EP191 恋慕の罠 <☆>
「お、お待たせ・・・。」
キッチンから出て来た花は、どこか弱っているように見える。声には普段の張りが無く、頬には涙が濡れた跡がある。
征夜はそんな彼女を見て、不安に思えて仕方がない。
「どうしたの?何かあった?・・・ゲホッ!」
「あ、ううん、気にしないで・・・。」
彼女は無理に笑顔を作ると、配膳を開始した。
今日の夕食はスープらしく、とても美味しそうに見える。
「ゲホッ!ゲホッゲホッ!・・・て、でづだおゔが・・・?」
「大丈夫、休んどいて良いわ。」
征夜は喉を痛めたのか、それとも鼻声なのか。
発声した言葉には濁音が混ざっている。だが、その意志はしっかりと伝わったようだ。
花が配膳を進めていると、自室にて過ごしていたミサラとシンが、悠々とした足取りでやって来た。
「・・・おっ、夕飯じゃん!美味そ〜!」
「これは・・・トマトスープですか?」
「うん。」
正直言って、花はミサラに会いたくなかった。
何度も何度も執拗な嫌がらせを受けて、ウンザリなのだ。
「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!はぁ・・・はぁ・・・。」
「征夜・・・ほんとに大丈夫・・・?やっぱり、お医者さんに・・・。」
「へ、平気!平気だよ!・・・ゴホッ!ゲホッ!」
彼の咳は、日に日に酷くなっている。
だが、頑なに病院に行こうとしないのだ。
(これでもし、何か病気になってたら・・・花は、自分のせいだと思う・・・。
それだけはダメだ・・・自分で選んで、限界突破の力を出したんだ・・・自分で・・・治さないと・・・!)
これが、征夜の真意だった。
病気なのか怪我なのか、それは分からない。
だが、病院で診断されてしまえば、花は重く受け止める。
自分を守ったせいで、征夜はこうなった。自分を守るために、征夜は傷ついた。
そんな風には、思ってほしくないのだ――。
「何かあったら、すぐに言ってね。薬でも何でも、作ってあげるから。」
「う、うん・・・ありが・・・ゲホッゲホッ!!!」
傍から見ると、互いに見つめ合った二人は、大変な時に支え合う様子が美しく思える。
しかしミサラは、そんな物を見せられても面白くない――。
(私の・・・少将なのに・・・!!!)
テーブルの足を握りしめて、彼女は歯軋りした。
花と仲良くする征夜は、まるで泥棒猫に靡いているように見えて、腹の虫が収まらないのだった――。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「いっただっきやすっ!」
「いただきます。」
「いただきます。」
「い、いただき・・・ます・・・ゲホッ!」
四人は感謝の言葉を述べた後、夕食に手を付けた。
一人だけ、ものすごく"体育会系な奴"がいたが、気にしないでおこう。
「美味ぇーッ!やっぱ、花って料理上手いよな!」
「パパが料理人だからね。」
「・・・。」
「はぁ・・・はぁ・・・!」
4人で卓を囲んでいるのに、その様子は一人一人で全く違う。観察してみれば、色々と面白い。
食欲に正直なシンは、次々と具を口に流し込む。
理系でもあり、体育会系でもある彼にとって、日々の食事は最大の楽しみでもある。
花は自分が作った料理を、美味しそうに食べていた。
周囲の反応を注視して、特に征夜の方に気を遣っている。
ミサラは何故か、怒ったような顔をしていた。
普段から食事の最中で、あまり笑わない彼女だが、今回は特にしかめっ面である。
征夜は上品な手つきで、スープを飲んでいた。
ガタガタと小刻みに震え、吐息を荒くし、明らかに具合が悪そうにしている。
そんな中、彼は急に様子がおかしくなった――。
「はぁ・・・はぁ・・・んぐっ!?」
「大丈夫!?」
元より征夜の方を見つめていた花は、即座に彼の異変に気付いた。
「んんぐぅっ!?んんんぐぅぅっ!?」
「しっかりして!征夜ッ!」
征夜は喉を押さえたまま、悶え苦しんでのたうち回る。
座っていた椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった花は、即座に彼のそばに駆け寄る。
「ふんぐぅっ!ふむぅぐぅぐぐっ!!!???」
「声が出ないのよね?口を開けて!何も喋らないで!」
「んっ・・・くっ・・・んぐぅっ・・・あがっ・・・!」
冷や汗を垂らしながら口を開けた征夜は、泣きそうになっていた。
突如として喉を襲った激痛が、声を発する事も困難なほどに、彼を締め付けている。
ペンライトを取り出して、医者のような仕草で彼の口を覗き込む花――。
「キャアァァァァッッッ!!!!!」
「おいおい!一体どうしたってんだよ!何か面白い事でも・・・おぅ。」
花の絶叫に釣られて、食事を続けていたシンも参戦する。
最初は余裕の笑みを浮かべていた彼も、征夜の口を覗き込むと、反応に困ったようだ。
「く、"釘"が!喉に釘が刺さってるわ!な、なんで!こんな大きい物が!どうして喉に!?」
本来ならば口に入るなどあり得ないほど、その釘は巨大だった。
征夜の喉に深々と突き刺さった釘からは、赤黒い血が噴き出している。
「しょ、少将!大丈夫ですか!?きゅ、救急車を!」
慌て切った調子で、ミサラは彼に近寄る。
彼の体を揺すり、手を握ろうと右手を伸ばす彼女だが――。
「離れなさい!征夜に指一本触れないで!」
「へ?・・・あぐぅっ!?」
首根っこを掴まれたミサラは、花が振り絞った渾身の腕力で投げ飛ばされた。背中から壁にぶつかり、激痛が全身に走る。
「な、何すんのよ・・・!」
「こっちの台詞だわ!一体何のつもりなの!?
こんなに太い釘が刺さったら、人は死ぬわ!悪戯で済むと思った!?こんな事、許される筈ないでしょう!」
驚愕と憤怒の表情を浮かべた花は、ミサラに向かって叫び散らす。だが、意味もなく怒っている訳ではない。
釘はおそらく、スープに混入していたのだろう。
配膳の直前にも確認したが、ここまで巨大な異物混入は、ハッキリ言ってあり得ない。
誰かが意図して入れない限りは、絶対に起こり得ないハプニングなのだ。
しかし、それを"実行できる者"が居る――。
「魔法で釘を入れるなんて、どうかしてるわよ!」
「や、やってません!やってませんよ!私じゃないです!!!」
「嘘を吐くなッ!!!」
花の鋭い怒号が、ミサラの胸を穿った。
大人の女が放つ強烈なプレッシャーによって、彼女はすくみ上がってしまう。
「シン!その子を部屋に閉じ込めて!私が征夜を治すから!」
「お、おぅ・・・。」
「や、やめてっ!わ、私じゃないの!私じゃないってば!!!」
「分かってる分かってる。」
シンは暴れる彼女を適当にあしらい、容易く持ち上げてガッシリと掴んだまま、個室へと運び込む。
その様子を見届けた花は、急いで釘を抜く道具を取り出し、回復魔法を唱え始めた――。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おっ、どうだ?良い感じか?」
「えぇ、魔法の予備が有って良かったわ。今は寝ちゃってる。」
「流石は医療従事者。治療も手際が良いな。」
シンは何処か、皮肉を込めた笑みを浮かべている。
「あの子は、まだ中に?」
「最初はゴネてたけど、鎖で繋いどいたぞ。」
「ありがとう。あとは任せて。」
「・・・まっ、俺は良いんだけどさ。」
シンは面白そうに笑いながら、その場を立ち去った。
花が扉を開けると、手足をベッドの角に繋がれ、口に縄を咬まされたミサラが居た。
セレアの時もそうだったが、彼にはどうやら、人を縛り上げる特殊技能があるようだ。
「ふむうぅ〜ッ!」
手足と口を封じられたミサラは、唸り声と共に花を睨み付ける。
縄を解け。さもなくば殺す。そうとでも言いたげに、暴れ続けていた。
「動けなくて悔しいね。」
「ふんむぅ〜ッ!」
"馬鹿にするな!"とでも言いたげに、ミサラは叫んだ。
だが、言葉にならない声は曇り切って、情けなく響くばかりだ。
「自分の罪を認めて、ちゃんと反省しなさい。そうすれば、縄を解いてあげる。」
「ふむぅぐぅーッ!」
「何言ってるのか、全く分からないわ。」
嘲笑と侮蔑の笑みを浮かべた花は、冷たい視線でミサラを見下ろしている。
常日頃から異常に突っ掛かってくる少女が、身動き一つ取れずに暴れている。その様子は、どうにも不思議だ。
「ほら、これで喋れるわよ。」
口に噛まされた縄を解き、花は冷淡な口調で語りかける。
「ぷはぁっ!はぁ・・・はぁ・・・!いい加減にしてよ!
アンタ、頭おかしいんじゃない!?私はやってない!自分の注意散漫で、少将の喉に釘が刺さった!それだけでしょう!?」
激怒したミサラは吠え猛り、感情のままに暴言を吐き散らした。
自分は無実であり、花の怠慢が”大好きな少将”を傷付けたのだと。それなのに、自分に罪を押し付けるのは、暴挙も良い所だ。
「本当に、そう思うの?」
「当たり前でしょ!私はやってないんだから!!!」
自分は無実であるという主張を、ミサラは崩さなかった。
それを見て花は、更に冷たい表情を浮かべ始めた。
「そっか・・・”平和的”に・・・終わらせようと思ったのに・・・。」
「アンタ、何言って・・・ッ!?」
彼女は遂に気付いた。花は先ほどから、常に右手を背後に隠している。
そこに持っていた物は、”恐ろしい凶器”だった。
「きゃあぁぁぁッッッ!!!!!な、何よ!何よそれっ!?」
「何って・・・”お仕置き”の道具だよ・・・?」
刃渡りの長い包丁を逆手に持ち替えながら、花は歪んだ笑みを浮かべた――。
最近、投稿が滞っていて申し訳ありません。
今後一週間は、どうしても忙しいんです・・・。
何はともあれ、アルファ版です!
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