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EP186 似た者同士


 弾丸は征夜に当たらず、刃はシンを斬っていない。

 しかしそれは、間に入った者の犠牲を意味している。


 土埃に包まれた広場は視界が悪く、その中で征夜はパニックになる。


「花!花!大丈夫か!?返事してくれ!花ッ!」


 征夜は刀を握る手を離し、手探りで花の感触を探す。しかし、視界が0に近いせいで見つかる気配が無い。


「ちっ、余計な事しやがって。」


 バツが悪そうに悪態を吐いたシンは、その場から逃げ去ろうとした。




「どこに行く気だ。」


「めんどくせーから逃げ・・・は?」


 土埃の中から響く、静かな声。それは不快感を露わにして、シンに敵意を向けている。


「誰だ!・・・うぉっ!?」


 土埃を払い除けて姿を確認しようとしたシンは、突如として後ろに吹き飛ばされた。

 まるで透明の爆発に巻き込まれたかのように、彼を覆う空気が炸裂したのだ。


 埃が取り払われた広場の中央には、一人の男が立っていた。自らが纏った黒衣の中に花を覆い隠し、弾丸と刃をそれぞれ摘み取っている。


「テセウス!?」


 そこに居たのは他でもない、テセウスことオデュッセウスだった。大事そうに花を守りながら凶器を掴み取る姿は、まるでSPのようである。


 抱え込んだ花を解放した彼は、刀と弾丸を地面に叩き付け、怒りを露わにした――。


「くだらない理由で、彼女を傷付けるな。」


(なんだコイツ!)


 体から溢れ出す怒りを感じ取ったシンは、再び拳銃を構えた。今度の標的は、もちろんテセウスだ。


「誰だか知らねえが!死んでもら」


「こっちだ。」


「ハッ!うおあぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」


 突如として背後に現れたテセウスの強烈な右ストレートが、シンの鼻頭に直撃する。

 衝撃で吹き飛ばされた彼は民家の外壁に激突して、自分の体で巨大なクレーターを作った。


「花を助けてくれたのか!テセウス!」


 自分の手で花を殺してしまったと思った征夜は、心の底から安堵した。その感謝をテセウスに伝えたのだが――。


「甘えるなッ!!!」


「えっ?ごほぉっ!!!」


 今度は高速移動で迫った足が、征夜の脇腹を力強く蹴り上げた。

 まるでサッカーボールのように空中へ打ち上げられた体を、跳び上がったテセウスは追撃する。


「貴様が居たから、彼女は傷付いたんだッ!」


 まるで何か、私怨のような物を込めた一撃が、征夜への蹴りとして発露する。


「おごぉっ!!!」


 壮絶な勢いで蹴り落とされた征夜は、15メートル上空から煉瓦造りの歩道に直撃した。

 力強く地面が抉れ、シンと同様にクレーターが出来ている。


「はぁ"・・・はぁ"・・・はぁ"・・・!」


 軽やかに着地したテセウスは、息を切らせている。しかし、それは肉体疲労から来る物ではなく、極度の興奮状態によって引き起こされた物だ。


「・・・ハッ!征夜!シン!しっかりして!」


 呆気に取られて縮こまっていた花は、やっと自意識を取り戻した。力強く叩き付けられた二人を心配して、駆け出そうとする。


 そんな中、呼吸を整えたテセウスは彼女の方を向き直った。先ほどの圧倒的な気迫に圧されていた花は、怯え切ってしまう。


「ひぃっ!あ、あぁ、あの・・・ふ、二人を・・・介抱しても・・・い、良い・・・ですか?た、大切な・・・仲間なので・・・。」


 顔を伏せて、目を合わせないように心がける。

 顔を覆っているので、彼の視線は分からない。だが、目を合わせて因縁を付けられたら、その恐怖だけで死ぬ自信がある。


 テセウスは何も話さずに、ただゆっくりとにじり寄って来た。恐怖で腰を抜かした花は、逃げる事も出来ない。


「あ、あぁ!あの!助けてくれてありがとうございます!こ、この前も!サムから助けてくれましたね!か、感謝しています!あ、あの!その・・・!」


 怯え切ったまま後退りする花に対し、テセウスはゆっくりと屈み込んだ。

 そして視線を同じ高さに合わせて、一言だけ呟いた。


「やっぱり君は、いつ見ても素敵だ・・・。」


「え?あぅっ・・・///」


 座り込んだままの彼女を、彼は優しく抱きしめた。

 嫌な気はしない。ただ、すごく不思議な高揚感がある。


 ゆっくりと抱擁を解いたテセウスは、雲一つない青空に向けて飛び去った――。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「いくら喧嘩だからって、武器を抜く人なんていないわ!二人とも反省して!」


「はいはい、すんまそん。」


「反省してないでしょ!」


「え?いでででででッ!!!」


 口答えしたシンは、骨折した足を花に叩かれた。

 二人とも意識はあるが、彼女に食ってかかるのはシンだけだ。征夜は申し訳なさそうに、頭を下げている。


「結局、二人とも病院送りとは・・・。」


「死んでないだけマシよ!あなたも反省して!」


「はい、すみません・・・。」


 延々と説教される征夜だが、別に嫌ではなさそうだ。

 大人になってからは、叱られる事など滅多にない。

 資正に殴られる事は多々あったが、喧嘩して怒られる経験は人生でも初めてな気がする。


「骨折はすぐ治るけど、一週間は安静って言われたわ!

 教団に狙われてるのに、仲間割れで怪我なんておかしいでしょ!」


「怪我したのはテセウスのせいだよ!僕たちじゃな」


パチンッ!


「い、痛い・・・。」


 頬を引っ叩かれた征夜は、涙が溢れて来た。

 別に痛かったわけではない。資正に木刀で殴られた事に比べれば、一般女性のビンタなど蚊に刺されたような物だ。


 ただ、心が痛い。

 花を怒らせて、傷付けそうになった事実が辛い。


「あの人が止めなかったら、私は死んでたわ!それに二人とも、確実に大怪我してたわよ!もっと感謝して!」


 これまでの経緯から、テセウスに不信感を持っている征夜だが、今回の事は50%自分が悪い。

 残りの半分はシンであり、テセウスに落ち度は微塵も無い。何処からともなく現れて、彼女を救っただけなのだ。


 誰がどう見ても、彼の姿は"ヒロインを救う主人公"そのものだ。

 何の要請も無く駆け付けて、何の見返りも求めずに去っていく。正にヒーローの鑑である。


「本当に・・・すみませんでした・・・。」


 圧倒的な敗北感を受け止めた征夜は、俯いたまま再び謝罪した。手の甲に涙が溢れて、罪悪感と屈辱で前が見えなくなる。


「シンは反省したの!?何も言わないけど!」


「わるぅござんした。」


 シンは微塵も反省を見せない。

 ここまで来ると、もはや完全に意地を張っている。我慢の限界を迎えた花は、怒りを爆発させてしまう。


「アンタなんて、もう知らないから!!!」


ガッシャーンッ!


「い"っでえ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」


 骨折した足をギブスの上から花瓶で殴られたシンは、思わず悲鳴を上げた。

 その花瓶は花がお見舞いに持って来た物だが、むしろ怪我を悪化させる為に利用された。


「割れたガラスは片付けてね!病院の人に迷惑だから!」


 皮肉タップリの笑みを浮かべた花は、粉砕された花瓶を病床に放り出しまま、勢いよく病室のドアを閉めた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「アイツ、マジギレかよ・・・。」


「花瓶で殴るなんて、相当怒ってるね・・・。」


 部屋に取り残された征夜とシンは、天窓から降り注ぐ星の光を眺めていた。

 異世界の夜空は美しい。産業革命が無いために、空気が綺麗なのだ。それでいて電球も少ない。だから、夜の町は闇に包まれている。


「ガラス・・・片付けるかぁ・・・。」


「僕も手伝うよ。」


 足を折られたシンに代わり、征夜は立ち上がった。

 骨折した左手を固められているが、右手は十分に使える。


「うわぁ・・・かなり粉々になってるね・・・。」


「こんな所で寝たら、むしろ怪我が増えるぜ。」


「ハハハ、確かにそうかもね。・・・いてっ!」


 薄暗い視界でガラスの片付けをしていた征夜は、指先を僅かに切ってしまった。

 大きな傷ではないが、刃物で切られたような痕が付き、うっすらと血が垂れている。


「おい大丈夫か?」


「う、うん、大丈夫!」


 状態を起こしたシンも、掛け布団の上に散乱したガラスを片付け始める。しかし手元が暗すぎるせいか、彼も指を切ってしまった。


「くそっ!めんどくせぇな!」


 このままでは埒があかない。苛立ちと切り傷が積み上がり、不快感を増幅させる。


 そんな中、征夜は単純明快な事に気が付いた。


「・・・そうか!掛け布団ごと持ち上げて、ゴミ袋に向けて傾ければ良かったんだ!」


「・・・俺らって、もしかしてアホなのか?クク・・・フハハハ・・・!」


「フフッ・・・アハハハッ!」


 あまりにも簡単な方法があった事に気付き、二人は顔を見合わせた。

 そして、こんな事にも気付かないほど馬鹿になっていた自分達が、可笑しく思えて仕方ない。


 顔を見合わせたまま笑い出した二人は、お互いの滑稽さに呆れ果てた。

 そうして何気ない時間を過ごすうちに、二人の間の"わだかまり"は、自然と薄れて行った――。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 翌日の早朝、怪我の具合が良くなった征夜は、一人で馬小屋に訪れていた。


「どうやら君も、こっぴどく叱られたみたいだね。」


クウゥゥ・・・


 明らかに元気がないサランは、ゆっくりと顔を俯けた。

 シンと征夜を叱り飛ばした花は、その足でサランに説教しに来たようだ。

 勿論、彼女も体罰の類はしていない。だが、動物虐待にならない範囲で、じっくりと説教したようだ。


 人の言葉が分かるサランは、彼女が怒っている事を理解出来る。そして何より、彼女を悲しませてしまった事実に、大きく凹んでいた。


「分かってるさ。ミサラはどうやら、花を好きじゃないらしい。だから、彼女を襲ったんだろ?」


 無言のまま頷くサランと目を合わせ、征夜は静かに語りかける。そして、優しい笑顔を作り出した。


「花の事を守りたくて暴走するあたり、僕たちは似た者同士かもね・・・!」


 不思議な視点で自分とサランを繋げた征夜は、彼女の背に跨った。そして、優しく頭を撫でてあげる。


「ここに来るまで、花を守ってくれてありがとう。これからは僕が守るから、君は少し休んでほしい。

 ・・・と言っても、馬車を引いてもらうんだけどね。」


 少し申し訳ない気もするが、彼女抜きでは旅が成り立たない。四人の荷物を運ぶには、馬車を使う他にないのだ。


ヒヒィィィンッ!!!


 そんな気持ちを察してか、サランは力強く嘶いた。

 頭を撫でる征夜の手を舐め、「任せて!」と言わんばかりに胸を張っている。


「やる気満々って事かな?・・・なら、これからもよろしく!サラン!」


 朝の日差しに照らされたながら、二人は新たな戦いに向けて決意を固めたのだった。

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