EP18 勇気
流れ出した噴水、その水が大理石にぶつかる音が決闘開始の合図だった。
先に仕掛けたのは男の方だ。
決闘の直前まで明かさなかったが、男の武器はかぎ爪のついたグローブで、両手に装着している。
右手で胴体を守り、左手を清也に向けて構えている。
男は巨体からは想像もできない速度で近づいてきた。清也は盾で、迫り来る爪を押し返す。
しかし、右手の爪は身を守る為にあるという先入観が、清也の動きを鈍らせた。
右手の爪が、するどい突きと共に彼の足をかすめる――。
相手が人間という考えも、清也の動きを鈍らせていた。
いくら憎しみに身を任せていても、人間を斬りつける事など、清也には出来なかったのだ。
また、野次馬の声も清也の集中力を削いでいた。
その点、相手はおそらく何度も決闘をこなしてきたのだろう。
動きに迷いがなく、攻撃には躊躇いがなかった。
「どうした!どうした!そんなもんかよ!?そこの女にお似合いの腰抜けだな!」
男は清也を挑発した。しかし、それは逆効果だった。
限界を超えた怒りが清也の迷いを取り払い、野次馬の声が聞こえないほどの集中力を与える。
冷静に相手を分析し、清也は男の弱点を見つけた。
「あいつ、右足が動いてない!」
よく見ると男は右足に包帯を巻いていた。
攻撃のほとんどを右足を軸にして行い、清也に向かって踏み出す際は常に左足を前にしていた。
「だったら……こうだ!」
清也は男から見て左に回り込んだ。予想通り、男は体を左に向けるために、左足を後ろに引いた。
清也は更に左に踏み込むと、自然と男の背後を取る事が出来た。
「喰らえっ!」
清也は冷気の籠った斬撃を背後から男の左足に加えた。男は前のめりに卒倒した。
大きく頭を打ち、悶えているように見える。
(トドメを刺す!殺さなくても良いが、足をぶった斬る!!!)
勝利はまだ遠かった。しかし清也は、既に勝ったつもりでいた――。
「うぐぉあっ!……なんちゃって!」
男は近づいて来た清也の足を掴むと、力強く引っ張り、逆に転倒させた。
清也は後頭部を強く打ち、意識が朦朧とする。男がその隙を見逃すわけがなかったのだ。
「おらよぉ!死ね!クソガキ!!」
男は清也の足を押さえつけると、首を絞め始めた。いよいよ意識が保てなくなって来る。
清也は窒息によって、本格的に意識を失いかける――。
しかしその時、暗く霞んだ視界と、曇りきった音に支配された清也の感覚器を突き抜け、脳の奥に"魂の叫び"が聞こえてきた。
「死んじゃだめだよぉ!!清也!!」
清也は失いかけた意識を、限界寸前で取り戻した。
そして、男の清也の首を絞める手は、少しだけ緩んだ。
もし、男が決闘にすべての意識を注ぎ込んでいたのなら、結果は違っていたのかもしれない。
しかし、男は勝敗の決まっていない決闘の最中に、勝利者としての思考を行ってしまった。
「お前の女、顔と体だけは良いよなぁ?
いい加減に飽きたし、次のステップに進むとするか……。
お前ら、その女押さえとけ!俺の後に、ソイツを回す順番決めとけよ!!
……そうだなぁ、彼氏君にも見といてもらおうか!」
男は清也の首を絞める手を放し、花に向かって歩き出した。
花は数人の男によって、手足を掴まれている。
「きゃあっ!?やだ!放してよ!!私、まだ初めてだからぁ!!清也ぁ!助けてぇ!!」
清也はどういう流れで、これから何が始まるのかを理解し、激怒した。
限界を超えた怒りの渦が体内で沸き上がり、満身創痍の彼に”希望へと至る諸刃の刃”をもたらした。
「ふざけるなぁぁぁぁ!!!!!!!」
清也は自分でもどこから出たのか分からない怒声を発した。
そして、寝転んだ状態から足に力を入れ、跳び起きようとした。
それは、本当に不思議な光景だった。本人でさえ、何が起きたのか分からない――。
彼は”跳び起きる”つもりで地面を蹴ったが、実際に彼が行ったのは”跳び上がる”だった。
そう、彼は大勢の人間が見守る中、満身創痍の状態で”寝転んだ姿勢”から空中、3メートル程の高さにに”跳び上がった”のだ。
跳び上がった清也の足は、そのまま男の後頭部に直撃し、遂に彼を失神させた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
観衆は何が起こったのか分からなかった。
先ほどまで、大男に首を絞められていた青年が、寝転んだ姿勢から跳び上がり、既に意識の無い大男に馬乗りになって、顔を殴りつけている。
花を拘束していた男たちも、その光景に唖然として花を掴む手を放した。
腰の抜けた状態ではあったが、花は無傷で窮地を脱する事が出来た。
「おらぁッ!!!起きるんだよぉ!!俺の勝ちだ!花に謝れや!!!まだ、ぶん殴られてぇのか!!!」
清也は完全に頭に血が上ってしまい、白目をむき、泡を吹いている男の鼻頭を、一心不乱に殴り続けている。
琥珀色に変色した瞳は更に輝きを強め、その色はもはや、赤に近くなっている。
完全に我を失い、暴力に身を任せる姿に、普段の吹雪清也の面影は無い。
喩えるなら"狂犬"。噛みつき、相手を殺すまで、肉を噛みちぎる。
「こ……この野郎っ!お前ら!ぼさっとしてないでやっちまえ!」
大男の仲間が我に帰り、叫んだ。
男たちは花に構う事なく、清也に向かってきた。
10人近い男が、清也に向かって近寄ってくる。
花との対決と、男との決闘。今日だけで二度の死闘をこなしてきた清也は、すでに満身創痍だった。
逃げることすらできない。ここまでか、そう思い目を瞑った――。
しかし、何も起こらない。恐る恐る目を開けると目の前に1人の男が立っていた。
清也はこの白い服を着た男に見覚えがあった。
「料理長!」
清也は叫んだ。料理長越しに広場を眺めると、男の連れが全員倒れ込んでいる。
「テメェらは決闘を侮辱した!そんな下劣な連中に!俺の飯は食わせん!
大体、転生者を嫌っているのは!お前たちが彼らの強さに嫉妬しているからだろう!」
「ず、ずらかれっ!」
男は連れと共に走り去って行った。どうやら男たちを倒したのは料理長のようだ。
「おい、大丈夫か?セーヤ。見かけによらず度胸があるじゃねえか。
着いて来い。なんか食わせてやる。」
「流石だなぁ!料理長!」
「あぁ!歳を感じさせねぇよ!」
「坊主も凄かったぞ!」
歓声に包まれた清也は、雑踏の中から花を探し出し、料理長に連れられ、再び酒場へと向かった――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あいつから聞いたよ。試験、受かったんだってな?おめでとさん。」
先程と打って変わり、穏やかな微笑みを讃えている。
「良くないですよ!僕は花を殺しかけたんです!」
清也は、料理長が奢ってくれたステーキを食べながら愚痴を言った。
「まぁまぁ、あの試験を考案したのは試験官のあいつ自身なんだよ。
通常、試験の内容は国が決めるんだが、あいつだけは特別な権利があって、あの試験を作ったんだ。」
「試験を通して伝えたいことはわかるのですが、あそこまでやる必要はないと思います!」
清也はまだ愚痴を言っている。
「……300年前の勇者の話、お前は知ってるか?」
清也は即座に、首を横に振った。そんな話は、はっきり言って眉唾物だ。
「まぁ、いずれ知ることになるだろうさ。実はあの試験官は勇者の仲間なんだよ。」
そう言われて清也は驚いた。それが本当なら、少なくとも300歳を超えている。
「ほっ、本当ですか!?」
清也は興奮して聞いた。
「冗談だよ!都市伝説みたいなもんさ。ガッハッハ!お前は本当に純粋だなぁ!」
料理長は面白がるようにして笑った。
バイト中も何度か聞いた事があるが、清也の祖父である盛充郎を思わせる豪快な笑いは、不思議な安心感を与える。
「ここから先は噂なんだが……聞きたいか?」
「はい!」
「アイツが勇者と旅をするうちに、仲間の1人ががモンスターに洗脳されて、勇者たちを魔物と思い込んで襲いかかってきたらしい。
だが、ソイツは仲間の呼びかけで元に戻れた。だから、その出来事を由来として試験を作ったんだとさ。まぁ、俺もやりすぎだとは思うけどな。」
「はぁ……なるほど……。」
「それはそうと清也、であってるよな?お前は勇敢に正々堂々、あの男と決闘をした。
だけど覚えておけよ。勇気とは憎しみに身を任せることとは違うぞ。」
料理長はそう付け足した。
「それは心得ています。ですが勇気とは何なのか、僕にはまだ分かりません……。」
「それの答えを探すのが、冒険なのかもな。」
「そうですね……冒険はこれからですしね!僕なりの答えを頑張って探してみます!
あと、ご馳走様でした。美味しかったです!」
そう言うと、清也は張り切った調子で立ち上がった。
「では、僕はこれで!」
そう言って花と共に走り出そうとすると、背後から呼び止められる。
「おーい!これ、忘れてるぞ!」
振り向くと、料理長が手を差し出している。
勘定かと思い、急いで戻ったが、答えは違った。彼の手には、二つの金の指輪が置かれていた。
「受付の奴から、こいつを渡してくれって頼まれてたんだ。」
そう言って、2人に一つずつ指輪を渡した。
「これは、ギルド公認の冒険者だって証、まぁ免許みたいなもんだ。これがあれば関所も通れるぞ。」
2人は早速、渡された指輪をはめてみた。驚くほどピッタリとハマった。
「えへへ、お揃いだね♪夫婦みたい♡」
「これが冒険者の証か……これを手に入れるまで……長かったなぁ……。
それじゃあ、今度こそ失礼します。」
「おう!頑張れよ!」
料理長の祝福を受けた二人は、薄暗がりの広がる夜の街へと駆けて行った――。
そんな2人が見えなくなると、料理長は独り言を呟いた。
「懐かしいなぁ……もう、そんなに前なのか……。
それにしても、アイツの目は”スケマサ”の……考えすぎか!」
料理長は、誰もいなくなった店内で、静かに食器を片付け始めた。
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