミサラ・・・ぶ、無事か・・・?」


「少将!しっかりしてください!少将!!!」


「オイどうした!何があった!!!」


「少将が・・・私を庇って・・・!」


 花の二の舞を避ける為に征夜は走った。そして、すぐにミサラを押し倒し、覆い被さった。

 落雷から彼女を庇う事は出来たが、彼はかなりの痛手を負った。全身が痺れており、意識が朦朧とする。


ギュオォォォォォンッッッッッ!!!!!


「くっ・・・化け物・・・め・・・!」


「少将!立っちゃダメです!!!」


「僕が・・・やらないと・・・!」


 ここに留まって、奴を討つと決めたのは他でもない征夜だ。

 体が痺れていようが、意識が混濁していようが、そんな事は関係ない。仲間の盾になってでも、皆を救う義務がある。


 震える体に鞭を打って、征夜は立ち上がった。

 いつの間にか降り出した雨粒が目に入り、視界も悪くなる。


「この・・・"卑怯者"がぁッ!!!」


 雷雨の降りしきる渓谷の底から、征夜は力の限り叫んだ。

 遥か天空を舞う雷竜の耳に届くように、声を張り上げる。


「知ってるぞ!お前らは、"俺"たちの言葉が分かるんだろ!!!

 何度でも言ってやるさ!お前は卑怯者だ!マスターブレイズと違い、上からチマチマ撃つだけか!!!

 そんなデカい図体してながら!ただのビビリか!!!それでも、お前は"()()()()"か!!!」


 エレメントマスターの遺伝子を用いて作られたなら、人間の言葉を理解できてもおかしくない。

 現にマスターブレイズは、言葉はともかく征夜に"挑戦する"かのような態度を見せた。それが一つの証拠だろう。


 どうやら征夜が行なった挑発は、竜の耳に届いたようだ――。


 本当に、彼の言葉が分かったのか。

 それとも"喚き散らす小虫"を至近距離から潰す快感を、その手で味わいたかったのか。


 どちらの理由にせよ、竜は渓谷に向けて"急降下"して来た。


 スレスレで向きを変えて急上昇する事で、地面への激突を避けようと思っているのだろう。

 その口には黄金の光を溜めており、体当たりではなくブレスでトドメを刺す気だと分かる。


 ミサラとシンは、その速度に対応出来なかった。

 慌てて杖と銃を構えるが、とても間に合わない。征夜の刀では、竜の間合いに入るのは無理だ。




 だが征夜には、一つの秘策が残されていた――。




<<<螺旋気導弾(らせんきどうだん)!!!>>>


ギュオォォォォォンッッッッッ!!!!!


「な、なんだ!?」


「竜が!苦しがってる!?」


 ミサラとシンには、何が起こったのか分からなかった。

 ただ分かるのは、轟雷竜が悲痛な咆哮を上げながら墜落し、渓谷にクレーターを作った事のみ。


「これが・・・気導弾の・・・力・・・。」


「少将!何をしたんですか!?


 征夜は驚愕と興奮の入り混じった顔で、ゆっくりと振り返った。

 土煙の晴れた向こうには、額から血を流して横たわる轟雷竜の姿が見える――。


「調気の極意で・・・気圧を練って・・・"螺旋状"に巻いたんだ・・・。」


 2ヶ月ほど前、征夜は肩に"テセウスの放った気導弾"を受けていた。

 肩甲骨から手のひらまでを貫通し、肉と骨を抉り取った恐ろしい技。ソレと自分の気導弾との違いを、延々と模索していた。


 そしてたった今、答えに気が付いた。

 回転だ。回転が足りなかったのだと。だから、内部に潜り込む威力が出なかった。


 その発想が、一体どこから生まれたのか。自分でも分からなかった。

 一つだけ可能性を挙げるなら、自分に目掛けて突撃して来る轟雷竜の様子が、まるで竜巻のように見えたからだろう。


「さっきのと同じ・・・急所を撃った・・・奴は・・・コレで・・・。」


「おい征夜!しっかりしろ!」


 全ての力を出し切った征夜は、グッタリと倒れ込んだ。

 シンが慌てて駆け寄るが、彼は差し出された手を払い除けて立ち上がった。


「ありがとう・・・大丈夫だ・・・勝った・・・のか・・・?」


「あぁ!アイツは死んだ!」


「わ、分かった・・・。」


「急ぎましょう!これ以上は花さんが持ちません!」


「あ、あぁ・・・!」


 轟雷竜のそばに倒れ込んだ、黒焦げの消し炭。

 本当に生きているのか分からないソレを、征夜は抱え上げようと歩み寄る。


「ぐっ・・・はぁっ・・・!」


 ところが征夜は、花に手を伸ばして腰を曲げたところで崩れ落ちた。地面に膝を着いて、苦しそうに悶えている。


「無理すんな。花は俺が運ぶ。」


「い、いや・・・大丈夫だ・・・ミサラ・・・持ち上げてくれ・・・運ぶのは・・・出来る・・・。」


「分かりました!」


 征夜の手伝いを出来るなら、こんなに嬉しい事はない。

 もう既に彼女は、恋愛対象として彼を見てはいなかった。それでも命の恩人として尊敬している事に、変わりないのだ。


(花さん・・・しっかり・・・!)


 恥ずかしいので声に出しては言えないが、花の事も心配だった。

 一度は恋敵として憎んだ相手でも、今では仲間として大切に思っていたのだ。

 一刻も早く病院に連れて行き、なんとしてでも助けたい。その思いだけで、ミサラは花へと駆け寄った。




グルルルルル・・・!


「・・・ハッ!?まだ!生きて!?」


「ミサラッ!!!」


 しかし、轟雷竜はしぶとかった。

 脳天に螺旋状の気導弾を打ち込まれてもなお、息の根を止めきれなかったのだ。

 頭蓋骨の粉砕と、前頭葉の一部破損。それだけで済んでしまった。奴の魔力を持ってすれば、その修復は容易い。


「危ないッ!!!」


 咄嗟に駆け出した征夜は、ミサラと竜の間に割り込んだ。

 彼女を食いちぎろうと迫る牙を刀で受け止め、力の限り弾き返す。

 その反動で大きく吹き飛ばされた征夜とミサラは、砂利の中へと転がり落ちる――。


ギュオォォォォォンッッッッッ!!!!!


「くっ・・・しまった!!!」


「ヤバいぞ征夜!アイツ!また空に!!!」


 竜は激昂の咆哮を上げると、天高く飛翔した。その眼に宿る光には、殺意が漲っている。


 我が子を殺され、自分も死にかけた。もう油断はしない。

 この虫ケラどもを、高空から放つ"怒りの柱"によって嬲り殺しにしてやる。そう言わんばかりに、奴は息巻いている。


「もう一度・・・撃ち落とすしか・・・ない!!!」

<<<螺旋気導弾!!!>>>


「あぁ!やるしかねぇ!」

<<<ミストルテイン!!!>>>


<<<墜ち果てし天女の導光(エンジェリオン)!!!>>>


 三人の持つ遠距離技が、一点に集約した。

 狙うは額の傷跡、ただ一つだ。そこを貫通さえすれば、息の根を止められる。


 だが、征夜たちは知らなかった。

 マスターフラッシュが、ラドックスを以って"最強の竜"と言わしめた所以を――。


「行っけえぇぇぇーーーッッッ!!!!!・・・え?」


「・・・は?」


「そ、そんな・・・!」


 額に向けて直進する三つの攻撃が、一つの巨大なうねりとなった時。三人の興奮は頂点に達した。

 今度こそ勝てる。そう思い、自分達の勝利を確信したのだ。


 だが、額に直撃した筈の弾は、まるで雲を通り抜けるかのように、何事もなく貫通した。

 出血も無ければ、悶絶する様子もない。ただ、通り抜けただけなのだ――。


「アレは・・・分身・・・?いや!残像!!!」


「そんな馬鹿な!じゃあ!本体はどこ・・・何ぃッ!?」


「おいヤバいぞ!どうすんだ!」


 立ち込める積乱雲は疾風に攫われて、霧のように吹き払われた。

 目にも止まらぬ速さで雲海に軌跡を残す竜は、黄金の残像の中に姿を消していた。

 どれが本体で、今どこを飛んでいるのか。これでは皆目、見当もつかない。


「二人とも隠れろ!稲妻が来るぞ!うぉあっ!!!」


「少将ッ!!!」


「僕は大丈夫だ!さぁ!行けぇッ!!!」


 次々と振り下ろされる"裁きの(いかずち)"を、征夜は刀で受け止めた。

 魔力を魔力で中和して、電流が伝わるのを防ぐ。そこまでは良いのだが、長くは持たない。

 直上から落とされる衝撃が腕に伝わり、刀を握る手が痺れ始める。


 轟雷竜はまるで、彼を弄ぶかのように稲妻を集中させた。

 寸分の隙もなく撃ち下ろされる雷撃が、彼を嬲り殺そうと迫る――。


「ぐっ!はぁっ!ぐあぁっ!!!」


「少将!逃げてください!少将!!!」


 逃げたくても、この場から離れられない。

 少しでも位置をずらせば、落雷が直撃してしまう。


 後はただ、ジワジワと殺されるのを待つだけ――。


(何か・・・何か方法が・・・!)

「くっ・・・くうぅっ・・・お、お前なんかに・・・・・・あぁっ!!!」


「少将ーッ!!!」


 ついに征夜は、刀を握る手を離してしまった。

 もう限界だったのだ。既に何度も攻撃を受け、気力だけで立っている状態。そんな体で、戦える筈がなかった。


 無慈悲にも落とされるトドメの一撃が、無防備な征夜の頭上に迫る――。


(そんなの・・・ダメっ!!!)


 ミサラは己の無力さに涙した。

 時の流れが止まったかのように思考が高速回転し、征夜との思い出が蘇る。


(あの時も・・・助けてもらった・・・!)


 最初に出会った日にも、彼女は彼に助けられた。

 巨竜の無慈悲な攻撃に弄ばれる彼女を、火の海から救い出した征夜は、正に勇者(ヒーロー)だった。


(強くなったのに・・・やっと・・・役に立てるのに・・・まだ・・・何の恩返しも・・・!)


 征夜の隣に立ちたいと、いつも願っていた。

 思い返すと、これは恋心と言うよりも"純粋な尊敬"だったのだろう。


 だからこそ、彼を必死に支えた。

 料理も勉強したし、教団を離反する彼に着いて行ったし、囚われた花たちを助ける手伝いもした。


 それがたとえ、教団に追われる身となる事を意味していたとしても――。


(でも・・・役に立ってないどころか・・・大切な人まで傷付けて・・・まだ・・・迷惑しか掛けてない・・・!)


 恩を仇で返した。花が自分と仲良くしようと試みている事は、なんとなく分かっていた。

 それなのに自分は、彼女の厚意を跳ね返して攻撃した。ただ単に、"気に入らない"と言う理由で――。


(でも・・・こんな私を許してくれた!少将は許してくれたの!!!)


 彼に許してもらった事で、彼女は救われたのだ。

 過ちを正す機会を得る事が出来た。それなのに、その結果を見せる事すら出来そうにない。


(少将に恩返し・・・まだ出来てない!・・・花さんとも・・・もっと仲良くなりたい!)


 征夜だけではない。花の事だって救いたい。だからこそ、こんな所で終わる訳にはいかない。


(私は・・・あの頃とは・・・違う・・・!)


 "そうでありたい"と願う気持ちが、ここに来て"確信"に変わった。

 体の内より湧き出る力が、これまでとは全く違う輝きを持って、世界を鮮やかに照らしていく――。


(少将に守られて・・・屈折した瞳で世界を見てた・・・あの頃とは・・・違う・・・!)


 彼女が得たのは、"新しい杖"の力だけではない。"未来を目指す心"の力を手に入れた。

 くだらない偏見やプライドを捨て、彼女は一つの殻を破った。今の彼女を待っているのは、輝かしい"希望の未来"。


 その未来に辿り着くためにも、征夜を救いたい。いや、救わねばならない。

 ここで彼に死なれては、全てが無駄になってしまう。

 自分の中に芽生えた"覚醒の兆し"が、風雨に晒され摘み取られてしまう。そんな気がするのだ。


「今の私には、本当の仲間が居る!それを守りたい!!!」


ドックンッ・・・ドックンッ・・・


()()()()()()()()()()から!みんなを助ける力が・・・欲しい!!!」


 ミサラの体を流れる血が、彼女の想いに共鳴するように騒ぎ出した。

 仲間を守れる力と、真実を見通す心。その二つを得た彼女に、不可能はなかった――。


「はあ"ぁ"ぁ"ぁぁぁーーーッッッ!!!!!」


 ミサラの上げた咆哮は、渓谷の水晶を悉く粉砕した。

 硬い鉱物で出来た地面には数多の地割れが生まれ、大気が強振している。

 強烈な波動が全身から溢れ出し、征夜に迫る稲妻を天空に向けて打ち返した。


「うわぁっ!?」


「一体・・・何が・・・ミサラッ!?」


 立ち上る土煙の向こうに、赤黒い光を纏う少女が居た。

 身に付けた白とピンクの法衣は変色し、オーラと同じ漆黒と鮮紅に染まっている。


 普段とは全く違う"白銀"に瞳を輝かせた彼女の背部には、背丈よりも大きな"一対の黒い翼"が生えていた――。


今回のアルファ版です!

(アルファ版だと特に"無頼勇者"の定義が、ガバガバになりつつある・・・!)

https://www.alphapolis.co.jp/novel/115033031/408542049/episode/5994046

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