EP17 信念
清也と花は日が沈む前になんとかソントの町に帰ってくることができた。
「確か、この書類をギルドに提出するんだよね。お腹も減ったし、酒場で夕飯にしようか?」
清也がそう提案すると、花は少し不安そうな顔をしながらも同意した。
この時の二人は、知る由も無い。花によぎった嫌な予感は、見事に的中することになる――。
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酒場に着くと、清也は晴れやかな気持ちで扉を開けた。
試験に合格するまで、思えば様々なことがあった。
始まりはあの日、轢かれそうになっていた女性を押した時に死んだ。
今となっては懐かしい思い出だが、転生したての時に身ぐるみを剥がされたこともあった。
それから、酒場でのアルバイト生活。これまで経験したことのない重労働に、軽くホームシックになった。
しかし、支えてくれたバイト仲間や、お金と部屋を貸してくれたコーヒーショップの店主のおかげで、生き延びて来れた。
給料日にも色々あった。
ついにバイト生活が終わるのかと思ったら剣を買うお金がなくて、もう一月バイトするかと思ったらクエストをさせてもらって、花と知り合った。
アクシデントで花は死にかけたが、なんとか生き延びることができた。
未だにエレメンタルストーンが降って来た理由はわからない。そして、フローズンエッジを手に入れた。
三日間の特訓の後で試練の怪物、いや”花”と死闘をすることにもなった。
こうして思い返すと、今持っている書類と自分の横にいる花が、奇跡の結晶であることを疑う余地はなかった。
「書類を出す前に聞きたいんだ……花、今後も僕と一緒に冒険してくれないか?」
清也は改まった表情で聞いた。
「う、うん!私でいいなら!」
花の顔は少し赤くなっているが、清也にはその理由が分からなかった。
満面の笑みを浮かべているので、嫌悪感を示しているわけではないことは伝わった。
「ありがとう!出来るだけ、楽をさせてあげれるように頑張るよ!」
清也は純粋な気持ちで、思ったことを口にしただけだったが、花は清也が思っている以上に心を揺さぶられていた。
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「これ、お願いします!」
そう言って、清也は受付の男性に書類を提出した。
「ほ、本当に合格したんですか!?私の記憶違いでなければ
、前の合格者は10年前ですよ。凄いですね!」
男性は少し興奮気味で言った。
そして、右下の枠に”ギルド公認“というハンコを押した。
「少し待っててください!」
男性はそう言って、奥へと行ってしまった。
男性が見えなくなると、背後から野太い怒鳴り声がした――。
「おいおいおいおい!妬けるねえ〜お二人さん!
今後とも冒険してくれるないか?だってよお!もう、お前ら結婚でもしちまえよ!」
振り向くとあの日、転生者への不満を爆発させていた男が、10人近い仲間と共にいた。
「おいおい!よく見たら女の方はあの時の女じゃないか!ええ?お前さん知ってるのか?
こいつは転生者なんだぜ?女を見る目が無かったなあ!まあ、お前みたいな冴えない奴でも、そいつよりはマシな奴がいるさ!せいぜい頑張れよっ!」
男がそう言うと連れの全員が馬鹿笑いした。
それを聞いた花は、すっかり萎縮してしまっている。
清也は、もう会う事が出来ない父の言葉を思い出した――。
「清也、人には人生の中で、優しさで見過ごしてはいけない時がある。どんな時か分かるかい?」
「じぶんが、いたいことされたとき?」
思い出の中の幼い清也は聞いた。
「違うよ、清也。人が最も優しさを試されるのは自分が傷ついたときなんだ。
そして、人が最も勇気を試されるのは……」
そこで清也は現実に戻った。
「大切な人が傷付いたとき!」
突然、清也は叫んだ。
「お前は!俺の大切な人を傷つけた!許さんぞ"貴様"!表へ出ろ!俺と勝負だ!」
普段の清也からは想像できないほど口調が荒く、怒り猛っている。
瞳は再び琥珀色に輝き、左手は自然に剣へと伸びた。
「ほっほお?決闘ってわけか?
丁度いいじゃねえか!明日は生ゴミの日だしな!」
男は笑顔を崩さなかったが、憎悪がその身から殺気となって溢れ出ていた。
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2人は大勢に囲まれ、大広場で決闘を行うことになった。
野次馬は今なお増え続けている。花は必死になって清也を止めようとした。
「清也!私のことはいいから!一緒に逃げようよ!言いたくないけど、勝てるわけ無いわ!」
しかし、それを聞いてなお清也の闘志と"瞳の輝き"は増すばかりだった。
「花、月並みな言葉だけど言わせてくれ。
男には戦わなければならない時がある。それが今だ!そして勝つのは俺だ!」
清也は力強く言い放った。もはや花の声は清也には届かなかった。
殺意をたぎらせた2人は、噴水を横目に向かい合った。どちらも一歩も動かない。
この決闘に審判はいない。それが意味する事は、始まりの合図がないと言うこと。
しかし、両者には暗黙の了解があった。ギルドの頂点。時計塔掲げられた大時計。
その分針が頂点に立ち、時を刻む鐘がなると同時に流れ出す噴水。それが決闘開始の合図だった。
そして、数分が経った頃。
ついに、時計塔の鐘が8時の合図を刻み、噴水が勢いよく流れ出した――。




